体育祭③
俺の出場する種目選手に対する招集がかかり、俺はグラウンドの中へと向かった。俺が出場するのは借り物競争。クラスで出場種目を決めている際にその場にいなかった俺は、この競技への出場が決まっていた。借り物競争など、体育祭では花形の種目で人気がありそうなものなのだが、なぜそんな競技が俺に回ってきたのだろう。
『それでは借り物競争、スタートです!』
放送によって、俺の戦いは幕を開けた。悠陽が出場した一〇〇メートル走とは違い、レクリエーション性が高いこの種目ならではのぬるっとした始まり方だ。
グラウンド中にちりばめられた紙を一枚ずつ取り、そこに書かれているお題に即したものを取ってくる。それを一番最初に三回繰り返した人の勝利だ。この競技には合計で一〇名が出場するようだ。
ルールを頭の中で確認しつつ、俺は一枚目の紙を拾った。そこに書いてあったのは。
『怖いもの』
漠然としすぎではないだろうか。外にある、怖いもの。俺は脳内検索エンジンをフル活用する。一番最初に思いついたのは、消毒液だがそれを怖がるのは悠陽だけか。怖いもの……。鬼……あ。良いのがいたな。
「ちょっと、来てもらっていいですか」
「どうした志島。借り物か? 内容は何なんだ?」
「まぁまぁ、とりあえずついてきてください」
教師席で座っていたせっちゃんの手を取って、審判役の理事長のもとへと向かった。
「お、一番乗りだな。ルールは知っているとは思うが、ここで私がお題とその品を発表して、会場の拍手を募る。その拍手をもとに私が正解かどうか判断するからな」
「分かりました」
「それではさっそく。まず、借り物は緑川本体で間違いないな?」
「はい」
「お題を発表する。お題は……怖いもの、だ」
理事長が会場に向けて言葉を発すると、俺が手を繋いでいたせっちゃんの表情が変わった。
「ほほう。貴様は私のことをそういう風に見ていたんだな」
「「「「よく言った! 正解だ!」」」」
「おい貴様らまでか!?」
会場の生徒は全員スタンディングオベーション。口笛まで吹く奴が出現する有様である。
「どうやら満場一致のようだな。借り物成功だ。よし、次のお題を拾いに行け!」
そもそも、借り物なのだから借りなければならないのではないかという疑問は無しだ。ご本人様からその人格を借りているということにでもしておけば、解釈的にも問題がないだろう。
俺は次のお題を拾うために、せっちゃんの手を振りほどこうとした。しかし、いつの間にか俺の手首は完全にホールドされ、せっちゃんは相変わらず素晴らしい笑顔を浮かべていた。
「放してもらえませんか。次に行かないと……」
「貴様に次があればいいのだがな」
「ほら、緑川。もしや体育祭の競技進行を妨害するわけではあるまいな」
おっ。急に力が弱くなった。俺は手を振りほどいて、次のお題を拾いに向かう。
次の出場者も借り物を済ませたようで、理事長が何かを言い、会場から大きな拍手が沸き起こった。どうやらうかうかはしていられないようだ。
『食いしん坊』
今度はすぐに解となり得る人物を思いついた。借り物競争と言っているのだから、物にしてほしい。どうせ、次に連れていくべき人物にも文句を言われるに決まっている。
「早いな志島君。次は青山さんを連れて来たのか。さてと、お題は……食いしん坊か」
「ちょっと、志島君。少しお話よろしいですか」
やはり、美樹ではなく悠陽辺りを連れてくるべきだったかな。目の前にいる少女は素晴らしく恐ろしい目をしていらっしゃる。
「私は……」
「おい。食いしん坊であることが否定できないなら俺を睨むんじゃねぇよ」
「……私は、食いしん坊ではありませんよ? お腹が空きやすい体質なだけです」
「それを人は何と呼ぶ」
「……食いしん坊です」
「聞こえないな。もっと、大きな声で」
「……食いしん坊です!」
「もっと!」
「わ、私は、食いしん坊です!!」
美樹が大声を張り上げると、会場中から大きな拍手が鳴り響く。顔を真っ赤に染め上げた美樹はその場にへたり込んだ。お菓子ボックスが設置されるレベルなのだから、美樹も文句は言えないだろう。
「覚えていてくださいね」
「志島君。君はなぜ余計なことをする?」
「すみません。興が乗ってしまって」
美樹を無理やりグラウンドの外へ引きずって行き、俺は次の紙を拾いに行った。
『かわいいもの』
ここにきて、やっとまともなお題だ。かわいいもの、かわいいものっと。俺は適当に観客席を眺める。なんかないかなーと。そうすると、救護テントの方で小動物の様に跳ね回りながら手を振っている一人の少女がいた。
「克人さん! 今度はあたしの番っすよね? わくわくっす」
「……まぁ、これでもいいか」
「いくら借り物競争とは言え、本当に物扱いをされるとは思って無かったっす」
俺が理事長の方へと歩き出しても、悠陽はその場を動かない。
「悪かったって」
「ん!」
悠陽は何かを言いたげに、開いた手を俺に向かって差し出した。
「克人さん、なんでチョキを出すんすか」
「いや、勝ちたいなと」
「克人さんがボケ始めるといよいよ収集がつかなくなるのでやめてくださいっす。ほら、いくっすよ」
悠陽は俺の手を取って、駆け出した。
「おい、傷が開いたらどうするんだよ」
「このくらいなら大丈夫っすよ!」
「いや、お前、膝から血が滴ってるじゃねぇか」
「うわっ、ほんとっすね」
「とりあえず、ゴールしたらまた止血だな」
それでも歩みを止めない悠陽に引っ張られながら、俺は理事長の元にただりついた。
「次は赤坂さんか。さて、お題は……かわいいもの」
「克人さん! あたしのことをそんな風に思っててくれたんすか!」
「そうだな。悠陽はすごくかわいい」
「ちょっと! そこは冗談でもかわいいって言うところ……え? 今なんて言いました?」
「悠陽はかわいい」
「ちょっとぉぉぉ! 公衆の面前で何を言ってるんすか!? あれですか、克人さんはまさかのチャラ男ですか!?」
「チャラ男って。いや、ほら会場中の拍手を聞いてみろよ」
あまりにも大きな拍手の音色に、悠陽はどこか気恥ずかしそうだ。
「やっぱり、お前はどこか小動物っぽいんだよな」
「どうせ、そんなところだと思ってたっすよ。あたしには女としての魅力はないっすからね!」
「なんか言ったか?」
「なんでもないっす」
「はいはい。喧嘩なら、グラウンドの外でやってくれ。一位、白組志島克人!」
理事長の声に導かれるように、会場にはもう一度大きな拍手に包まれる。何はともあれ、俺の役割はこれでほぼ終わりだ。っと、早く救護テントに戻って悠陽のケガを処置せねば。俺は、「歩けないっす!」と元気よく言ってのけた悠陽を肩に担ぐ。「なんか思ってた運ばれ方と違うっす!」と悠陽が言っているが、気にする必要ないだろう。
俺がグラウンドを出た後も競技はスムーズに進行し、大きな波乱もなく終了した。




