38 観光名所って、意外とショボかったりするよね。
「おはようございます、えみさん、火憐さん」
「おはようございます、来城さん」
「おはようなのじゃ!」
来城さんと軽賀さんが牛車を志歩ちゃんちの前まで持って来てくれた。もうこのまま出発するらしい。
「審査学校へ入学するときにはここに寄りなさい」
「え、なんでですか?」
「志歩も一緒に連れて行ってほしいのよ」
「なるほど」
その肝心の志歩ちゃんは、せんせいの殺気でダウンしたので部屋のベッドに寝かせている。またしばらく会えなくなってしまうのは寂しいが、今生の別れではないから。どっちにせよ、あと10か月弱もすれば飽きるほど顔を合わせることになるからね。
「えみ殿」
「は、はい」
「本当に政府で働くつもりは……」
「ないです」
「そうか」
なぜか志歩パパは、必死に私を政府で働かせようとする。一体、どうしてだろうなぁ。んん?
「どうしたのかしら~、えみちゃん?」
「なんでもないですよ。それでは」
「ええ。えみちゃん、火憐ちゃん、元気でね」
「志歩ちゃんには、私が謝っていたと伝えてください」
「わかったわ」
「春ちゃん、北杜さん、また来るわ~」
「いつでもおいでください、星夏様、えみ殿、火憐殿」
北杜一家と別れて、またしばらくのんびり牛車の旅だ。
相変わらず、火憐は身を乗り出して外の景色を見ている。対向車もいないし、ぶつかるものもないし、そもそも速度がめちゃくちゃ遅いから注意する必要もない。スピードは私が歩いたほうが速いと思う、たぶん。
「えみちゃん、一人で歩くのかしら~?」
「歩きませんよ。遠いでしょ?」
「次は近いですよ、えみさん」
「国都は丹良市から近いの?」
「いえ、国都ではありません」
「へ?いや、途中で寄るのは丹良市だけって言ってたじゃん」
「次に寄るのも丹良市です」
「は?」
「三重の宝塔を見に行くのよ~」
「『ほうとう』の名前の由来になったとかゆう?」
「そうよ~。丹良市の数少ない名所だもの~。見に行くわよ~」
「はぁ」
三重の宝塔、ねぇ。京都にありそうなやつを想像すればいいのかな、三重塔。
そもそも宝塔って仏教に関係する建物だったはず。この世界では宗教の話が全く出てこないのだが、一体どうなってるんだろうか。……それ言ったら、元の世界の日本という国の宗教観もおかしな話か。
ま、ガチガチの宗教国家で信仰を強制されるよりは、はるかにマシか。
「三重の宝塔は、この地を治めていた貴族の祖先が建立したと言われています。その昔、まだ魔族の数が純人族の数より多かった時代、魔族に対抗して己の権力を示すために建造したとされています」
「昔は魔族の方が数が多かったんですか?」
「そうよ~。むしろ純人族なんて、ほとんどいなかったわ~」
「え?じゃあ、今いる純人族はどこから……?」
「今も昔も数は変わらないわ~」
「は?」
「だから、今も本物の純人族の数は昔と同じ。いえ、むしろ減ったのではないかしら~」
「んん?と、すると、魔族じゃない人たちは、一体何者なんですか?」
「純人族と呼ばれているわ~」
「……せんせい」
「なにかしら~」
「めんどくさいので早く結論を教えてください」
「あら~、えみちゃんはせっかちね~」
「せんせいが遠回しに喋るからです」
本当に面倒なせんせいだ。とはいえ、ちょっと考えてみよう。
魔族の数が減ったってことも考えられたけど、せんせいは『本物の純人族』と言った。ってことは、今たくさんいる『純人族』は『本当の純人族』ではなく、偽物。……混血か。
「せいか~い。さすがね~、えみちゃん」
「そんなに難しくはなかったですよね。もったいぶるようなことでもないですし」
「そう言わないの~。もう少し考えてみてちょうだい~?純人族の特徴は~?」
