14 新属性追加! (挿絵付き)
「えみ!大丈夫か!?」
火憐が慌てて奥から出てきた。
「なんで言ってくれなかったのよ!」
「何のことを言っておるのじゃ!?」
「私の格好!」
「なんじゃ、その変わった装束のことじゃったか。おかしな見た目じゃと思っておったのじゃが、えみは何も言わんからそれがえみの故郷の衣装なのかと思っておったのじゃ」
「あぁ……そういえば、見た目に反して云々とか言ってたわね」
「うむ。わしの魔法を行使するものの正装を見抜いておったから、えみの衣装も何か意味があるものだと思っておったのじゃ」
「いや、そういうのじゃないけど……」
「それで、その服、いや、その道具達は一体何なの!?せんせいに聞かせてごらんなさい?」
おぅ……せんせい大興奮の巻。今にも襲ってきそうだ。
あの街並みを見る限り、この世界の技術ではプラスチックの製造は難しいだろう。この気候だとゴムの木もないはずだ。
ガラスもあるかどうか怪しい。いや、ガラスなら製造するだけならできるはず……量産は難しいだろうけど。
金属に関してはここにある道具を見る限り……
「ぷらすちく?そういう名前の素材なのかしら?ごむの木というのは聞いたことないわ~。硝子のように見えるそれは、硝子ではないわね~。薄い上に形状が特殊……」
「あ、やべ」
「その衣装はうすらちく、という名なのか?面白いのじゃ!」
「詳しく、もっと詳しく教えなさい!」
やばいやばいやばい……
二人の目が新しいおもちゃを見つけた子供、いや獲物を狩る肉食獣の目をしている……!
せんせいに関しては完全にスイッチが入ってしまっている。初めて会った時の間延びした話し方が、早口になり次から次に畳みかけるかの如く、疾きこと風の如し。
てってれーてれれってれてーてー
あの戦いでの両大将の一騎打ちはかっこよかったなぁ……
「あらあら……逃げたわね~?」
「に、逃げてないです!逃げたんじゃなくて、敵大将と一度手合わせをしてみたかっただけなんです!……それよりも、あの、ずっとこの格好でいると風邪をひくので、何か服はありませんか?」
「何を言っているのかさっぱりだけれど、まあいいわ~?時間のある時にじっくり事細かに聞かせてもらえることに期待するわ~。それじゃ火憐ちゃん、あなたの服を貸してあげなさい?」
「はい、なのじゃ!えみ、行くぞ!」
「え、あ、ありがとうございます!ちょ、ちょっと待って。腕を引っ張らないで!」
「そのまま一緒に風呂に入っちゃいなさ~い」
なんとか危機を乗り越えたけれど、今考えれば別に教えても問題なかったんじゃ……
いやいや、得体の知れない服装をした見たこともない道具を使う女なんて怪しすぎる。せんせいは道具屋の店主だけれど、怪しい人を捕まえてと言って上に突き出すかもしれない。帰る場所も後ろ盾もない異世界人である私は、用心するに越したことはないのだ。教えるのはせんせいが信用に足る人物であり、そこそこの力がある人だということがわかってからだ。ここで言う力は、権力や財力、異世界の知識を正しく判断し利用できる知力、あとは多くの人から支持を得られる人格者であること、が挙げられるかな。
「何をぶつぶつ言っておるのじゃ?さっさとその服を脱がんか」
「あ、ごめん」
暖簾を潜った先、入口からちょうど反対側の端にあたるであろう位置に風呂があった。
いわゆる五右衛門風呂と呼ばれるものだろう。異世界でも風呂が入れるのは嬉しい。とは言っても、元の世界で風呂が好きだったかと言えば答えはノーだ。一人暮らしだとシャワーで済ませてしまうことが多い。水道代・ガス代もかかるしね。
「なんじゃ、また何か考え事か?まだ脱がないのか?」
「あ、ごめんごめん。ちょっとね、んぐぐぐぐぐぅぅ……そのね、んんぐぅぅ……この服はね、んぎゅうぅぅぅ……脱ぐのが大変なのよ」
「そうじゃったか。たしかに、ぴったりえみの身体に張り付いておるのじゃ。手伝うか?」
「あぁ、ん。じゃあ、そこ、引っ張ってくれる?」
「ここか?」
「そうそう。あ、ちょっと私座るから足の方に引っ張って」
「わかったのじゃ!」
ずずずずず…………
丸まったウェットスーツが一つ完成した。もっと脱ぐの簡単にならないかなぁ。
「面白い布地の服じゃな。獣の革とも違う、なんじゃろうな、例えるのが難しいのじゃ」
「そうね。特殊な生地であることはたしかねぇ。ま、とにかく風呂、入りましょ?」
「うむ」
そうして風呂に入る前に身体を、髪を……
「洗わないの!?」
「んじゃっ!?」
「身体、洗わないのかって聞いてるのよ。風呂の前には石鹸で身体を洗うでしょう?」
「せっけん、とはなんじゃ?」
「石鹸は身体を洗う時に使うものよ」
「これのことか?」
渡されたのは木桶。ちっがぁぁぁう!くらむ、ちゃうだぁ!
