37 亀の甲より
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…………
……私は荷車の上にいる。
……いや、正確には、いた。
……荷車が、理由はわからないが横倒しになった。
……私は宙に放り出されたようだ。景色が回っている。
……上から大きな木箱が落ちてくるのが見える。
……その木箱はゆっくりと私に近づいている。
(……みっ!)
……背中に強い衝撃を受けた。地面に打ち付けたようだ。
(ぇみ……!)
……激痛が走るが、それ以上の危機が迫る。
(えみっ!)
……うっせえっ!返事するヒマねぇわっ!
ガバッ
「声出す前に身体動か、ぎぇっ!?」
「ぎゃうっ!?」
いでぇ……舌噛んだぁ。
「かえん、上い乗うあって……あえ?」
「きゅぅ……乗ってるのは、しほじゃ」
「志歩ちゃん、あんで乗ってんの?」
「えみがしほを引っ張るから、わしもしほを引っ張ってたのじゃ」
「あんえお」
「えみがまんなかに来ないからじゃ」
「あぁ、そんなこと、やってたわね」
それで私が志歩ちゃんを布団にして寝ちゃったわけか。昨日は押したり引っ張ったり、布団の中でもみくちゃしてたからね。
……私、この歳になって何やってんだろ。
「起きたかしら~?」
「せんせい!」
「せんせい、おはようございます。って、なんでここにいるんですか」
「まだ寝てるって春ちゃんに聞いたから、様子を見に来たのよ~」
「春ちゃん?」
「星夏様、その呼び方はおやめください」
「あら、いいじゃない~」
「子供たちの前ですから」
「春ちゃんって、志歩ママのことかぁ」
「志歩まま?」
「あぁ、気にしないでください」
「あら、その呼び方いいわね~。私は火憐ままになるのかしら~?」
「ママ、ではない……いや、そうかも?」
「やっぱりだめね~。私は火憐ちゃんのままって歳ではないものね~」
「え?」
「えみちゃん?」
「なんですか?」
「あら、もう慣れちゃったのかしら~?」
「そりゃ、毎日向けられれば慣れますよ」
「えみちゃんも恐ろしいわね。星夏様の殺気を耐えるなんて」
「みっちり鍛えられましたので」
歳の話をするたびに殺気くれるからね。
まぁ、私も仕返しとばかりにわざとそっちに話を持っていってたのはあるけど。
「んん……」
「志歩ちゃん、おはよ」
「おはようなのじゃ、しほ」
「おはようございます……ん~」
「眠そうね~?」
「い、いえ。大丈夫で……す?」
「おはよう~、志歩ちゃん?」
「な、なぜ、星夏様がこ、ここに……!?」
「火憐ちゃんとえみちゃんの様子を見に来たのよ~」
「そ、そう、なのですか……」
「そうなのじゃ!」
「志歩ちゃん」
「は、はい。なんでしょうか、えみさん」
「下見てみ?」
「え?……ご、ごめんなさい!」
「いやぁ、私が悪いんだけどね。ごめんごめん」
「い、いえ……」
「ふふ、昨日は何をしてたのかしら~?」
「いやぁ、まぁ、いろいろあったんですよ、うん」
「そう、いろいろあったのね~」
「いろいろあったのじゃ!」
「何があったのです……」
「い、いろいろです、お母さま」
春ちゃ……志歩ママは困惑してるけど、せんせいは理解してるんだろね。『いろいろ』でわかっちゃうせんせいには、もうツッコまないわ。
「とにかく、朝食の時間です。着替えなさい?」
「はぁい」
「はいなのじゃ!」
「はいなのです!」
私たちは着替えて階段を降り食卓へと向かった。昨日来城さんが開けてくれた扉は、今日はせんせいが開けた。
部屋に入ると市長……志歩パパがすでに席に着いていた。書類の束を片手に持っている感じが、朝のお父さんっぽい。新聞片手にコーヒー飲むってかんじ。私の父は新聞を取ってなかったし、コーヒーより紅茶派だったから全然違うんだけどね。
私たちも食卓に着いた。長いテーブルだからみんな座れる。
「おはようございます」
「ん?ああ、えみ殿か。おはよう。昨日はよく眠れたかね」
「ええ」
「楽しかったのじゃ!」
「そうか、それはよかった」
「志歩は家以外ではなかなか寝付けないのですけれど、えみちゃんと火憐ちゃんは大丈夫なのですね」
「お、お母さま……!」
「大丈夫、そういう人もいるよ」
「そ、そうですか……」
旅先でなかなか寝付けない人はけっこういる。不安だからとか枕が違うからとか、いろいろ理由はあるけど、私の場合は興奮してしまって寝れないことが多い。昨日もテンションが上がって暴れまわった結果だし。暴れた後、力尽きて寝落ちするってのがテンプレ。でも極度に疲労してるときはすぐ寝ちゃうけど。
「来年から志歩も審査学校に入学するのですから、直さなくてはいけませんよ」
「志歩ちゃんも審査学校に行くんですか?」
「あら、えみちゃんたちも入学するのかしら?」
「ええ。今そのために貯金しているんです」
「あら?星夏様なら……」
「ならば、えみちゃんと火憐ちゃんと同室にしてもらえばいいわ~」
「え、同室?一部屋に何人入れるんですか?」
「大抵は二人よ~。でも三人なら入ることはできるわ~」
「そうなんですか。志歩ちゃんはそれでもいいの?」
「え、は、はい!お願いします!」
「しほと同じ部屋になれるのじゃ!」
「火憐、まずはお金貯めないと」
「そうじゃった」
まさかの志歩ちゃん同級生に、部屋メンバー確定。
まぁ、まだ先の話だけどね。まずはそこまで行きつくために資金を、ね。
「はい、どうぞ」
「んえ、あ、ありがとうございます」
いつのまにか後ろに回っていた志歩ママが、お皿を渡してきた。お皿の上には……ん?
