18 十貫文で始める学園生活
私達は階段を下りて1階に戻った。せんせいが椅子に座って何かを飲んでいる。
時代錯誤といえば、このテーブルと椅子もそうだ。どう見たって洋風だし。街並みは江戸っぽいのにこの店の中に限っては西洋風。
せんせいの持つカップもバラの花の絵が描いてある。中身は匂いからして紅茶だろう。
「えみちゃんは紅茶のこと、知っているのね~」
「え、まあ、そうですね。よく飲んでました」
パックのミルクティーだけど。
「そうなの~?この紅茶は西の芒王国から来たっていう旅の商人から買ったのよ~。この湯飲みも可愛いでしょう?」
「ええ、そうですね。……某王国?」
「某王国じゃなくて、芒王国。すすきって書いて芒よ」
「はぁ」
「知らないのね~?まぁ、いいわ~」
「え、ええ。知らないですね」
「ところでこの場所のことは知ってる~?」
「え、えっと、知らないです」
「他の町の宿に泊まってて、林で道に迷って火憐ちゃんに出会ったって聞いたけれど、宿のあった町の名前は覚えてる~?」
「ええっと、覚えてないです」
「そう」
やばい。
そりゃまあ、いつか私の話になるだろうとは思ってたけど、これでは完全に住所不定無職の怪しいやつだ。
とは言っても、知らないものは知らないし。適当に答えて、後で確認されても困る。
咲に借りた小説ではどうしていただろうか。
……その世界の住人がそういったことに無関心、だったな。普通は聞くよね、出身くらい。
東の果ての小さな国、というのはここでは絶対使えない。だってここがまさにそんな感じの国っぽいんだもん。『西洋文化』なんて言葉が出てくるくらいだ。この国より東は海か、一周回って『西の国』に辿り着くだろう。……多分。
「……えみちゃん?」
「は、はい!」
「この国は山櫻共和国。そしてこの町は有州市。この店は仙丈道具店。私はここの店主」
「きょ、共和国?」
「共和国というのは、王がいなくて、国民から選挙で選んだ議員が政治を行う国のことよ~」
「それはわかります」
「あら~?ではなぜ聞き返したの~?」
「あ、いや。こういうのは王国が多いのかなって」
「そうね~。昔はこの国も王国だったのよ~。王族も貴族も腐敗しきっていたから革命が起きて今に至るのよ~」
「はぁ。やっぱりそんなもんなんですねぇ」
よくあるやつだねぇ。どこもそんなもんなんだねぇ。
あるある過ぎてコレといったコメントも思いつかないわ。
「えみちゃんは意外と政治は詳しいのね~?」
「え?ま、まあ。勉強しましたし」
「一人で?」
「いえ、学校で……」
「がっこうっ!」
「え、なに!?」
火憐がいきなり声を上げた。
「せんせい、わしも学校に行きたいのじゃ!」
「え?火憐、今何歳?」
「十八じゃ」
「うわ、咲と同い年かよ……。その割には幼く見えるけど」
「なんじゃ?また馬鹿にしておるのか?」
「してないしてない」
「火憐ちゃん、学校に入学するにはお金がかかるのよ~?それに学校は全寮制だから火憐ちゃん一人になるから……」
「えみも一緒に入ればいいのじゃ!」
「え?嫌よ」
「な、なぜじゃ!?」
「もう一度やり直すなんてまっぴらごめんよ」
「えみは学校に入っておったのか?」
「入っておったって言うか、今も入ってるっていうか……」
「そうじゃ、えみは他国の者じゃったな!」
「ん?まあそんなところだけど、どゆこと?」
他国ならタダで学校に入れて、この国ではお金がかかるの?火憐は学校に行ったことがないのか。だからアホの……
「あほでもばかでもないのじゃ!」
「ああ、ごめんって」
「火憐ちゃんが言ってるのはね~、『審査学校』のことなのよ~」
「『審査学校』?」
「そう。まずね、結界の外に出るには国が発行する『認可証』というものが必要なのよ~」
免許証みたいなものかな。いや、通行許可証か。
でも、なぜそんな行動を制限するようなものを……
「結界の外にはね、夕食の時言ったけれど『魔獣』がいるのよ~。とっても危険なの」
「誰が結界の外に出ているのかを国が把握するための『認可証』ということですか?」
「いいえ、違うわ。結界の外に出た人を国がいちいち確認することはないわ」
「はぁ。では、なんのために」
「『魔獣』は、危険なの。対処の仕方を知らない人が結界の外に出たら、襲われて死んでしまうわ」
「あ、そういうことか。『魔獣』への対応ができることを示すための『認可証』。そして、『魔獣』への対応を学ぶのが『審査学校』ですか」
「ふふ。えみちゃんはものわかりが良くて助かるわ~。『審査学校』ではね、卒業時に試験があって、それに合格すると『認可証』がもらえるってわけなのよ~」
「なるほど」
じゃあ、結界の外を旅するには『認可証』が必須ってわけか。
「認可証がなくても、専門の護衛を決まった数雇えば結界の外に出ることはできるわ~。でも、専門の護衛を雇うのはとてもお金がかかるし、自由に行動するのは難しくなってしまうわね~」