「純人族の特徴は、魔法を使えないこと。魔族の特徴は、魔法を使えること。……混血なら魔法使えるじゃん。それならみんな魔族じゃん」
「せいか~い。さすがね~」
「それ、さっきも聞きました。……でも使ってる人、火憐以外に見たことないですよ?」
「魔法は禁忌とされていた時代があったのよ~。今もそうなっている国もあるわ~。だから人前で魔法はあまり使わないのよ~」
「そんなこと聞きましたね、前に。火憐が毎朝魔法やってるから忘れかけてましたけど」
「それと、ほとんどの人は自分が魔法を使えることに気づいていないわ~」
「なるほどねぇ。せんせいは魔族の血が入ってる人と、そうでない人の見分けができるんですか?」
「入ってない人の方が珍しいかしらね~」
「できるってことですね、わかりました」
「そうは言っていないのだけれど~」
「星夏さん、えみさん、到着しました」
話しているうちに着いたようだ。本当に近かった。
軽賀さんが牛車の扉を開けてくれた。
「お疲れ様です」
「えみさんは難しい話もできるんっすね」
「そうは見えないってことですかぁ?」
「……そういうことじゃないっすけど」
「軽賀」
「すいません、来城さん」
「さて、こちらが三重の宝塔です」
「ん、おぉ。目の前だった」
牛車降りてほんとに目の前。思っていたよりも小さい、というか周りを囲っている杉っぽい木がでかすぎて、より小さく見える。
見た目はお寺にあるようなのと似ている。木造で、屋根は瓦葺き。
権力を誇示するためと聞いていたから、派手なものを想像していたのだが、予想以上に地味だ。これ見せつけられて、私には権力がある、って言われても頭がおかしいとしか思えない。隣の杉の木の方がよっぽど強そうだ。
「周囲にある杉の大木は、この三重の宝塔の建立時に植えられたものです」
「もともとは建物より小さかったけど、追い越しちゃったわけか」
「そうです。それだけ大昔に建てられたものだということです」
「なるほどねぇ」
「とても大きいのじゃ!」
「まあ、今まで見てきたどの建物よりも大きいことはたしか、か」
火憐は、また興奮気味に三重の宝塔の周りを駆けずり回っているが、私はあまり面白くない。
志歩ちゃんちの方がよっぽど興味深かったわ、この世界じゃね。
「これは飾りのようなものね~。重要なのは向こうよ~」
「向こう?木の向こうですか?」
「そうよ~。この巨木たちの向こうには川があるのよ~」
「川……。もしかして、あの庭の」
「そうよ~。雨の少ないこの地域にとって、水はとっても貴重で価値のあるもの。それを独占することで権力を誇示したのよ~」
「なるほど。それを示すモニュメントみたいなものですか」
「えみえみ、もゆめんと、とはなんじゃ?新しい……」
「違う」
「そうか」
飾りのような、じゃなくて飾りだね、これは。
水のためにこんなでかい飾りをこしらえたわけだ。いや、この地域ではとても貴重なものなのだ。こんなもの建てるだけの意味があったわけだ。
「それでは、行きましょうか」
「行きましょうって、どこに?」
「国都である新杜市ですよ」
「え?じゃ、じゃあここはこれだけ?」
「はい、そうですね」
「三重の宝塔と川だけ?」
「はい、そうですね」
「名物、なんですよね?」
「はい、そうで……」
「丹良市、なんもないのね」
「三重の宝塔があります」
「ちっさいわ!こんなんじゃ人来ないでしょ?」
「来ません」
「それでいいんかい、委員会」
「歴史的な価値があります」
「この国には観光という概念はないんね……」
もういいや。農業で成り立っているんね、この国は。
まあ、自然がたくさん残っていて、私は好きだけどね。
「では改めて、出発しましょう」
「ほいほい」
「わかったのじゃ!」




