五十五話 レッド、歓喜する
太陽はゆっくりと沈み、夕日が闘技場を赤く照らしていた。
『お前の色だな』
ハナさんがそう言っていたのを思い出す。
『赤色だ』
遠く離れているのに、ハナさんを近くに感じていた。
「そうだね。僕の色だ」
思わず、そう呟くと、僕は無詠唱で風魔法を使った。
ハクの身体が風に包まれ、加速する。
「これは? ワタシと戦うときは援護はいらないと言ってたのに……」
「約束をしてくれたからね。そのお礼だよ」
負ける気がしないから。
そう言ったら、ハクが怒ると思って言わなかった。
「全力でくるんだよね?」
「うん、気をつけてね。死んだら約束は守れないから」
自分が高揚しているのがわかる。
僕の身体は、やっと全力で戦えることを喜んでいた。
「それでは決勝戦、始めっ!」
試験官の号令とともに、いきなり斧を振り上げた。
ハクに攻撃する為じゃない。
この戦いを誰にも見せないようにする為だ。
地面を破壊し、風魔法で大きな竜巻を起こす。
闘技場全体が砂埃に包まれた。
これで、僕の本気を見れるのは、ハクだけになる。
「いくよっ」
無詠唱で無数の風の刃を作り出す。
だが、その中で本物は一つだけ。
あとは、すべて偽物でダメージを与えることはできない。
高速で迫るハクに、すべての風の刃を解き放つ。
さすがにこれだけの数をすべてかわすことは、できないはずだ。
ひょい、とハクが避けたのは、本物の風の刃だけだった。
無数の偽物が、パチパチとハクに当たるが、まったく気にしていない。
瞬時に本物と偽物を見分けられるのかっ。
ハクはすでに僕の眼前に迫り、拳を構えていた。
これまでのハクと戦った相手は、すべて喉を潰されている。
ハクの拳は、まっすぐに僕本体の喉元を狙っていた。
無詠唱で魔法を使える僕は、喉を潰されてもそのまま戦えるが、できればそんな痛い思いをしたくない。
僕の喉元(正確にはゴーレムの胸部)に、拳が当たる寸前に、どぷん、とハクの身体が大きく地面に沈み込んだ。
元から風の刃は、本物を含めて、すべて囮だった。
本命はこっち。
地魔法と水魔法を掛け合わし、地中深くまで泥水にかえて、足止めする、僕のオリジナル魔法、底無し沼。
さすがのハクも、足元の魔法には、即座に反応出来なかったようだ。
「すごいね。いくつ同時に魔法をつかえるの?」
身体が半分くらいまで沈んだハクが訪ねる。
「六つだよ」
風の刃はすでに解除していた。
ゴーレムの操縦、ハクの加速魔法、闘技場を覆う竜巻魔法で三つ。
底無し沼は二つの属性を合わせているので二つ分。
残った一つで、火魔法を使い、手に炎を纏わせる。
炎の拳。
動けなくなったハクに向かって、トドメの一撃を繰り出そうとする。
決着がつくと思った瞬間だった。
ハクの身体が底無し沼の中に完全に飲み込まれ、消えてなくなる。
「自分からっ!?」
ハクは、足掻こうとせず、そのまま沼に潜り込んだ。
沼の深度は五メートルほど。
このまま、魔法を解除すれば、ハクを閉じ込められるはずだった。
だが、そのまえに、ハクは底無し沼の底、硬い地面に到達する。
弾丸のように、沼からハクが、弾け飛んだ。
上空から僕に襲いかかるハクに向けて、炎の拳を構える。
笑っているハクの顔を見て、自分も笑っていることに気がつく。
生まれて初めて、全力で戦う。
それは、思っていた以上に楽しく、僕は歓喜の産声を上げた。




