四十五話 レッド、困惑する
それはあまりにも予想外だった。
まさか、ここまで速くなるとは……っ!
試合開始直後に僕はハクに、無詠唱で加速の風魔法をかけた。
余計な詠唱をしていない分、ベンと戦った時に自分にかけたものより威力は高い。
しかし、こんな常識外れの動きになるなんて、誰が想像できるのかっ!
「水の精霊よっ! その清き力を集結し、凍てつく牙となれっ!」
シャラは水属性の中でも高度な氷の魔法を詠唱し、鋭く尖った氷柱がハクに高速で向かっていく。
ひゅん、という風切り音を残し、ハクがあっさりと氷柱をかわす。
「続けて放てっ、無数の牙よっ!」
シャラはベンよりも、レベルの高い復唱魔法を使う。
二十本近い氷柱が一気にハクに襲いかかる。
ババババババババババ、と地面を蹴る音と共に、反復横跳びのような動きでハクが全ての氷柱を避けきった。
「速いっ!」
これまでどんな試合も冷静に見ていたロンドが声を上げる。
「魔法を使わず、ここまで速く動ける人間が存在するとはっ!」
ごめん。めっちゃ魔法使ってる。
元々ハクはかなり素早く動けたのだろう。
それが僕の風魔法と合わさり、常識を超えたスピードになり、残像が見えてしまうくらいの動きになってしまった。
まずいな、やり過ぎた。
これでは、周りの人間もだが、ハク自身が異常に気がついてしまう。
ちょっと調子がいいくらいに思ってくれたら、いいのだが……
「どうやら、今日は調子がいいみたい」
よかった。あまり深く考えないタイプだ。
このまま早く決着をつけてくれ。
「ふざけるなっ、魔法を使えない、魔無し子がっ!!」
逆上したシャラが両腕を頭上に高く上げる。
「全て集まれっ、精霊よっ! 巨大な氷塊となりて……」
そこに大きな魔力の渦が集中していく。
シャラは、最大の攻撃魔法を放とうとしているだろう。
だが、詠唱が終わるその前に……
ごぎゅっ、という小気味よい音と共にシャラの喉が潰された。
一瞬でシャラの眼前まで移動したハクの右手がその首を掴んでいる。
「声が出なければ魔法は使えない。これでオマエとワタシは対等だ」
ゴーレムの中でごくり、と息を飲む。
シャラに近づくハクの動きがまったく見えなかった。
まさか、風魔法がなくてもハクはシャラに勝てるほどの力を持っていたのか?
「で、まだやるか? ワタシと殴り合いを」
んー、んー、と声にならない声で、シャラが必死に首を横に振る。
「それまで、勝者ハクっ!」
もしかして、僕は勝利させるほうを間違えてしまったのか?
そんなことを考えている時だった。
ずっと無表情だったハクが、僕のほうを見て、にっ、と微笑んだ。
ば、バレてないよね?
僕はゴーレムの中で、ちょっとお漏らししそうになった。




