文化祭⑤
俺のクラスの方の売り上げは上々だったらしく、男子生徒たちは「明日もよろしく」と俺の背中をバンバンと叩いてくる。女子陣は制服の上からエプロンという格好で給仕をしていたらしく、全員がへとへとになっていた。しかし、彼らの表情に悲壮感はなく、全員が楽しそうな表情だ。
やはり、文化祭はこうでなくては。全員が同じ目標に向かって歩むというのはやはり素晴らしいことなのだ。少なくとも、一日目終了の時点で死んだ魚のような目を浮かべていた例の二人がイレギュラーなだけだ。
「片付けは私たちでやっておくから、部活の方に行ってきて大丈夫だよ」
俺が全員の表情を観察していたのを不審に思ったのか、委員長の松原が俺の方に向かってきた。
「部活の方も盛況だったみたいだね。色んな所で噂になってたよ」
「おかげで、昼飯も食えてなくてな」
「え? もう夕方だよ!? 電話してくれればうどんのデリバリーしたのに」
「電話って言ってもな……、俺は松原の電話番号知らないし」
「え、嘘!? 教えてなかったっけ? ごめん! じゃあ、今連絡先交換しよう!」
松原はそう言うと俺に向かってメッセージアプリのQRコードを差し出した。なるほど、コミュニケーション能力の高い奴らはこうやって連絡先を交換しているのか、などと感心しながらそれを読み込むと、友人との自撮りと思われるアイコンが画面に現れた。
美樹と悠陽とも連絡先を交換しているが、彼女らのアイコンは風景の写真だったはずだ。こういうところでも差が出てしまうのは何とも悲しいことな気がするが、深く考えるのはやめようと思う。俺のアイコンも夕焼けだし。
「じゃあ、何かあったら気軽に連絡してね! 明日の朝もよろしく!」
松原は俺に向かって手を振って、女子のグループに溶け込んでいった。俺もお腹が空いているので、今日のところはお言葉に甘えて早々に二人との集合場所である校門へと向かう。
俺の背後からはクラスメイト達の実に楽しそうな声が聞こえた。一応、頼られているようだし、ハブられてはいないと願いたい。
「はやいですね」
俺が校門に向かうと、そこにはなぜか二人の姿が。ほぼ最速タイムで片づけを抜けてきたつもりなのだが、どうやら二人も同じような状況だったらしい。
「私たちと違って、片付けに関しても志島君は戦力だと思うのですが」
「そうっすね」
「いや、お前らもあんな悲惨な状況を生み出すモンスターだとクラスメイト達にはばれてないんだろ?」
「そうですね。私も悠陽さんもとても疲れた顔をしてしまっていたようなので、気を使って早く返してくれたという訳です。そんなことよりも早くご飯を食べに行きましょう」
美樹はそう言うとすたすたとファミレスの方角へと歩いて行った。俺は悠陽と共に美樹の後ろに着いていく。ファミレスに行くのはいつぶりだろう。少し前に焼き肉屋になら行った気がするが結局あの時食べたのはスープだけだった。そういえば、と疑問を抱いた俺は先行する美樹の背中に向かって声を上げた。
「美樹ってファミレスって行ったことある?」
美樹は俺の知る限り相当なお嬢様だし、お父さんも相当に厳格な人物だったはずだ。そんな家庭に育った美樹がファミレスに行ったことなどあるのだろうか。それに、美樹に限ってクラスメイトと学校帰りに、などという使い方もしている訳がない。
「……どこまでをファミレスとするのかに寄りますね」
「チェーン展開していて、比較的安くて……ドリンクバーがあって、確かに定義しようとすると難しいけど」
「定義を家族と行くレストラン、とするなら行ったことありますね。ただ、志島君の言ったようにドリンクバーというものがあるお店には行ったことありませんね」
「美樹さん、もしかして初めてっすか!? そうですか、そうですか。それじゃああたしがファミレスの何たるかを全部教えてあげるっすよ!」
「そうですか? それじゃあお願いします!」
美樹は目を輝かせて悠陽を見た。嫌な予感がしてならないのは俺だけなのだろうか?
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あ、う、えーとっ……」
「三人っす」
「かしこまりました。おタバコはお吸いになりますか?」
「吸わないっす」
明らかに俺の方を見て聞いたような。俺ってそんなに老けて見えるのか……いやいや制服着てるんだから気づけよ店員さん。と思っていると、店員さんも気づいたようで気まずそうに俺へ頭を少し下げた。
面白そうだからと美樹を先頭に入店したのだが、案外早い段階で悠陽が助け舟を出してしまった。少し残念だが、悠陽としても美樹に知識と経験をひけらかせられる貴重な場面だし、楽しみたいのだろう。
「それではお席へご案内します」
店員さんは俺たちを四人掛けの席に案内し、一礼して店の奥へと消えて行った。水やらおしぼりやらはセルフサービスのタイプだ。俺の正面に座った悠陽は隣の美樹に向かって立てかけられていたメニューを差し出した。
「これがメニューっす!」
「は、はい!」
どこか緊張したような表情の美樹に対し、悠陽はどこか楽しそうだ。
「こんなにたくさんの種類のメニューがあるんですか! ここで働いている方はさぞ腕の良い料理人なんですね」
「いや、時給にして一〇〇〇円くらいで働いてる学生とかなんじゃないか?」
「一〇〇〇円で!? 安すぎませんか?」
「最低賃金の底上げ議論をここでしてもしょうがないから、俺でなく国に言ってくれ」
「これが労働力の搾取という奴ですか……」
ファミレスに来ただけでここまで政治的問題にまで発展させられる頭脳は称賛できるのだろうが、いざそんな奴が目の前にいると鬱陶しくて仕方ない。何の話か分かっていない悠陽は首をかしげているし。
「あたしは決まったっすよ。克人さんは大丈夫っすよね」
メニューとにらめっこする美樹を置いておいて、悠陽はなぜか確信したように俺に言う。気持ちは分からんでもない。このファミレスで一番安いメニューを頼むということくらい悠陽にも想像できるのだろう。
「美樹さんは……まだっぽいっすね」
「そうだな。一言一句逃さないように読んでるんだろ?」
「マジっすか。ファミレスのメニューなんて写真でだいたいわかるようになってるはずなんすけどね」
「そこは、美樹だから」
「そうっすね、美樹さんですもんね」
俺と悠陽の会話に気づいたのか、美樹が一瞬だけきょとんとこちらを見たが、すぐさまメニューへと視線を戻した。




