文化祭③
他愛ないなんとも不毛なやり取りそしていると、校内にアナウンスが響く。
『ただいまより、彩華学園文化祭を開催します!』
なんとも簡潔なアナウンスだが、分かりやすいことこの上ない。一度立って、窓から外を眺めてみると、いつもとは比べ物にならない人々が集まっている。
「人がゴミ……」
「おい、悠陽。それ以上は言うなよ?」
ただ座っていることに飽きたのか、悠陽がぷらぷらと俺の方へ寄ってきて、使い古されたセリフを恥ずかしげなく言おうとする。こういうことに躊躇いがないというのはある種の才能ともいえようが、それを看過してやるほど俺は優しくない。美樹はただ一人座ったままお菓子を食べているらしく、サクサクという音が部屋に響いていた。
俺と悠陽が黙って窓の外を眺め続けていると、校舎の下の方から人が歩く音が聞こえてくる。群衆が校舎内に流れ込んできているらしく、一階の方から熱気がせり上がってくる……ような気がした。
「来たぞ」
奨学生部部室の扉が勢いよく開かれる。まさか、こんなにも一直線にこの企画へと飛び込んできてくれたのかと、一瞬接客スマイルを浮かべそうになるが、そこに立っていたのはあらかたの予想通り、例の教師だった。
「さて、今日は暇だからここでゆくっりさせてもらうぞ?」
「残念ですが、今日は人がたくさん来る予定ですので。緑川先生が休む場所はありません。職員室で寝ていてください」
「貴様な、職員室なんかで寝た日にはいよいよ理事長に怒られてしまうじゃないか。流石に、教師の職を失ったら生きていけなくなる」
「そうですね。緑川先生を養ってくれる男性は永遠に現れないでしょうから」
美樹がせっちゃんを座ったまま、静かな表情で盛大に煽る。この光景も見慣れたものなのだが、せっちゃんはいつまで経っても慣れないようで、自ら眼鏡を外し俺が座る相談スペースへとふらふらとした足取りでやってきた。
「克人くん……私を養ってくれませんか?」
「ごめんなさい」
「即座の反応ですね」
せっちゃんは座布団の上に正座しながら、突っ伏す寸前の態勢で俺に助けを乞うようにいて見つめてくる。まさか、この出し物最初のお客が身内とは思いもしなか……いや、割と想定できる事態だったか。
「というかせっちゃんは結局、メガネは必需品なんだな」
「うん。昔よりはハキハキ喋れるようになったと思うんだけど、それでもメガネをかけてる時と比べるとやっぱり数段落ちちゃうから」
「それでも、成長はしているんだからせっちゃんはよくやってるんじゃないか? だから、これからも一歩ずつでいいからメガネを外した状態でも喋れるように頑張って行けばいいと思うぞ」
「そ、そう? なんか、克人くんに言われると頑張ろうって気になってくるね。ありがとう、私はこれからも頑張るよ……!」
せっちゃんは座布団の上から静かに立ち上がり、しっかりとした足取りで部屋を出て行った。
「……これでいいのか?」
「うわ、一瞬で相談に乗ったっすね。しかも、相手にやる気を与えて帰らせるとかめちゃめちゃ優秀な相談員じゃないっすか」
「これに関してはせっちゃん先生がちょろすぎるだけじゃないでしょうか」
せっちゃんの背中を見送ってから、奨学生部女子二人があきれたように声を上げた。美樹も俺の対応に文句は言わなかったので、これからくるのであろうお客に対してもこのような対応をして行けばよいのだろう。
せっちゃん騒動の影響もあってか、すでに部屋の外まで喧騒が響いていた。。同じ階にあるのは文化部系の部室がメインなので、展示系の出し物がその大部分を占めていたと記憶している。クラスが主体となっている賑やかな出し物はこことは離れた場所にあるため、本来であれば喧騒など俺たちが今いる階まで届くはずないのだが、どういう訳か俺にはこの階がやたらと賑わっているようにしか考えられなかった。正確に言うと、俺たちのいる部屋の前だけが。
——ガラガラ!