「ほぉ。なるほどなるほど。じゃあ、火憐が学校に通いたいのは」
「もちろん、わし自らの目で西の国の文化を見に行くためじゃ!」
「そう言いながら火憐ちゃん、この前もあの商人から本を買ってたじゃない。それではいつまで経っても学校に入るためのお金、貯まらないわよ~?」
「ダメじゃん」
「ぐぅ……」
なんか想像通り過ぎて思わず苦笑いだ。
でも、そうかぁ。私もせっかく異世界に来たんだから、色々旅をしてみたかったんだけどなぁ。
「えみも旅、したいか?」
「え、そ、そうねぇ。でも私、認可証持ってないし」
「では一緒にとろう!」
「え?」
「そうね~。えみちゃんも一緒に学校入るなら私も安心できるわ~」
「え、い、いやいやいや。私、まず旅の知識ゼロよ?魔獣なんかに襲われても、倒せるほどの力はないわよ?」
「別に倒さなくてもいいのよ~?『魔獣除け』という、魔獣の嫌う植物で作られたお香を焚くことで襲われにくくなるわ~。あ、これがその『魔獣除け』と呼ばれているお香よ~」
せんせいが後ろの棚の籠に沢山入っている、紙に包まれたとんがり円錐のような形のものを取り出した。
私の知ってるお香そのものだ。使ったことはないけど。
「それなら別に『認可証』はいらなくないですか?」
「いいえ。この『魔獣除け』を使っていても、絶対に襲われなくなるわけではないわ~。強い魔獣はこの香りも気にせず人を襲うことがあるのよ~」
「じゃ、じゃあやっぱり戦えないと……」
「でも、大抵の魔獣は種類によって対処法が決まっているのよ~。どんな生き物にも弱点が存在するわ~。その弱点を知っていればそれを利用して、戦わずとも安全に逃げたり追い払ったりできるのよ~」
「それを勉強するのが」
「そうじゃ!学校じゃ!えみは戦う力はないから、知識で試験を突破すればいいのじゃ!」
「戦う力がなくてももらえるんですか、『認可証』」
「そうよ~。試験には戦闘技術を審査する『技術試験』と一般常識、魔獣や旅の知識、国ごとの法律や歴史などの教養面を審査する『学術試験』の二つがあるわ~」
「どちらかを受ければいいんですか?」
「いいえ。どちらも受けなくてはならないわ~。でも、二つの試験の合計得点が基準を超えていれば合格になるわ~」
運転免許みたいだね。私は結局原付しか取らなかったけど。
でも、知識面とは言うものの、私には魔獣も旅も法律も歴史も、ましてや一般常識さえ怪しい。難しくないかな。
「えみちゃん」
「は、はい?」
「山櫻共和国では魔族も人種も等しく同じ扱いを受けなければならない。これは正しいか答えなさい」
「え?ええっと、正しい!」
「せいか~い!試験って言ってもこんな感じよ~」
「あ、そうなんですか」
「ま、あんまり難しくしても誰も合格できなくなってしまうから。試験に出そうな知識はこの店に置いてある本にも書いてあるから、時間がある時に読んでいいわよ~」
「ありがとうございます!」
「あとはお金ね~。さすがに二人の分を出してあげるほど余裕はないわ~」
そういえばその問題が残っていた。自動車教習所なら30万円くらいかな。大学は100万円くらい。……ムリくね?
「『審査学校』の授業料は4,500文くらいだったかしら~」
「ん?安い?」
4,500文、円に換算すると90,000~135,000円くらいになるかな。私のお給金が一日200文。一度も使わなければ22.5日で4,500文貯まる計算だ。一か月もかからない。
「授業料は安いけれど、全寮制だから寮費がかかるのよ~。それに、試験を受けるには試験料がかかって、『技術試験』を受けるには装備が必要。装備はあそこに置いてあるような軽い防具や刃物、武器となるものが必要なのよ~」
せんせいが指差した先には革製の籠手、鞘に入ったナイフが見える。それなりに値は張るだろう。けっこうお金がかかるなぁ……
「結局は卒業までに10貫文以上は必要になるわね~。あ、1貫文は1,000文よ~」
「げぇっ、まじかぁ」
10貫文は円に換算して20万~30万円になる。私がお給金を少しも使わなければ50日で貯まる。約2か月だ。その上、火憐の分の費用もある。私一人で稼ごうとすれば3か月ちょい。少しも使わないというのは難しいだろうから、半年はかかるだろう。
「あ、あと、学校に行くまでの交通費と、寮生活している間の食費や武器の手入れの費用、寮生活とは言っても毎日授業があるわけではないから、遊んだり買い物もするでしょう?そういうお金も必要になるかしらね~?」
「うおおおおっ!?」
「え、えみ!?大丈夫か!?」
ムリゲーじゃん!一年以内には行きたかったのにっ!私はけっこうせっかちなんだよ、こう見えても!
「ま、次の生徒の募集は一年後なのだけれどね~」
ズコー!




