サボり魔 その1
「おい志島。そんなところで何をしているんだ?」
ぽかぽかとした陽気に吸い寄せられるように中庭に出ていた俺は、目元を覆っていた新聞紙をどける手と共にかけられた声によって起こされた。
「何って昼寝ですよ」
「それは見ればわかる」
メガネをかけたせっちゃんはたいそうご立腹なようで、目じりを吊り上げながらのぞき込んでくる。
俺が奨学生部に電撃入部して少し後、いつものように四時間目の時間を過ごしていると、弱みを握られたからか最近俺に対して当たりの強いすーぱーせっちゃんが至福の時を邪魔してきた。
「貴様には奨学生としての自覚がないのか。他の模範になれという意味も込めての奨学生ということを忘れたか?」
「それなら、こんな生徒を奨学生にしないでくださいよ。俺は入学以来、ずっとこんなですから」
この学園が能力を最重視し、生活態度に目を瞑ってくれることは、俺が奨学生となったことからも明らかである。
それでも、人目に触れることの多い俺たちに品行方正であってほしいと願うのも、当たり前のことだとは思うが、俺の知ったことでは無い。
しかし、そんな思惑を隠し切れないせっちゃんは、俺を攻め立てた。
「何で貴様のようなものが女子力を備えているのやら。なにが目的だ?」
「ギャップ萌え狙いです」
「自分で言うな」
「そんな怒らないでくださいよ。自分にないからって妬まないでください」
「よし、決めた。貴様の今期の成績は最低評価だ。残念だったな」
「職権乱用も甚だしすぎるでしょう!」
「権利とは乱用するためにあるものなのだよ、志島君」
「とても社会教諭と思えない発言をありがとうございます」
横になっている体を起こす俺を、せっちゃんは真剣な眼差しで見下ろしている。
とても教師とは思えない眼光——人を殺める気でもあるのではか思われるほどの、を携えたこの社会科教員は、やっと職務を思い出したのか本来の目的へと戻った。
「それで、君は四時間目の授業中にこんなところで何をやっているのかな」
「青空教室ってやつですね」
「なるほどな。黒板も、教師も、クラスメイトもいない青空教室か。何を学んでいるのやら」
「大気中の二酸化酸素濃度の変化と睡眠効率の相関関係について、です」
「ようするに?」
「教室内より、外の方が気持ちよく寝れるんじゃね?」
「だろうな」
「まぁ、教室の机に突っ伏して寝てもいいんですけど、真面目に授業を聴いているクラスメイトの集中の妨げになりますし。それなら、いっそのこと外に出てきてしまおうかと」
「その気遣いをしようという心掛けは賞賛に値するが、前の授業までいた奴が急にいなくなったら、そっちの方が気が散るだろうに」
「その辺は安心してください。俺が消えることなんて、日常茶飯事なんで。誰も気にしちゃいませんよ」
「それなら突っ伏してても大丈夫だろう。最初の頃はもっとおとなしかったと記憶しているのだが。それに、私の授業はいつも出席していたはずだよな?」
「そりゃそうですよ。どこの馬鹿が帰りのホームルームではち会うことが確定してる先生の授業をサボるんですか」
「それもそうか。いや、そもそも、お前は何でそんなに授業をサボる? お前の能力なら、女子力なんてものにも頼らずと——」
——キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
「お、終わった。それじゃあすいません先生。食堂に急がないといけないんで!」
「おい、ちょっと待て! 志島! まだ話は終わってないぞ」
俺はせっやんの叫びを背後に聞きながら、全力で駆けだした。
「待て。はぁ、本当にどうしようもない奴だな。あのサボり癖さえなければ……」
先生が何を言いたいのか。そんなことは分かっている。だが、俺にはこうすることしかできない。もう、そういう人間として構築されてしまっているのだから。
そう、サボり魔として。