文化祭②
そして、文化祭当日。
朝、クラスでのホームルームを終え、奨学生部の部室に向かう。ちなみに、うちのクラスはうどん屋をやるらしい。なぜ、うどん!? という疑問を抱いたのだが、あれよあれよという間に決定してしまった。勿論、俺を戦力と見込んでのことのようで当たり前とでもいうかの如く、鬼畜としか言いようがないシフトが組まれていた。
「俺、奨学生部の方にも顔出さないといけないんだけど」
「……よし、飲み物の販売に変更しよう」
「え!? 志島君、参加してくれないの!? もう、文化祭の実行委員会に書類提出しちゃったよ! 今から変更するとなると、めちゃくちゃ嫌な顔されるだろうし……ねぇ、どうしても出れない?」
俺にすべてを丸投げしようとしていた魂胆が見え見えの真はさておいて、うちのクラスの委員長にまで頭を下げられてしまえば、そうむげに扱うことも出来ない。
髪を明るい茶髪に染め上げ、耳には小さなピアスを光らせる委員長こと松原 由紀は風貌から誤解されることも多いが、非常にクラスメイトからの人望も厚い少女だ。見た目通りの言動も多分にあるが、不真面目という訳では決してない。
「ねぇ、志島君! 一生のお願い! 私たちのクラスの方も手伝って?」
「分かった分かった。そんなに勢いよく頭を下げなくていいから、本当に」
別に松原の首を心配したわけではない。頭を下げるたびにふわりと舞い上がりそうになる短いスカートが気になるだけだ。……動いているスカートが気になるだけだ。決して、その中に興味があるわけではない。
と、そんなこんなで俺はクラスの方も手伝わなくてはならなくなった、というよりかは主戦力としての参加を余儀なくされた。今日は早朝から学校に来て、一日分のスープを作り終えている。麺を時間通りに茹でるくらいなら、奨学生部の奴ら以外であれば、誰にでもできるだろう。茹でた麺に俺の作ったスープをかけて、客に提供する。スープをかける、といったところは分からないが、客に提供するということ自体は奨学生部員にもできる簡単な作業のはずだ。
今日の仕事はこれで終了だ。文化祭は土日の二日間開催されるため、明日の朝も同じことをする必要があるが、材料の準備自体はクラスメイトの方でやってくれるというので、そちらにお任せ。
こういった調理イベントでは女子が張り切るのが常だと思っていたのだが、手伝いを買って出てくれる者はいるが、誰も先頭に立とうとはしない。委員長曰く、「いや、負けるとわかっている戦いには誰も挑みたくないでしょ」とのことだった。
そうは言うものの、偉そうな物言いになってしまうが、クラスメイト女子たちの仕事ぶりは文句の言いようがないものだった。勿論、料理上手たちが名乗りを上げたのだろうから、当たり前と言えば当たり前なわけだが、最近見ていた奴らのレベルを思うと、やはり次元が違うと言わざるを得ない。
いつもと比べても数段賑やかなクラスを一人で歩き、奨学生部部室へとたどり着くと、そこには段ボールでにペンキで「人生相談所」と書かれた看板が立っている。この看板の製作中、悠陽が「結婚相談所」と書いてせっちゃんに見せたところ、無言でチョークスリーパーを食らわせていた。教師が生徒に手を上げるというのは、時代的にも問題が山積している気がするが、悠陽に同情する者は誰もいまい。
部室の扉を開けると、そこにはまだ誰の姿もなかった。いつものちゃぶ台がどけられ、広くなった畳の上には保健室から借りてきた二枚のパーテーションが置かれ、空間を三つに仕切っている。それぞれに小さな机が一つと座布団が二枚。ここで、対面して相談に乗るという訳だ。
俺は事前に決めておいた、向かって右側の空間の奥の座布団に腰かける。
特に何時から何時までと時間を決めている訳ではない。基本的には誰かが相談を受けれるように残るが、それ以外は自由だ。かと言って、文化祭を思いっきり楽しもう、というタイプでもないので基本的には俺が残ることになるのだろう。
