外伝一話:侍は眠り、盗賊は動く
太陽の光が地平線から顔を覗かせる頃、鶏のけたたましい鳴き声が響き渡る。
彼らの声で強制的に僕は目を覚ました。
ここは冒険者の安宿。
相部屋ではなく、狭いとはいえ一人用の部屋を取っている。
一応僕は男の盗賊として通しているので、相部屋と言うのはあまり好ましくない。
何かの拍子で素性の知れない冒険者たちに正体が知れるのは、ね。
もう少し経験を積んで強くなったら、女として明かすのも悪くないのかもしれないけど。
先日の冒険の後、父親であるゼフから貯めたお金の一部を貰えた。
復活させてくれた礼も含まれているらしい。
故郷の家族のことをあまり顧みない父だったから、今後はしっかり母と僕の弟妹たちの面倒を見ろ、と帰り際に言ってやった。
その時は参ったなあといわんばかりに頭を掻いていたけど、ずっと冒険ばっかりやってきた奴だ、これくらい言ってもいいよね。
さて、今週は全く予定が無い。
僕の冒険者仲間であるミフネさんは、今週はずっと動かないと言った。
確かにあれだけの戦いを重ね、怪我は奇蹟で治したと言っても積み重なった疲労は凄まじいだろう。いくら高く寝心地が良い宿に泊まったからと言って、一泊程度で疲れが抜けるとはとても思えない。
何より、ミフネさんは明らかに心が躍っているように見えた。
ずっと待ち焦がれていた、かつての仲間を蘇らせる時が迫っているのだから、それも無理はないよね。
そんな時に余計な依頼や冒険をして、自分が死んだり怪我して蘇生を行えなくなるというリスクは避けたいんだろうな。
「だから、アーダルも今週は好きなように過ごしてくれ」
ミフネさんは馬がいななき暴れまわる、馬小屋に作った簡素なベッドで寝転びながらそう言った。
こんな所で平然と寝ていられるなんて、上級冒険者は違うなあ。
僕は周囲がうるさいと気が散って寝ていられないというのに。
とはいえ。
新人冒険者が暇になったからと言って漫然と休んでいるのはちょっと違うと思う。
僕には経験が足りない。
圧倒的に。
確かにミフネさんは僕の事をパーティメンバーとして受け入れてくれたけど、前の冒険では明らかに僕が足を引っ張っていた。
ミフネさんは慰めてくれたけど、だからといって新人であるという立場に甘えていてはいけない。
ミフネさんのパーティメンバーとしてふさわしい冒険者に早くなりたいんだ。
さしあたり、今日は何をしようか。
ふと、僕は自分の装備の事を思い出す。
スモールレザーシールドも、 レザーアーマーも女王との戦いで壊れてしまった。
それはもうズタズタに。
まずは装備を整えないといけないな。
と言うわけで、ドワーフの鍛冶屋にやってきた。
鍛冶屋ながらも、ここは武具も扱っている。
値段も手ごろな割に品質が良い。
だから冒険者になり立ての人々は、まずここで武具を揃える事を勧められる。
街にはもう一つ武具を扱う商店もあるんだけど、そっちはぼったくり商店なんて呼ばれるくらい値段が高い。その代りに珍しい商品を扱ってたりするんだけどね。
僕が店に向かったのは、日がある程度昇ってからだった。
既に店には鉄を叩くハンマーの音が響き渡っている。
「こんにちは」
「おう、お客さんかい」
店内に入り挨拶をすると、奥からブリガンドさんがひょっこりと姿を現す。
ドワーフという種族を始めて見た時、ずんぐりむっくりという表現がまず頭に浮かんだ。
僕らより身長は低いけれど、その分彼らは筋肉の鎧に覆われている。
そこらの人間たちよりも、力は遥かに強い。
そして髭が凄い。頭髪よりも髭の生え具合を大事にしているくらい。
ブリガンドさんは一見不愛想に見えるかもだけど、実はとっても気さくだ。
「なんだ、ミフネんとこの新しい仲間じゃねえか。今日はどうした?」
「こないだの迷宮探索で防具を壊しちゃいまして、新しくしたいんです」
「おうおう、好きなだけ見て行けよ。盗賊か? 革製品ならそっちの一角にある」
親指で指した先には、これでもかと言わんばかりに革の防具が充実していた。
盾、鎧、籠手に靴。
盗賊は金属の装備は基本的に着けない。
身軽でいるのが盗賊の身上だし、単純に他の職と比較して体力と筋力も低いから重い物を着けると疲れてしまう。
なにより罠の開錠に金属の防具なんか着けてたら、ガチャガチャうるさくて罠が解除できるか作動するかの微妙な音が聞き取れない。
折角だし、前よりちょっと良い装備を買おう。
レザーアーマーよりちょっと硬い、ハードレザーアーマーとハードレザーガントレット、あとハードレザーブーツを購入した。
それとレザーヘルムに口を覆う覆面。
顔を隠した方が盗賊らしいでしょ?
