20 火憐の日課
バァン!
火憐が店の入口、引き戸を勢いよく開いた。道を歩いていた人が、ビクってなって此方を見る。
ごめんなさい、うちの火憐が……
「あら火憐ちゃん、おはよう」
「おはようございますなのじゃ!」
あれ?知り合いか。まあ、そんな大きな町じゃないみたいだし、ご近所さんとかなんだろう。
「そちらの方は……」
「これはえみじゃ!今日からともに働くことになったのじゃ!」
「あらあら、新しい店員さんね?どうも、はじめまして。向かいで野菜を売っている百引よ」
「はじめまして。今日から仙丈道具店に勤める伊勢笑と申します。よろしくお願いします」
「あら、ご丁寧にどうも。せんせいはとてもいい人よ。心配しなくても大丈夫よ」
「ええ」
「そうじゃ。せんせいはすごいのじゃ!」
「ふふ。そうね、火憐ちゃん。火憐ちゃんも先輩になったのだから頑張らないとね」
「そうか、わしはえみの先輩なのか!うむ。それではえみ、行くぞ!」
「え、あぁ。うん、行くよ。では、これからよろしくお願いしまっ、ちょっと引っ張らなくても行くって!」
「よろしくね。帰りにうちに寄りなさい?野菜わけてあげるから!」
「ありがとおおございますぅぅ!」
ドタドタドタ……
「火憐ちゃん、嬉しそうねぇ。よかったわねぇ。」
百引さんと別れ、昨日通った道をひたすら進む火憐。
昨日も見たけど、時代劇の街並みだ。瓦葺きの屋根の建物が整然と並んでいる。
暗い時はわからなかったけど、町はこの大きな真直ぐの通りとそれに垂直な通りを中心に広がっているようだ。まだ早い時間……のはずなのに建物から人がチラホラ出てきて忙しくしている。
お城とかありそうな雰囲気だが、そういった高い建物は見えない。物見やぐらのような建造物は遠くにいくつか見える。
遠くというと、町の周りは山に囲まれているようだ。おそらく盆地に位置しているんだと思う。太陽が昇っている方角を東とすると、南と西の山はかなり距離があるようだ。霞んで見える。逆に北と東の山はかなり近い。スグそこって感じ。今はその北に向かっている。
「おはよう、火憐ちゃん」
「おう、火憐!今日も元気だな!」
「おはようなのじゃ!」
町の人と次々と声を交わす火憐。人気だなぁ。まあこんな格好してるし、この性格だし、そりゃ目立つわな、良い意味で。
そういえば、街並みとマッチングしすぎていて忘れていたが、町の人はみんな和服を着ている。ドラマの世界に迷い込んだみたいだ。
「そっちのお嬢さんも火憐みたいな格好してるんだな!」
「火憐みたいな……いや、違うでしょ!?全然こんなコスプ……」
「おう、威勢がいいな!俺から見れば二人とも似たようなものに見えるがな!がっはっは!」
「えみ、これは魚屋の河阪じゃ。声がでかいのじゃ」
「がっはっは!声がでかいのは生まれつきでな!えみは火憐の友達かい?」
「え、ええ。そうです」
「そうじゃ!えみはわしの友達じゃ!」
「そうかそうか!火憐を頼むよ、えみ!」
「え、はぁ」
「さっきの威勢はどうした?ほれ、返事も気合入れて!」
「は、はい!」
「おう、いいじゃねぇか!また後で寄りな!いいのが入ったからな、やるよ!」
「あ、ありがとうございます!」
「えみ、行くぞ!」
「え、あ、よろしくお願いします!」
「おう!いってこい!」
背中をバンバンされてちょっと痛い。こんなに町の人がフレンドリーだとは思わなかった。これが町のコミュニティーの力なのか……いてて……
それから少し歩くと、昨日見た町の入口を通過した。これは明るい時に見てもがっかりする。むしろ暗い時に見た方が篝火の効果で今より良く見えた。
そろそろ、火憐の朝の日課が何かわかってきた。……私来る必要なくない?
「火憐、ここらの畑では何を育てるのか知ってる?」
「ん?この葉っぱか?知らないのじゃ」
「いつも通ってる道なんだから知っとこうよ……」
「それもそうじゃな!おおい!」
いきなり火憐が声を上げた。それに反応した畑の反対の端にいた人がこちらに歩いてくる。
ああもう、あんな遠くから呼びつけて……うちの火憐がまじごめんなさい。この行動力だけは尊敬に値するけどね。
「どうしたんだい、火憐ちゃん?」
「この野菜はなんという野菜なのか、知りたいのじゃ!」
この人おばあちゃんじゃないの。こんな人をわざわざあの距離から……
「あらあら、勉強熱心ねぇ。これはね、『からしな』というんじゃ」
「おお、からしなか!」
「そう。ちょうど今日収穫するつもりだったんじゃ。帰りに持っていきなさい」
「ありがとうなのじゃ!」
火憐は人気者だね。……帰りの荷物が心配になってきたけど。
『からしな』かぁ。前の世界ではあまりお目にかからない野菜だね。食べたことは、あったかなぁ?
「火憐はいつもこんな感じなの?」
「こんな、とはどういう意味じゃ?」
「あ、いやさ、町の人から声かけられて、色々貰って、ありがとうって」
「うむ。たしかに朝は声をかけられることが多いのじゃ!でもこんなに色々貰ったのは久しぶりじゃな。河阪がただで魚をくれることは滅多にないのじゃ。まけてくれることはあるのじゃがな」
「そうなんだぁ……」
色々くれたのは私に、ってこと?……まさかね。
昨日よりもずいぶんと時間がかかったが、あの場所にやってきた。
私が火憐と初めて会った場所。見えない結界『神性結界』の壁のそば。あの林の中。
半日ぶりくらいだ。何も変わったところはない。
それにしても、別に目印があるわけでもないのに、火憐は迷わずここまで来た。
結界は見えないはずなのに、結界の前で立ち止まった、多分。私も見えないから、あくまで多分だけど。
「火憐は結界の位置がわかるの?」
「ん?そうじゃな。なんとなくじゃが、そこにあるのはわかるのじゃ」
そう言って指差す先には、ただ木が植わっているだけ。その先を見ても木が生えてるだけ。
そこに見えない壁があるなんて、想像もできない。
「それで、ここに来た理由だけど」
「昨日、えみと会った時にもやってた、魔法の鍛練じゃ!」
ズンッガシャァン……
火憐のスカートの中から金属球と鎖が落ちた。一体どうなってるんだか。
「えみは」
「私はあの辺に座って見てるわ」
「わかったのじゃ!」
火憐が右足を振り上げて、金属球目がけて振りぬいた。
ゴォォォルッッ!