「克人さん、はやいっすね! おはようございますっす!」
「おはよう。もうこっちに来ちゃっていいのか?」
「はいっす。品物は全部運び終えたっすから!」
悠陽のクラスは飲み物の販売をやるそうで、校舎の入り口近くで水と氷を入れた大きな容器を準備していた。
「これ、差し入れっす。あんまり冷えてないかもしれないっすけど」
悠陽はそう言うと、俺の方にペットボトルのお茶を投げて寄越した。
「ありがとう。クラスメイト達とも仲良くなったみたいだ」
「そうっすね。克人さんのお陰っす。まぁ、最近は陸上部の方にまでギャラリーとして、来るんで、迷惑っちゃ迷惑なんすけど」
「友達のことを悪く言うんじゃない」
「そうなんすけどね。ただ、やりすぎというか、行き過ぎというか」
そうは言いつつも、悠陽の顔は綻んでいる。楽しい学校生活を送れているようで何よりだ。
「二人とも、早いですね。今日は頑張りましょう」
扉が開かれ、今度は美樹が入室してくる。手には駄菓子がたくさん入った袋が下げられていた。
美樹のクラスは駄菓子屋をしているらしい。誰の希望なのか……いや、美樹が自分から言ったのではなく、クラスメイト達が美樹のためにと提案したのだろう。美樹は頭がいいはずなのだが、こういう時には彼らの思惑に気づかず、素直に幸運だとでも思っているのだろう。そこが、彼女が人気となった所以の一つでもある。
「それで、結局のところ俺たちは何をすればいいんだ?」
「なにって、相談を受けるんですよ」
「いや、それは分かってるけど。どこまで、熱心に向き合えばいいんだって話だ」
「そんなの決まっているじゃないですか。持てる力の限り、全身全霊で、ですよ」
美樹はそう言って、自持ち場である真ん中の空間の座布団に座った。それを見るなり、悠陽も自分のテリトリーとなる左端の空間に移動する。そして、数秒の沈黙が続い後、悠陽がもっともな疑問を美樹に投げかけた。
「これ、パーテーションで仕切る意味ってあるんすか?」
「プライバシーの保護です。他の人がいたら、話しにくいこともあるでしょう」
「でも、これじゃあ話声は筒抜けっすよ? 今、あたしたちが会話で来てる訳っすから。それに、この仕切りがあるところは良いっすけど、後ろからは誰がいるか丸見えっすよね」
悠陽がいつになく美樹よりも正しいことを言っている。確かに、美樹の言い分も理解はできるのだが、そこを気にするのであれば教室を分けるくらいは必要だし、もしくは予約制にでもして他の生徒と鉢合わせないようなシステムを作るべきだろう。
いや、考え方が美樹に引っ張られすぎているな。そもそも、こんな文化祭の相談所に人に知られたくないようなシリアスな相談を持ち掛けてくる訳がない。だから、程度としてはこれくらいで十分のはずだ。
「まぁ、そこは気持ちの問題ですね」
「折れるなよ」
「いや、私もなんとなくそれっぽくしたかっただけですから」
「なんか、変わったなお前」
「そうですか?」
「少し前だったら、絶対にこんなことしてないだろ」
「確かにそうかもしれません。ですが、私が変わったのだと思うのであれば、それはあなたのせいでしょうね」
「俺のせい?」
美樹は楽しそうに笑顔を浮かべる。まぁ、昔よりとっつきやすくなった気はするので、文句はない。
「あー、克人さんの適当病が感染したんすね」
「まさか。そんな訳ないだろ」
「悠陽さんの言う通りかもしれませんね」
「マジか。だとしたら、早急な治療が必要だと思うぞ。俺みたいになったら、もう回復できないからな」
「克人さんって自分がやばいっていう自覚はあったんすね」
俺は悠陽の頭をひっぱたきたい衝動をぐっとこらえる。
しかし、どうしてこんなことになってしまったのやら。俺はもっと影の方でこそこそと生きていたい。あぁ、奨学生になったせいか。
奨学金のためだと自分を納得させた俺は、黙って文化祭の開始を待つことにした。