あと顔立ちで女ってバレるのを防ぐ為にもこれは必須なんだ。
一応男として通しているのだから。
「まいどあり」
革製品一式を購入し、鍛冶屋を後にする。
次はどうしようか。
……そうだ、あそこに行こう。
「いらっしゃい。今日はどんな……って、アーダルちゃんじゃないか」
「アーダルちゃんって言うのやめてくれません? 一応男として通ってるんで」
「ははは、悪い悪い。でも今は君しかお客はいないからね。で、僕の店に何の用なんだい」
ハーフエルフのレオンさんが営業してる、細工工房にやってきたのだ。
店主のレオンさんはお洒落かつ綺麗な方で、うっかりすると顔ばかり見つめてしまう。
なるべく顔を見ないで商品を眺めるようにしながら、僕は尋ねた。
「水晶の矢を作って欲しいんです」
「水晶の矢? 作れない事はないが、なんでだい」
「このショートボウを使う為には必要なんです」
僕は背中からエルフのショートボウを外してレオンさんに見せる。
レオンさんはショートボウを興味深そうに観察している。
「描かれている紋様それ自体に魔力が宿っている。エルフの紋様だな。これほどの逸品は見た事がない。どこで手に入れた?」
「盗賊の迷宮で発見しました」
「なんだい、ミスリルだけじゃなくてまだそんなお宝があったのか。僕も探索しに行けばよかったかな。それで、水晶の矢だけど作れない事はない。まだ矢は残っているかな?」
「これです」
「思ったよりシンプルな形状だね。先端は針のようだが、弓につがえる部分だけちょっと厄介だが」
「射れば、敵を自動で追尾してくれます。もっとも水晶の矢を使った時じゃないとそれは発揮されないのですが」
なにより、エルフのショートボウは不死者を相手としたときに効果を発揮する。
水晶の矢で射られた不死は、瞬く間に昇天してしまうのだ。
「それは凄いな。一度見てみたい」
「それで、矢はどれくらいで出来ますか?」
「本数による。幾ら欲しい?」
「とりあえずは百本くらいですね」
「素材が素材だから少し値を張るが、大丈夫かな?」
懐から金貨袋を一つ取り出して、レオンさんに渡す。
「これくらいあれば十分だよ。二日後くらいには出来るからその時また来てくれ」
「もう一つ欲しい品物があるんです」
「何だい?」
僕は棚に並んでいた品物を手に取った。
「シルバーバングルか。何故これを?」
「毒持ってる魔物って多いじゃないですか。それも浅い階層から出る奴もいますし、毎回毒消しの丸薬を買うのも馬鹿にならないんで」
「だから耐性つける為にか。こいつはそれなりに値が張るよ?」
「これで足りますよね?」
更に金貨袋を、今度は三つほど差し出す。
中身を数え、レオンさんはにっこりと笑った。
「確かに。君は中々良い顧客になりそうだよ。まだ冒険者としては日が浅そうだが、ここまで考えている子は中々いない」
「今度は麻痺耐性が付くアクセサリーがあれば、是非に」
まいどあり、という声を背後に僕は細工工房を出た。
早速買ったシルバーバングルを腕にはめる。
一応機能重視で買った物だけど、やっぱりデザインが良くてとっても美しい。
こういう物を持っているだけでも心は躍る。
でも、ガントレット着けたら見えなくなっちゃうんだよな。
見せびらかしてたら盗まれるかもしれないから、まあいいんだけど。
でも、これはあんまり壊したくないな。大事にしたい。
僕はハードレザーガントレットを装着し、バングルを隠した。
さて、じゃあ装備も整った事だし冒険者ギルドに向かってみよう。
まだ何も決めていないけど、きっと掲示板には何かしらの依頼が張り出されているだろうし、僕でも受けられる依頼はあるんじゃないか。
そう思って僕はギルドに足を向けたのだった。




