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処刑人の娘は満月に選ばれ、冷静な頭脳で冤罪を暴き、辺境伯に溺愛される  作者: 風谷 華


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13/25

13.「死者の声」

満月まで、あと五日。

和平交渉の準備は順調に進んでいた。


けれど——私の心は、穏やかではなかった。

執務室で書類を整理していると、ふと昔の記憶が蘇ってきた。


処刑台に立つ、死刑囚たち。

彼らの最期の言葉。

「俺は無実だ!」

「陰謀なんだ!」

「信じてくれ!」


私はペンを置いた。

(あの人たちの言葉……全て本当だったのかもしれない)

前回の満月の夜、私は「真実看破」の力に目覚めた。

人の嘘が見える力。


もし、あの時その力があったら——

無実の人々を、救えたのだろうか?


「エリーゼ様?」

扉が開き、若い兵士が入ってきた。

「どうかされましたか?顔色が悪いですよ」

「いえ、大丈夫です」

私は微笑んだ。


「少し、昔のことを思い出していただけです」

「昔のこと?」

「ええ。私が処刑人の娘として仕事をしていた頃の——」

私は言葉を濁した。


兵士は少し戸惑った表情をした。

「あの……エリーゼ様」

「何?」

「処刑人の仕事って……辛くなかったですか?」

彼は遠慮がちに尋ねた。


私は少し考えた。

「辛かったかな」

正直に答えた。


「でも、誰かがやらなければならない仕事だった」

「そうですよね……」

兵士は複雑な表情をした。

「俺たちも、戦うのは辛いです。でも、誰かが国を守らなければならない」


私は兵士を見た。

若い。おそらく二十歳前後。

「あなたは、なぜ兵士になったんですか?」

「故郷を守るためです」

彼は真剣な顔で答えた。


「俺の村は、十年前にガルゼイン帝国に襲われました。家族を失いました」

「……そうだったんですね」

「だから、俺は戦うんです。もう誰も、家族を失わないように」

彼の目には、強い決意があった。


私は胸が痛んだ。

(この子は、復讐のために戦っているわけじゃない)

(守るために、戦っている)


「あなたの名前は?」

「ライナスです」

「ライナス、あなたは良い兵士ですね」

私は微笑んだ。


「ありがとうございます」

ライナスは少し照れているようだった。


「あの、エリーゼ様」

「何?」

「和平って、本当に実現するんでしょうか」

彼は不安そうに尋ねた。


「わかりません」

私は正直に答えた。

「でも、試す価値はあります」


「もし和平が実現したら——」

ライナスは窓の外を見た。

「俺、故郷に帰って、畑を耕したいんです」

「畑?」

「はい。戦う前は、農家でした」

彼は少し笑った。

「戦いより、畑を耕す方が好きなんです」


私は温かい気持ちになった。

(この子は、本当は戦いたくないんだ)

(ただ、守りたいものがあるから、戦っている)


「ライナス、和平が実現したら、ぜひ畑に戻ってください」

「はい!」

彼は嬉しそうに笑った。

「その時は、エリーゼ様にも野菜を送ります!」

「楽しみにしています」

私は微笑んだ。


ライナスが部屋を出た後、私は再び昔の記憶に戻った。

処刑台に立った、あの死刑囚たち。

彼らにも、家族がいたのだろう。

守りたいものがあったのだろう。


けれど——

陰謀によって、命を奪われた。


(私は……罪なき者を処刑する手助けをしていた)


その事実が、重く心にのしかかる。


コンコン。

また扉がノックされた。

「はい」

「エリーゼ嬢、少しいいか?」

ポールの声だった。


「どうぞ」


ポールが入ってきた。

いつもの軍服姿ではなく、ラフな服装だった。

「どうされましたか?」

「君の顔色が悪いと聞いて、心配になった」

ポールは私の隣に座った。

「大丈夫です」

「無理をするな」

ポールは優しく言った。

「君は、ずっと頑張り続けている」


私は少し驚いた。

(この人、そんなことまで見ている?)

