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女子力に優れた俺は、学費が免除されました。  作者: 土星めがね
夏休み

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夏休み⑤

 傷心から回復した金井さんは急に視線を上げ、つかみかからんばかりの勢いでせっちゃんの方に向き直った。


「それで、このメガネはいかなるアーティファクトですの?」


 テーブルの上に無造作に置かれたメガネを指さして、なぜか視線の先にはいない俺に聞く金井さん。そんなことは俺も知りたい。


「いや、俺たちも知らないんですよ。ということは、これがせっちゃんの手に渡ったのは高校卒業後から現在までの、せっちゃんって今何歳でしたっけ?」

「にいじゅうはちぃ」

「なぜ、そんなひらがなみたいな発音なんですか。とにかく、ここ十年間のどこかで手に入れたみたいですね」

「そうですわね。ちなみにわたくしは永遠の十六歳ですわ」

「聞いていないのに情報をありがとうございます。じゃあ涼子、ジュース買ってきて」 

「年下とわかるや否や、まさかのパシリ扱いですの!? 本当は節と同い年ですわ」

「すでに知りえていた情報をありがとうございます」


 金井さんはふざけたことを自分で言っておきながら、恥ずかしそうに俯いてしまった。なぜか、海風が突然吹き込んでくる。


「それで、せっちゃん先生。そのメガネはいつ手に入れたんですか?」


 話が進まないと踏んだ美樹がせっちゃんに質問する。近くの席から一人掛けの椅子を持ってきて座っている。先ほどの金井さんの話の間に持ってきたのだろう。数時間前までは水着そのまま座られていたがために濡れていた木の椅子も、いつの間にやら乾ききっている。


「言いたくない」


 せっちゃんは拗ねたように、ぷいっと窓の外を見る。窓と言ってもガラスがはめられている訳ではないので風が入り込んで来るが、誰も気にした様子はない。

 せっちゃんの視線を負うと、隣の海の家から一人の男性が駆け寄ってきていたのが見えた。男性は砂浜に足を取られることなく、こちらに大きな手を振って向かってきている。


「涼子! いつまで遊んでんだ!」


 その体格に見合う大きな声で金井さんの名前を呼んだ男性は、日に焼けた腕を見せつけるかのようにTシャツの袖をまくっている。名前を呼ばれた金井さんは目をキラキラさせて飛び出した。


「ダーリン!」


 男性とは正反対ともとれる甘ったるい声を出した金井さんが、全速力で男性の胸へと飛び込んだ。砂地でなぜそのような踏切ができるのかと疑問に思うが、何よりもその勢いをふらつくことなく受け止めた男性を褒めるべきだろう。

 金井さんを片手で抱え込んだ男性はその重みを気にすることなく歩き続けている。そのまま俺たちの海の家までやってくると野太い声とともに俺たちへと頭を下げた。


「うちの涼子が迷惑をかけた。いつも言い聞かせてるんだが、傍若無人な奴でな」

「い、いえいえ」


 大人から大声を出されるというのは学生にとって怒られているほかにはほぼあり得ないので、なんとなく委縮してしまう。たとえどんなセリフであってもだ。この人に言われたら、「焼きそば一つ」でも二秒くらいは固まってしまうだろう。悠陽は今も誰かに助けを求めようと手を出してあわあわしているが、隣にいた金井さんは例の男の腕のなかだし、せっちゃんは使い物にならないし、美樹は「暑いから引っ付くな」という視線を悠陽に向けているしで、悠陽はさらに慌てている。結局俺の腕を取って掴むのだから、こっちとしてはたまったものではない。年頃の女の子なんだからもう少し気を使いなさい。


「今日はこっちに惨敗だったからな。明日からは負けんぞ」


 まさかの宣戦布告に、悠陽は目をうるうるさせている。だが、売られた喧嘩は買わねばなるまい。それがどんな相手であっても、男には引き下がれないこともある。

 空いている右手をこちらに向け握手を求めめてくる男性に、俺も立って右手を差し出す。男と男の固い握手を交わし、明日以降の互いの健闘を祈った。うちの女性陣二人はリア充爆散すべし、とのオーラを加減することなく放出している。しばし続いたバチバチとした時間に割って入ったのは、傍若無人なお嬢様であった。