「来ちゃった!」
「ちょ、お母さん!?」
一番最初に部屋に入ってきたのは、これまた奨学生部にとても関連のある一人の女性、悠陽のお母さんこと、悠奈さんだ。相変わらず、高校生の親とは思えないほどに若く見える。しかし、本人に絶対に言ってはならない。調子に乗らせるとさらなるアピールをされてしまいそうだ。
「ここが相談所ね! 私も相談したいことがあったのよ! ん? あぁ、相談したい人の前に座ればいいのね!」
悠陽も俺もすでに席に着いているため、三つの席がすべて開いていることになる。
開かれている扉の向こうには、なぜか大勢が列をなしていた。
「ちなみになんですが、後ろの奴らは悠奈さんの従者じゃないですよね?」
「え? あぁ、違うわよ? 私が悠陽のお母さんだって知っていてくれたみたいで、なんか順番を変わってくれたの」
考える時間もなく俺の目の前の座布団に座った悠奈さんはいつも通り優しそうに微笑んでいる。
悠奈さんが俺のところに来たことにより、隣の二人の席は空いているはずなのだが、部屋の外で列を成す生徒たちは一向に入ってくる気配がない。なぜか、こちらに向かって右側で並んでいる。
「待ってる方、こっち空いているっすよー?」
「こちらも空いていますので、どうぞいらしてください」
お客さんたちを呼び込む美樹と悠陽に対し、お客様方は笑顔を返してくる。
「「「「あ、大丈夫です。お母さんに相談があるので」」」」
「あらあら、克人君は大人気ですねぇ。それじゃあ、あまり他の人を待たせる訳にもいかないから早めに相談してしまいましょうか」
胸を押さえてテーブルに突っ伏した美樹と悠陽を無視して、悠奈さんは俺に向き直った。
「それで、いつ私たちの家に入ってくれるのかしら?」
「お母さん!?」
パーテーションの向こうから悠陽の声が聞こえ、どたどたとこちらに膝立ちのままに歩み寄ってきた。
「いや、なぜ俺が赤坂家に入ることが決定事項みたいに話しているんですか」
「え? そこは決定事項ではないの? 悠陽を取るか、私を取るかの二択だった気がするんだけど? あ、もしかして悠李がタイプ?」
「志島君、少しお話があります」
この短い期間でいつの間にかパーテーションはすべて取り払われ、美樹までもが俺のスペースに来ていた。俺のところにしか人が来なければ、確かにプライバシーも何もないため、パーテーションの効力はないに等しい。最初からいらなかったと、美樹も後悔しているだろう。
美樹や悠陽と話したいがための生徒たちが来る可能性はあるだろうが、そもそもそんな奴らに関してはプライバシーに配慮する必要はないか。
「志島君? まさかとは思いますが、すでに悠陽さんとそういった関係なのですか?」
「いや、全く違います」
「ちょっと、全くってなんすか!? なんか、その言い方だとあたしに魅力がないみたいじゃないっすか!」
「分かった分かった。今はまだそういう関係ではないな」
「まだってことは、いつか悠陽さんとそういった関係になるつもりがあるということですか!?」
「いや、そんな予定はない」
「そうよ、克人君は悠陽でも悠李でもなく、私を選んでくれるはずだから」
「悠奈さん、ちょっと黙ってもらっていいですか」
「「「あいつ、やっぱり悠陽ちゃんのお母さん狙いなのね!」」」
「お前ら全員、一回黙ってろ!」
美樹、悠陽、悠奈さん、そしてゴシップ好きらしい女子陣すべてを黙らせてとりあえず、目の前の悠奈さんの対応することにした。美樹がとりあえずの応急処置として、入口の扉を静かに閉めた。
「体育祭の時も言ったような気がしますが、俺の周りをごちゃごちゃにするのはやめてください。爆弾魔でももう少し節操のある爆発のさせ方をしますよ」
「あら、ごめんなさい。まぁ、イベントごとにこうやって殴り込みをかけないといつ逃げられるか分かったものじゃないから……あ、冗談だからね!? そんな一気に血の気の引いた様な顔をしないで!」
「いやいや、あなたが言うと冗談には聞こえないんですよ。ガチで旦那に逃げられている人が高校生にそんな冗談を投げかけないでください!」
「ちーがーいーまーすー! 逃げられたんじゃなくて逃がしたんです! 言うならば個体値厳選のための作業ですぅ!」
「ゲーマー的な強がり方はやめてもらっても良いですか!? 仮にも娘の前なんですから、もう少し娘にも気を使ってくださいよ」
「あ、あたしは全然気にしてないっすよ? 確かにあの個体値の旦那で妥協するのはちょっとってあたしも思うっすから」
「なら、娘が二人できる前に判断しましょうよ」
「最初は問題なかったのよ。それが、どんどんどんどん悪化して行ってね……そう、男なんてみんなそう。きっと、克人君もいつかは私たちに対しても冷たくなるんでしょうね。美樹ちゃんも気をつけなさいね。良い人に限って豹変するから」
美樹は悠奈さんの言葉を聞くなり、俺の方をぎろりと睨む。悠奈さん、余計なことを言うな。というか、俺は豹変するつもりもない。
「待て、まだ豹変していない未遂の奴というか予備罪さえも成立しない奴を睨むな。美樹の眼光は他の人よりも鋭いんだからもう少し気を使え」
「いよいよ、女性に向かっての言葉としてはいかがなものかとも思いますが、まぁ良しとしましょう」
ひとしきり俺たちを楽しんだ様子の悠奈さんは、さっと座布団から立ち上がり、楽しそうな足取りで扉の方へと向かっていった。
「それじゃあ私は一人で文化祭を見て回ってきますね。あ、克人君が私に付き合ってくれても良いですけど……克人君を取っちゃったらお二人さんに怒られそうだからやめておくわ。明日の後夜祭はどっちのいくのかしらねー……あら、もうこんな時間じゃない。それじゃあ私はもう行くわね。克人君、女の子を傷つけちゃだめよ?」
悠奈さんは最後の最後にやはり爆弾を投下してから部屋を出て行った。扉が開かれると、行列はさらに伸びているようで、今か今かとお客さんたちが順番を待っている。
次のお客さんを呼び込もうとすると、隣にいた美樹がいきなり俺の服を掴んだ。
「あの、志島君。明日の後夜祭って誰かと行く予定があったりしますか?」
「いや、とくには」
「ちょっと、克人さん。あたしと行くって約束したじゃないっすか!」
「悠陽、さらっと嘘をつくな」
「じゃあ、問題ありませんね。それでは、後夜祭の時間は空けておいてください」
「いや、克人さん! あたしと後夜祭に行ってくださいっす!」
「……バイトがあるから行けない?」
「なぜ疑問形なんですか。それに、あなたは今バイトしてないじゃないですか」
「そうっすよ、適当な嘘でごまかそうとしないでください!」
「ほらほら、お客さんが待ってるから。その話はまた後でな」
俺は扉の方まで向かい、扉を開ける。列の最初で待っていたのはいつだか奨学生部に相談に来た女生徒、神崎さんであった。




