プロローグ③
「よし、こんなもんか。もう入っていいぞー」
格闘すること数時間。何とか満足する状態まで片付け、廊下に立ち続けていた意外と健気な二人を呼び戻す。扉を開けた二人は、
「きれいね」
「広いっす」
そう言いつつ目じりに涙を浮かべ、世界平和が達成されたかのような顔をしていた。
「たかが、掃除しただけだろう。この状態を絶対にキープしろよな、ほんとに」
俺は綺麗になった畳に、二人が学園長室からお土産にとかっさらってきたらしい座布団を敷いて座った。
ゴミに埋もれていた家具を発掘し、雑巾で磨いたおかげもあり、この部屋のクオリティーは数段レベルアップした。気づかなかっただけでこの部屋には水道があり、埋もれていたのかポットなどの家電製品もある。とても部室とは思えない。
「こんなに有用なものがあるとは思いませんでした」
そう言いつつちゃぶ台にノートを広げ、勉強を始めだした青山さんは俺の存在を思考から除去したらしく、もはやこちらを見る素振りさえもない。
「おーい、美樹ちゃ-ん。テストはまだ当分先ですよー」
「はぁ、これだから凡人は。それと美樹ちゃんと呼ばないでください」
「流石学年トップといったところか、みっきー」
「美樹でいいですよ、はぁ。この学園でトップを取るだけならここまで勉強する必要もありませんがね。というか、あなたなぜ私が学年トップであることを知っているのですか。ストーカーですか、変態ですか」
「張り出されてるのを見たんだって。名前までは確認してないが、消去法でお前だってことくらい分かる」
同学年の美樹はどうも俺を目の敵にしている節がある。最も、最初のコンタクトが着替え中に突撃だからな。警戒しない方がどうかしてるか。
美樹は俺と話したくはないと、態度で示すようにノートから目を話すことはない。
「そういえばそうでしたね、女子力トップの志島君」
「うるせ。でもその女子力のお陰でお前は気持ちよく勉強できるわけだ。少しは感謝したらどうだ」
「そうですね。ありがとうございます。女志島君」
「とりあえず、感謝するつもりが無いのはよくわかった」
俺はこいつの懐柔を諦め、もう一人の方を向いた。
「かつとさんってなんだかお母さんみいっすね」
対照的な態度をとる悠陽は俺が見るなり、そんなことを呟いた。手にはおもちゃの剣が握られているが、気にしたら負けだ。捨てたはずなんだが、どこから拾ってきやがった。
「悠陽は一年生だったよな。もう学校には慣れたか?」
特に話題を見つけることもできず、ありきたりなことしか聞けないコミュニケーション能力を恨めしく思うが、仕方がない。高校生になってまだ二か月ちょいの女の子への気遣いということで処理しよう。
「あんまり、慣れないっす。ここの人たちは皆さん優しんですが、なんというかその良い人すぎるんすよね。あたしの家は皆さんみたいに裕福じゃないんで、住む世界が違うというか」
「その気持ちは嫌なくらいわかるよ。俺も貧乏だからな。金持ちどもは自分が裕福だから他人にも気遣いができる。ただそれだけのことなんだがな。俺たちはその優しさを不執拗なまでに疑っちまう」
「そうなんすよ。少しくらい意地悪だったり、性格が悪かったり、そのくらいがちょうどいいし、あたしは好きっすね。だから、かつとさんのことは結構好きっす」
「良い話風だが、要するに俺の性格は悪いとそう言いたいわけか」
俺は悠陽の頭をわしづかんで力を入れる。
「ちょっ、ったい、ふぎゃ……ぐふっ——い、痛いっす」
「ほかに言うことはないか」
「すみまぜんでじだ」
俺は手の力を抜いて、彼女の頭を解放した。
「かつとさん、意外と力強いっすね」
「貧乏人舐めんな」
「同感っす。あ、美樹さんのこともあたしは好きっすよ」
「良かったな美樹。こんなかわいい後輩に好かれて」
「あなたたち、少し静かにしてはいただけませんか。性格の悪い私はありとあらゆる力を使ってあなた方をつぶしてしまう恐れがあるので」
ペンを走らせることを止めぬまま、彼女はこちらを見ることなく気迫で俺たちを制しようとしているようである。意外とこちらの話に興味はあるらしい。
「す、すいません」
「美樹さん、そんな言い方ないっすよ。あたしはこんなにも好きなのに……」
「おいバカ、謝れっ」
俺が素直に謝意を伝えたにも関わらず、隣の怖いもの知らずは頭のネジが数本なくなっているのか、訳の分からん解説を始めた。
「大丈夫っすよ、あれ。照れてるだけっすから」
「照れてる? キレてるの間違いだろ」
「いやいや、ほらあの耳見てくださいっす。紅くなってるっすよ」
言われてみれば、確かに彼女の耳は紅くなっている……ような気がしないでもない。怒気のあまり赤くなっているのではという疑問が湧いてくるが、そこは俺よりも彼女と付き合いの長い——とはいえ数か月だが——を信じることにしよう。
深く追求するのを諦めると、美樹は何事もなかったかのようにペンを動かし始めた。
(助かったのか……)
俺が一人心の中で安堵していると、一つの無遠慮な音が俺の耳に届いた。
——ガチャ。
突然、ノックもせずぶしつけに入ってくる人影に俺一人がビクッと背筋を伸ばしているが、美樹は机から目を離さず、悠陽はいつも通りにこにことしている。
「おう、志島。来ていたのか」
俺のことを見つけっるや否や睨みつけてくる、少なくとも俺には睨んで見える瞳をこちらに向けると、他に何も言う訳でもなく畳に上がりもう一つ空いていた座布団の上へと座った。
その人物は、俺のクラスの担任であり、奨学生の話を俺に持ってきた張本人、緑川先生その人であった。