「お腹が空きましたわ。焼きそば作ってくださいます?」

「あ、すいません。今すぐに」


 俺は急いで厨房へと向かい、鉄板に火を与えた。店内を見ると、さりげなくあの男も座ってるし。明日の敵は今日の友ということか。聞いたことねぇな。

 空の半分ほどが青く染まり、夕焼けとのコントラストが美しいこの時間。俺は一人ぼやきつつ、黒色の鉄板に油を垂らした。


 奨学生部と金井夫婦の六人で囲んだ食卓は、非常に賑やかなものであった。作っている最中から騒がしく、金井夫婦がソースの匂いにつられて厨房に入ってきたり、悠陽が勝手にかき氷を作って厨房をべちゃべちゃにしたりしたりと、散々であった。

 夕食に焼きそばだけというのは健康に悪いような気がするので、明日からはちゃんとしたものを作ろう。

 そして、現在は俺たちが泊っているせっちゃんの実家。両親は海外で仕事をしており、祖父母は例の用事とやらでこの家にはいない。

 俺も年頃の男なのだから、少しは気にしていただきたいものだ。俺がいつ狼になって襲い掛かるかわからんぞという旨を伝えても、三人は鼻で笑うだけで対策を講じようとはしない。信用されているのか、はたまた舐められているのか。

 とはいえ、海の近くにタダで泊まれるというのは素晴らしい待遇といえるだろう。せっちゃんの実家であるここは元々民宿を営んでいたらしく、複数人が泊りに来ても何ら問題はないようで、奨学生部員にそれぞれ一部屋ずつが貸し与えられている。普段俺が暮らしているアパートよりも広いのが腹立たしい。

 俺は今日一日でかいた汗を流すべく、まずは風呂へと向かった。

 風呂はしっかりと男女別に分かれており、相当なことがない限りは中で彼女らと遭遇することはない。相当なこととは俺や彼女らが、小学一年生で習う「男」や「女」が読めなくなったり、赤と青の区別が突然つかなくなる、といったような本当に相当なことである。俺は青地に白色で猛々しく「男」と書かれた暖簾をくぐり、脱衣所へと入る。汗や砂で張り付いた衣服を脱ぎ、俺は浴場へと足を踏み入れた。

 目の前にはかけ湯、と書かれた札が掛けられている大きなツボのようなものがる。しかし、今の俺の状況はかけ湯でどうにかなるようなものであるはずがない。

 見渡すと、そこには五、六台のシャワーと椅子、桶のセット。そして、大きな浴槽がある。これはもう大浴場と言って差し支えないだろう。大きな風呂というのは、なぜこうもテンションを上げるのか。そして、曇りガラスの向こうへと続く扉が一枚。極楽世界への入り口、言い換えるのであれば露天風呂への入り口がある。

 俺は湯船に飛び込みたい欲を抑え、シャワーを浴びる。なぜ、大浴場のシャンプーはこんなにも髪がゴワゴワするのだろう。そんな疑問を感じつつ俺は入念に体を清めた。

 使った桶を軽くゆすいでから、桶を椅子の上に置くと、小気味よい音が浴場に響き渡る。俺しかいないということは分かっているのに、気恥ずかしい気分になるのは日本人の超えられない性質なのだろう。

 自らの身を清め終えた俺は、そのまま露天風呂へ。扉を開けた瞬間に少しひんやりとした風が吹き込んで来る。少し寒さを覚えた俺は、飛び地に置かれている平らな石の上を小走りに駆け抜け、風呂へと浸かった。

 きょう一日の疲れを体内から押し出すように深く息をつく。石でできた風呂の淵に頭を預け夜空を見ると、輝く星々が目に入ってきた。

 夏の夜空には、大三角形が浮かんでいて、あれとあれが織姫と彦星で、年に一回だけ白鳥に橋を作ってもらって会える、という物語が存在している。誰もが一度は聞いたことのある七夕のお話だ。

 しかし、俺の目に映ているのはベガ、アルタイル、デネブの三星だけではない。もちろん、一番輝いて見えるのはその三つに違いないのだが、数えきれないほどの星が俺の視界に輝いている。それはもう、幾千幾億の星々が。

 俺たちの肉眼では数えきれない星々がまさに天に流れる川となって輝いている。もしかすると、織姫と彦星以外にも川のせいで離ればなれになってしまった男女がいるかもしれない。少なくとも、俺たち人間が絶対に知りえない物語が俺の目の前で繰り広げられているだろう。

 頭の中で壮大な物語を繰り広げつつ、俺はゆっくりと目を閉じた。


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