体育祭⑤
「お弁当はいっぱいあるから、ゆっくり食べていいからね」
俺と悠陽と美樹は悠奈さんお手製のお弁当をレジャーシートの上で食べている。そして、美樹の腕の中には例の駄菓子セットが抱え込まれていた。実にほくほく顔の美樹は悠奈さんの手作り弁当にも箸を伸ばす。勿論、自分でもってきていたお弁当は食べた後でだ。
「それにしても克人くんって足速いのねぇ」
「いえいえ、悠陽のバトンパスが完璧だっただけですから」
「そうっすよ、克人さん! あのスタートのタイミング完璧だったすよ!」
「あらあら。悠陽と克人くんは相性ピッタリなのね。お母さん、妬けちゃうわ」
「ちょっと、やめてよお母さん!」
悠奈さんが笑顔のままなのに対し、悠陽はあたふたと必要以上に顔を赤らめている。
「ほら、あんたも積極的にならないとここの美味しそうにご飯を食べる子に克人くんを取られちゃうわよ? お母さんみたいに」
「ちょっと悠奈さん、流石にその冗談は笑えないです」
「あら、そうかしら?」
「どこの誰が旦那に逃げられた話で笑えるんですか」
「あそこにいる緑色の髪の先生は笑うのをこらえているみたいね」
「あそこに……って、せっちゃんですか。あんた人の不幸話でよくまぁそんなに笑えますね」
「他人の不幸は蜜の味だ。それが旦那持ちともあればなおさらな。っと、もう旦那には逃げられてるから旦那持ちではなかったか」
「あらあら、嫁の貰い手がいないからってそんなに僻まないでください、先生」
「現状は私と同じ独り者だろう」
「いやいや、私には克人くんがいますから」
「ちょっと、待ってください。志島君には私との挙式が控えているんです」
ちょっと、待ってくださいよ美樹さん。その話は流れたんじゃないんですか? どうしたんだ急に。普段はこんな冗談を言う奴ではないだろう。あ、お菓子によってテンションが上がってんのか。
「……なっ! 学生のうちから結婚なんてしてみろ! 不純異性交遊として私が貴様らを退学にしてやる!」
「そんなに僻まないでくださいよ。独り者のせ・ん・せ・い?」
情け容赦なくせっちゃんを煽る美樹はいつになく顔が赤い。だいたい、真昼間のグラウンドでなんでこんな話をしなければならないんだ。
「あ、あたしも克人さんとは呼吸が合ってるっすから!」
「おい、お前まで悪乗りしてくんな」
慌てたように右手を挙げて話に入ってきた悠陽を一言で制して黙らせる。ことの発端である悠奈さんとせっちゃんはまだバチバチと視線を交錯させていた。
「ちょっと、せっちゃん。一応これでも生徒の保護者なんですから。どうするんですか、問題にでもなったら」
「…………」
「分かります? 別に人の不幸を楽しむなとは言いませんけど、時と場合を選んでください。どこの馬鹿教師が学校行事中に保護者の不幸で笑うんですか」
「…………」
「なにか言うことは」
「すいませんでした」
「俺にじゃないでしょう。ほら、悠奈さんに向かって」
「すいませんでした」
悠奈さんの方へ向かって正座で頭を下げるせっちゃん。流石に保護者との問題とあらば、自分の力ではどうにもならないと理解してるのだろう。
「良いですよ。そんなに気にしないでください。一生、旦那などという存在とは縁のない人でしょうから。教師の仕事がなくなってしまっては大変ですしね。一生独身でしょうし、仕方がないので許してあげます」
「悠奈さんもそれ以上、死者に鞭を打たないでください」
大人げない大人たちを諫めつつ、俺はため息をつく。すると、目の前に座っていた、美樹が俺の顔を見るなり楽し気に話しかけてきた。
「ちょっとぉ。私のこともかまってくださいよぅ!」
「今日はどうしたんだ……、なんかお前、顔赤くないか?」
俺は美樹の額に手を伸ばした。すると、手のひらから明らかに平熱ではない体温が返ってくる。
「ちょっと、救護テントに行ってきます」
俺は美樹を腕で抱えると、久々井先生の待つ救護テントへと向かった。
「軽い熱中症。涼しいところで休んでいればすぐによくなる」
簡易ベッドに寝かせて美樹の容態を久々井先生に見せる。意識はあるようだし、特に問題はなさそうだとのことだった。
目の前で横になる美樹はお菓子の袋をまだ嬉しそうに抱えている。何がそんなにうれしいのだろうか。こいつの生活環境ならお菓子くらい簡単に手に入れることができるだろう。だが、美樹は一向に離そうとはしなかった。
「保健室に連れて行って。こんなこともあろうかとクーラーをつけてあるから」
久々井先生はそう言って俺に保健室のカギを渡した。
『まもなく、午後の種目がスタートします。生徒の皆さんは各自で準備を始めてください』
再度美樹を抱えて校内に向かっている最中、アナウンスが休憩時間の終了を告げた。