たしかに使うけど、使うけども。そうじゃない。
「ほら、泡立つやつ、あるじゃない?」
「あわ?食べるのか?」
「食べる?たべる……たべ……それ、泡じゃなくて粟!五穀米は健康にいいんですよってか!?」
「おおお落ち着け、えみ。もう夜じゃ。あまり大きな声を出してはいけないのじゃ」
「……も、もういいわ。火憐のやり方に合わせるわ」
「そ、そうか。えみの故郷とやり方が異なるのかもしれんが、すまんが我慢してほしいのじゃ……」
火憐は桶にお湯を取り、それに布切れを浸けて身体を拭いている。私も倣って身体を拭く。
頭から桶の湯を被って終わり。こんなものなのか、異世界の風呂事情は。
郷に入っては郷に従えだ。諦めよう。……まだ水が沢山使えるだけマシか。
「えみが先に入るのじゃ」
「いいの?」
「もちろんじゃ!えみは客じゃからな!」
「そ。それじゃ遠慮なく……あっつぅ!」
あほか!こんなもの入れるかっ!
「あら~ごめんね~?ちょっと頑張り過ぎちゃったかしら~」
「え、せんせい?……どこから?」
どこからかせんせいの声が聞こえる。
「外よ~?冷めちゃうと思って薪を足したのよ~。そしたら火が消えちゃいそうになったから息を吹き込んだのだけれど、やりすぎたかしら~?」
「あ、いやぁ、大丈夫ですぅ……」
「そ~お?ならよかったわ~」
風呂を貸してもらっている立場で文句を言う筋合いはない。
それにしても、薪で風呂沸かしてたのかぁ。……そりゃそうか。
どうにも異世界というより、タイムスリップした感じが否めない。でも魔法があるし……
「えみ、少し水を足せばいいのじゃ。ほれ」
「うわっ冷たっ!?」
今度は火憐が水をかけてきた。温度差で余計に冷たく感じる。
「火憐、あんたどこから水を……?」
「これも魔法じゃ!」
「あ、そう」
どうにも火憐の魔法にはいい思い出が無い。思い出と言っても、まだ出会ってから一日だけれど、この一日だけでも魔法に良い印象を抱くに至る経験が全く無い。
しかし、火憐に悪気が無いのだから怒るに怒れない。むしろ感謝するべきなのだ、私は。
「あんたねぇ……まあ、いいわ。ありがと」
「うむ。ではどうぞ、なのじゃ」
「では、失礼して……ふぅぁ、極楽ごくらくぅぅぅ……」
これはいい。久しぶりに風呂に浸かった気がする。
疲れた身体に染み渡る少し熱いお湯。気持ちを落ち着かせてくれる顔に当たる湯気。そして、なんとも素晴らしい風呂にぴったりの檜の香り。決して大きな風呂でもないし、足を伸ばすこともできないけど、これが今まで入った風呂で間違いなくダントツで一番と言える風呂だ!
「ふふ。そこまで風呂を褒めてくれる人は初めて見たわよ~?」
「えみが言うといつもの風呂が特別に感じるのじゃ!わしも入るのじゃ!」
「え?」
ざぶぁぁぁ……
おぉい……狭いぞぅ…………
「きゅぅぅぅぅぅ……」
「なんちゅう音出してるのよ」
「なんじゃ、悪いか?気づけば口から出ておったのじゃ」
火憐がだらしない顔で変な声出して向かい合わせで風呂に入ってきた。
他人と一緒に風呂に入るなんて何時ぶりだろうか。多分、小学生くらいの頃、咲と二人で入ったのが最後かな。
こんな狭い風呂で、足がぶつかって、窮屈だけどその分お互いの距離が縮んで。
「ふふっ」
「なんじゃ?なんで笑ったのじゃ?」
「いや、なんか、ね。……いいなぁ、って」
「うん?たしかに風呂はいいものじゃな!」
「ちがうけど……まあいいや」
「なんじゃ、風呂きらいじゃったか?」
「嫌いだった、かな。今はいいなって思えるよ」
「それはよかったのじゃ!」
ぼうっと湧き上がる湯気を目で追っていると、ふと火憐の頭の上、髪の毛の一部が逆立っているのが見えた。帽子の中はこんなになってたのか。……あれ?今、動いた?
「あんたの、その髪の毛が今、ぴょこって動いた気がするんだけど……」
「ん?これか?」
そう言って火憐が頭の髪の一部を摘まむ。うん?やけに厚みが……
「これは耳じゃ!」
「……みみ?」
「そうじゃ」
「みみって、耳?」
「耳にそれ以外あるのか?」
「……」
「どうした、えみ?のぼせたか?」
「け、ケモミミィィッッ!!!?」
本日一番の奇声を上げたと思う。
火憐はけもっ娘だった。
ビクゥッ!?




