30 姉妹 とは
今日も今日とて朝の日課、朝食、開店準備を終えて、いつもの場所で本を読んでいる私、伊勢笑。この生活も二か月近くになり、慣れてくると同時に飽きもやってくる。日課も仕事も毎日同じ、会う人も話す人も毎日同じ。異世界に来たからといって、毎日毎日イベントがあるわけじゃない。……私の場合はなさすぎる気がするけど。
まあ逆に言えば、平和ボケした日本人にとってはこれくらいの方がありがたいのかもしれない。いつ誰に襲われるかわからない緊張した勇者一行の旅路と比べれば、快適で安全で暖かな日常は素晴らしいと言える。
仲良しなけもっ娘がいるだけでも異世界に来た意味はあったってもんだ。もう元の世界に戻らなくてもいいかもしれない。
「えみ?」
向こうに残したものといえば、大学の講義とパソコンとネット環境とアパートの一室と友達と家族と、妹の咲……
大学で一人暮らししても寂しいとは思わなかった。いつでも連絡できるからね。長期休みには会えるし。
でも、いざ咲がいない世界にやってくると、気づかされるね。やっぱり、家族って大事だよ。
毎日のように顔合わせて、ウザァって思うことがあっても、やっぱり会えないのはつらい。妹に会えなくてつらい、と思うときが来るとはね。
今頃、今頃どうしてるかなぁ。咲はどっちかって言うとクールな性格してるから、淡々とこっちに来る機会を狙ってそうだね。
「えみ、大丈夫か?」
「ん?火憐、どしたの?」
「えみ、泣いていたのじゃ」
「え?あぁ、大丈夫ダイジョウブ。ちょっと目にゴミが入っただけ」
「そうなのか?それと、えみには妹がいるのか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「初めて聞いたのじゃ」
「そっか」
「そうじゃ」
「妹がいる」
「うむ」
「……」
「……」
「え、なに?」
「んな、おわりか?」
「おわりだけど」
「もっと聞かせてほしいのじゃ!」
「えぇ、そんなこと言われても話すことないよ」
「名前はなんじゃ?」
「咲だよ」
「さき、か。さきは妹の名前じゃったか」
「あれ?知ってるじゃん」
「さき、という名前だけは聞いたのじゃ。たしか十八じゃったか」
「そうそう、火憐と同じ」
「そうじゃったか。じゃあ、わしはえみの妹みたいなもんじゃな」
「んんっと、まぁ、そうなるかな」
「そうか……」
火憐が妹。こんな妹ならいつでも歓迎だ。咲がいても上手くやっていけそうだし。咲も火憐のこと妹扱いしそうだけど。
ふと火憐の方に目をやると、火憐が小さくなってる。いや、私より背が低いから元々小さいけど、帽子を両手で抑えて縮こまってコンパクトになってる。うずくまってるとも言う。
「どうしたの、大丈夫?お腹痛い?」
「んぁ、ぃ、いや、大丈夫じゃ。この本は読み終わったから、新しいのを、取って、来るのじゃ……」
「そう、いってらっしゃい」
にゃんだろう?いつもと違う反応だにゃぁ。撫でてた猫が急に走り去る感じで、ぴゅんっと行っちゃったにゃ。狐にゃのに。おかげで私の口調が猫になっちゃったにゃ。状態異常を跳ね返すの、なんだっけ。ミラーじゃなくて、ダッフルじゃなくて、テニスじゃなくて、なにコートだっけ?……なんでこんな話になったんだっけ?
閉店後の掃除も終わり、お風呂の時間。最近は火憐の火魔法が上達したおかげで、火を起こすのがラクだ。
まえは火打石と打ち金をぶつけて作る火花を、油を染み込ませた森に落ちてる枯れ葉みたいなものに移して火を起こしていた。私は火打石と打ち金を使う工程が苦手で、いつもせんせいか火憐にやってもらってた。最近は多少マシにはなったけど、二人ほど上手くはできない。
それが今は火憐が直接焚き木に火をつけるので、効率もいいし燃料代も浮く。やっぱ魔法は便利やなぁ。これぞ異世界って感じだな。……はるかに元の世界の方が便利だとかは気にしない。キャンプ感覚ならこれは全然便利なのだ、うん。マッチ?ライター?着火剤?そんなものない、いいね?
ザバァァァ……
「ふぁぁぁ、生き返るぅぅぅっ」
「んきゅぅぅぅぅ、えみは生きてるのじゃ」
「生き返るっていうのは例えの話よ。死んでても生き返るくらい気持ちがいいわぁ、ってこと」
「死んでたら風呂に入れないのじゃ」
「細かいことを気にしてはいけない」
「それより、えみ」
「なぁにぃ?」
「その、妹とは、会えないのか?」
「んん、難しいわねぇ」
「会いたいか?」
「そりゃ、会いたいねぇ。会えないとなると会いたくもなるよ」
「そうか」
「うん」
火憐が魔法以外に興味を持つのは珍しいなぁ。そんなに咲が気になるかな。私のことに関してはあんまり聞かれないんだよねぇ。せんせいもそうだけど、この世界の人は他人の出身とか経歴とか気にならないのかねぇ?
「その、えみ」
「どしたん?」
「わ、わしを、妹としてくれてもよいのじゃぞ」
「火憐が妹?もうそんな感じじゃん」
「そ、そうなのか?」
「私を引っ張りまわして、私が作ったご飯食べて、私にわからないこと聞いて、私の横で寝てる。まさに妹じゃん」
「そ、そうなのか。これが妹じゃったか」
「そ。そゆこと」
「じゃ、じゃあ、えみを、姉と呼んでもいいか?」
「へ?い、いや、ちょい待ち。私を何て呼ぶって?」
「えみ姉、とかどうじゃろうか」
「えみ姉……?い、いや、今まで通り、えみ、でいいよ」
「それではわしが妹らしくないのじゃ」
「いや、別に姉のことを姉って呼ぶ妹は、いなくないけど。その、名前で呼んでる妹も、た、たくさんいるし」
「そうなのか?昨日読んだ本では妹が姉のことを『おねえさま』と」
「ないないないない。火憐が『おねえさま』はないわぁ」
「じゃ、じゃあなんと呼べば妹らしいのじゃ?」
「今まで通り、えみ、でいいよぅ。変わっても違和感あるし、その呼ばれ方で慣れてるから」
「そうか……」
「っていうか、その本ってどんな本?」
「えみが言ってた貴族の、女の物語じゃ」
「はぁ、あの商人から買ったやつね……。あとで貸して」
「わかったのじゃ」
そんなこんなで姉妹騒動は幕を閉じた。人の呼び方って、途中で変えるの難しいよねぇ。変えられた方も違和感を抱くし。姉妹の呼び方も、小さい頃に変な呼ばせ方すると後で後悔したりするよね。
ところで火憐に借りた本だけど、この国には貴族がいないから火憐には難しかったらしい。でも、旅で西の芒王国に行くなら貴族についての知識はあった方がいい。これは火憐の教育にうってつけだなぁと思いながら、あの商人さんのセンスというか、本のチョイスに関心する私だった。