「エリーゼ嬢」

ポールは真剣な顔になった。

「君は、何か悩んでいるな」

「……わかりますか」

「ああ。君の目が、辛そうだ」


私は少し迷った。

けれど——この人になら、話せるかもしれない。


「ポール様」

私は静かに言った。

「私は、罪なき者を処刑する手助けをしていました」

「……エリーゼ嬢」

「前回の満月の夜、私は『真実看破』の力に目覚めました」

私は手を見つめた。

「もし、あの時その力があったら——」

「過去に処刑された人々を、救えたかもしれない」

ポールが私の言葉を継いだ。


私は驚いて彼を見た。

「そう考えているんだろう?」


ポールは優しく言った。

「……はい」

私は頷いた。


「私は、無実の人々の最期の言葉を記録してきました。でも、それだけでした」


「真実を見抜く力があれば、彼らを救えたかもしれない。でも、私には何もできなかった」

「エリーゼ嬢」

ポールは私の肩に手を置いた。

「それは、君のせいじゃない」


「でも——」

「悪いのは、陰謀を企てた者たちだ。君じゃない」

ポールは真剣な目で私を見た。

「君は、できる限りのことをした。死刑囚たちの最期の言葉を記録し、真実を残した」

「でも、それだけでは——」

「それだけでも、十分だ」

ポールは私の手を握った。


「君がいなければ、彼らの言葉は永遠に失われていた。誰も、彼らの無実を知ることはなかった」

私は涙を堪えた。

「ポール様……」

「エリーゼ嬢、君は強い」

ポールは優しく言った。

「だが、一人で全てを背負う必要はない」


「でも——」


「俺がいる」

ポールは私を抱きしめた。

「君は、もう一人じゃない」

私は驚いた。


(抱きしめられてる……)


「ポール様……」

「辛い時は、俺に頼れ」

ポールの声は、温かかった。

「君が苦しむのを、見ていられない」


私は涙が溢れてきた。

長年、堪えてきた涙が。

「ポール様……ありがとうございます……」

私は彼の胸で、静かに泣いた。

ポールは何も言わず、ただ私を抱きしめていた。

どれくらい時間が経ったのか、わからない。


けれど——

心が、少し軽くなった。


「すみません……」

私は顔を上げた。

「泣いてしまって……」

「謝る必要はない」

ポールは微笑んだ。


「君は、十分頑張った」

私は涙を拭いた。

「ポール様」

「何だ?」

「私、決めました」


私は真剣な顔で言った。

「もう二度と、無実の者が裁かれないように——」

「和平を実現します」

「そして、正義を守ります」


ポールは頷いた。

「ああ。一緒に、やろう」

私は微笑んだ。


(この人となら、できる)

(戦いを終わらせ、正義を守ることが)


窓の外では、月が輝いていた。

満月に、また少し近づいている。


(満月の夜、何が起こるのか)

(私の力は、どう変化するのか)

(わからない)

(でも——)


私は拳を握りしめた。


(恐れない)

(過去に処刑された人々のためにも)

(これから守るべき人々のためにも)

(私は、戦う)


ポールが立ち上がった。

「さあ、少し休もう」

「はい」

私も立ち上がった。


「明日からまた、準備が続く」

「はい。頑張ります」

部屋を出る前、ポールが振り返った。

「エリーゼ嬢」

「はい?」

「君は、素晴らしい戦略家だ」

ポールは微笑んだ。

「そして——素晴らしい人間だ」


私は顔が赤くなった。

「あ、ありがとうございます……」


(何この展開……)


ポールは笑って部屋を出ていった。

私は一人残され、顔を両手で覆った。


(ドキドキしすぎて、心臓が痛い……)

(いや、これは上司としての励ましであって——)

(そうだよね?)


私は混乱した。

けれど——

少し嬉しかった。


初めて、誰かに弱さを見せられた。

初めて、誰かに泣くことができた。


(私は……もう一人じゃない)

その事実が、何よりも嬉しかった。

私は窓の外を見た。

月が、優しく輝いている。


(あと五日)

(満月の夜が来る)

(その時、私の力はどうなるのか)

(そして——和平は実現するのか)


全てが、満月の夜に決まる。

私は黒い帳簿を開いた。

新しいページに、今日の出来事を記録する。


『ライナスという兵士と話した。彼は守るために戦っている』

『ポール様に、過去の罪悪感を打ち明けた。彼は優しく励ましてくれた』

『私は、もう一人じゃない』


几帳面に、記録していく。

この帳簿は、もう死の記録ではない。

生きる記録だ。

戦う記録だ。


そして——

希望の記録だ。

満月の夜まで、あと五日。

私は、準備を続ける。

戦いではなく、和平のために。

死ではなく、生のために。


処刑人の娘は、もう過去の存在ではない。

今、私は——

未来を創る者になる。

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