「あの」
「なにかしら、えみちゃん」
「これ」
「あ、それはね『パン』って言うのよ」
「パンは知ってます。小麦で作るものですよね」
「あら、知ってたの。星夏様も朝食に?」
「私はパンは買わないわ~」
「あら、ではどこで?」
「あ、えぇっと、ど、どこだったかなぁ?」
「えみちゃんは、パンがあることに驚いたのよ~」
「そ、そうです!せんせいのおっしゃる通り!」
「この国では珍しいですものね」
「ええ」
「このパンはこの町で作られたのよ」
「あ、そっか。米があまりとれなくて、代わりに麦がとれる。だから『ほうとう』みたいな料理が……。でも、パンの製法はどこから……?」
「西の国よ~、えみちゃん」
「あ、そゆこと」
「そういうこと~」
パン。小麦粉で作った生地を焼いて作る食べ物。私は、元の世界ではなじみ深い食べ物だった。実家では毎朝トースターで焼いて食べていたし、一人暮らししてからもお米よりラクだからよく食べてた。
……小麦系統の食べ物は地雷が多いわ。今度は泣かないけど。
「ほら、冷めないうちに食べなさい?」
「あ、はい。いただきます」
「いただきますなのじゃ!」
「いただきますなのです!」
お皿の上にはパンの他に、茹でたニンジンとホウレンソウっぽい野菜と、卵焼きが乗っている。ベーコンがあれば完璧だったかな。あとトマト。さすがにこの国にはないらしい。せんせいの顔をチラ見したけど、なんも言ってこないから。
それにしてもこのラインナップで、フォークじゃなくてお箸なのはどうなの?そこは譲れないの?
「おいしいのじゃ!」
「それはよかったわ」
「この国では……」
「まだあまり浸透はしてないわ~」
「あの、まだ何も言ってないんですけど」
「予想はできるわ~」
「はぁ」
「反応を見たかったのよ~」
「それはこの食事について、ですか?それとも私の、ですか?」
「どっちも同じ意味ではないかしら~?」
「わかってて言ってますよねぇ?」
「あらあら~、えみちゃん怖いわ~?」
「仲がよろしいのですな。星夏様とえみ殿は」
「そうよ~」
「……はぁ」
だんだん面倒になってきたわ、せんせい。喋らなくても伝わるから、その点はラクだけども。
それにしても、昨日はこの部屋でほうとうを食べたんだよね。この部屋、ザ・洋館な内装してるからギャップが半端じゃないわ。
ってことを、このザ・洋風な朝食から気づかされるとはね。昨日気づけなかったのは、それどころじゃなかったってのもあるけど。
「昨日のことは聞いたわよ~」
「へ?あ、あぁ……」
「何かあったのか」
「え、あぁ、いやぁ」
「女の子どうしの秘密よね~?」
「そ、そうですねぇ」
「女の、子?……あ、いや、そうですな」
しちょ、志歩パパもせんせいには勝てないようだ。さすが年の功。
「えみちゃん?」
「効きませんよ?」
「ふふ……どうかし、ら?」
「んぐっ!?い、いや。そんな、もんでは……」
「あ、あわわわわ……」
この殺気耐久競争は、志歩ちゃんが泡吹いて終幕した。火憐も涙目だったし、志歩ママパパはその後一切せんせいと目を合わせられなかった。なぜか私からも距離を取るようになったのは気のせいか。
とにかく、これは私の勝利と言っても過言ではないよね?




