三十二話 赤さん、号泣する
ハナさんがいない。
朝起きた時にハナさんがいないことは、これまで何度もあった。
だけど、今日はいつもと違う。
もの凄く嫌な予感がしたのだ。
ハナさんは帰ってこない。
もう二度と会えない。
なぜか、僕はそう確信してしまった。
「ハナさんっ!」
叫んでも声は届かない。
『ハナさんっ!』
最大レベルで思念を飛ばしても反応はない。
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだっ!
僕はハナさんと離れたくない。
まだハナさんに何も返していない。
このまま、会えなくなるなんて、絶対にいやだっ!!
ハナさんが向かった場所はわかっていた。
きっと、ハナさんは一人で、またあの街に向かったんだ。
身体をなんとか動かそうとする。
風魔法では僕の身体は重すぎてピクリとも動かない。
昨日、完成したゴーレムを思い出す。
あれなら、風と地の魔法を両方使ってなんとか動かすことができる。
あのゴーレムに僕を運んでもらったら……
そう思って部屋を探したがゴーレムは見当たらない。
ハナさんが持っていったのだ。
僕の魔力が詰まったゴーレムを、僕の代わりに。
一瞬でハナさんがやろうとしていることがわかってしまった。
それは、僕にとってあまりにも残酷で、絶対に止めなくてはいけない計画だった。
「ハナざんっっっっ!!」
僕はいつのまにか号泣していた。
なんとか、街に向かおうと、全力で風魔法を使う。
だけど、僕の身体は、何分もかけて、ようやく藁の籠から抜け出せただけだった。
ハナさんは、今日の計画を立てた時から、僕が追ってこないようにわざと風魔法を教えてくれなかったんだ。
「うわぁああああああぁぁっ!!」
もう泣くことしか出来なかった。
手足をジタバタさせながら、号泣する。
その時だった。
何もない空間に穴が開いて、部屋中に沢山のダンボールがやってくる。
ハナさんのアマゾーンだ。
これまでにない程の量のダンボールで、あっという間に部屋中が埋め尽くされる。
その一つが机の角に当たって中身が飛び散る。
それは、オムツやミルク、赤ちゃんの服やオモチャだった。
やはり、ハナさんはもうここに戻ってくる気はない。
いや、きっとハナさんは……
「……いやだよ、ハナさん」
あふれる涙は、ずっと止まらず流れ続ける。
「いやだァアアアアァアアアア!!」
全力の風魔法が僕を浮き上がらせる。
初めて、空を飛ぶことが出来た。
もう魔力がなくなって死んでも構わない。
僕は、天井の扉を開けて、外に出ようとした。
しかし、扉は固く閉ざされ、まったく動かない。
ハナさんが外から鍵をかけていた。
「ハナさん、ハナさん、ハナさんっ、ハナざんっ、うわぁあああああああああっ!!」
どれだけ叩いても、どれだけ魔法を使っても扉はビクともしない。
そんな時、ハナさんのパソコンから音声が聞こえてきた。
『ゆう、ガッタ、めぇいる』
それはハナさんが録音したと思われる、発音がズレた音声だった。どう聞いても夕方メールにしか聞こえない。
パソコンの画面を見ると、手紙の絵が大きく描かれている。
マウスの左側を押すと、ハナさんが残していったメッセージが画面いっぱいに広がった。
僕の泣き声が、この世界に響き渡った。




