39 いざ、シント市!
しばらくして、入る時にも通ったような町の門を抜けた。出るのは簡単なようで、車内の確認もなかった。
この牛車、政府の車、いわば公用車らしく、それもあって確認が簡単になっているそうだ。
「国都まではどれくらいですか?」
「国都・新杜市まではここから半日ほどです」
「まじかよぅ。遠くない?」
町と町の間隔、広すぎない?
運搬とかすんごい大変そう。あの商人さん、よく行商なんてやろうと思ったよね。
「牛車は歩みが遅いからしかたないわ~」
「なんで牛車にしたんですか……。他はないんですか」
「徒歩、乗馬、馬車などありますが、公務の際は牛車を使用することになっています」
「なぁんで?そもそも、これは公務なの?」
「公務です」
「どこが」
「全てです」
「何をする公務なわけ?」
「それは、えみさ……」
「それより、えみちゃん」
「なんですか、せんせい?」
「国都はすごいわよ~」
「どうすごいんですか?」
「水堀と城壁に囲まれた城が高台にあるのよ~」
「ほぅ」
「その手前には城下町が」
「ふむふむ」
「城の向こうには大海原が」
「ほうほう」
「暮れには夕日で浮かび上がる城が海を背景にそびえ立つ」
「おぉ……」
「それが新杜市よ~」
「ほほぅ、楽しみだぁ……! で、何をする公務なんですか?」
「それより、えみちゃん」
「……なんですか、せんせい?」
「新杜市は北は海に面していて、東西と南は山に囲まれているのよ~」
「ほへぇ。鎌倉みたい」
「えみえみ」
「なに?」
「かまくら、とはなんじゃ?あたら……」
「違う」
「そうか」
「山のところどころに砦を建てて、防衛面に関しては言うことがないわ~」
「ふぅん。道も細く作ってあるから大軍で攻めにくい、馬で通りづらい。いざとなれば海から逃げられる、ってことですか」
「そうよ~。さすがね~」
「海から攻められた場合は?」
「実は城に脱出路が……」
「星夏さん、それは駄目です」
「……海から攻めるのは難しいわ~。国の両隣が同盟国ですもの~」
「たしかにねぇ。どうせ海の方も攻めづらいようになってるんだろうけど。で、何をする公務なんですか?」
「……それより、えみちゃん」
「…………」
なんでそんなに目的を隠すんだよぅ!
ぜぇったいに面倒なやつだ。目的を聞いたら私が行くのを拒否するようなことなのだろう。
なら、なおさら先に言っておいてほしい。心の準備というものがなぁ……
「……目的はね~」
「へ?」
「目的は、人に会ってほしいのよ~」
「人?」
「人」
「……詳細な情報を」
「男の人」
「ふむ」
「成人」
「はあ」
「魔族ではない」
「それは純人族ってことですか?」
「そうね~」
「それで?」
「それだけ~」
「……はぁ?」
意味がわからない。意味が、わからない。
人に会ってほしいと言っておいて、開示した情報はこれだけ。
もう一度言おう。意味がわからない。
「その人に会う理由は?」
「えみちゃんに会ってほしいのよ~」
「私である必要は?」
「えみちゃんでなくては意味がないわ~」
「……何をやっている人?」
「それが何もしていないのよ~」
「何もしてないってどういうことですか。生きてるんでしょう?」
「生きてるわよ~。でも文字通り、何もしていないのよ~」
「病気?」
「病気ではないわ~」
「有名な人?」
「有名ではないわ~」
「革命にかかわった人?」
「かかわってないわ~」
「政府の人?」
「いいえ~」
「魔族……じゃないんだったっけ」
「そうよ~」
「……」
全く、全くわからん。
私じゃなくちゃいけない人って、いったい……
「会えばわかるわよ~」
「行けばわかる、会えばわかるってねぇ。私も心構えってもんが必要なんですけど」
「大丈夫よ~。えみちゃんなら~」
「どういう根拠ですか……」
「向こうに山が見えてきたのじゃ!」
「その山が新杜市を囲む山よ~」
「……はぁ」
もうダメだ。お手上げ。せんせいから情報を引き出すのはムリだ。
向こうから話すのを待つしかなさそう。面倒だなぁ、まったくまったく。
しばらくして、牛車が坂を上り始めたようだ。
火憐は外の景色に飽きたのか、本を読み始めた。私もヒマなので本を読んでいる。
せんせいと来城さんは何かの資料を読んでいるっぽい。裏から透けて文字が見えるには見えるのだが、なんせ小さい文字なもんだから読むことはできない。というか、私に鏡文字を読むスキルはない。
こそこそ耳打ちして話しているから会話も聞こえない。これから私が会うことになっている人に関係する資料なんだろうけど、どうせ聞いても教えてくれないから聞かない。めんどい。
それよりも、さっき車内でおにぎりを食べたので、お腹いっぱいで眠くなってきた。牛車の揺れと単調な車輪の音が、私の眠気を刺激する。
ふと、右肩に重みを感じた。見ると、火憐の頭が私の肩に乗っかっている。寝てる。
火憐は気楽で羨ましい。せんせいは私に何かの用があるだけで、火憐に用はないのだろう。
火憐を一人にするのはいろいろマズいから連れてきた。ついでに観光と、志歩ちゃんとの顔合わせも兼ねてしまおうって魂胆だろう。
チラッとせんせいの方を見ると、資料の紙で視線を遮った。強引だし面倒だし胡散臭い人だ。でも、私や火憐の不利益になることはしないだろう。
権力を行使するどころか放棄しようとする人だ。それに、見ず知らずの怪しい人間を家に迎え入れるような人だ。……そうだ、私はこの人に恩があるんだった。あまりに面倒な人だから忘れていた。
どちらにせよ私に拒否権はなかったわけだ。しかたがない、これ以上考えるのはやめよう。私は本を閉じ、瞼を閉じた。
「えみちゃん、起きて~?」
「んん……なんですかぁ?」
「新杜市に着いたわよ~」
「着いた?……あぁ、寝てたのかぁ。火憐、起きてぇ」
「え、えみぃ……危ないのじゃぁ……」
「何言ってんの。ほれ、起きろ」
「ふがっ、ん……えみ?」
「そうですよ、えみさんですよ」
「そうか。すぅ……」
「起きろっちゅうの」
「がっ!?えみっ!?」
「はいはい、えみさんですよ?」
「なんじゃ、夢じゃったか」
「夢見てたの?どんな夢?」
「えみが、えみが……何かするところだったのじゃ」
「何かって何よ」
「何かじゃ」
「忘れたのね」
「そうじゃ」
「そ」
「火憐ちゃん、新杜市に着いたわよ~」
「おお!着いたのじゃ!」
「楽しみね~」
「楽しみなのじゃ!」
「私は不安だわぁ……」




