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第七話:本当の旅立ち


「もう、行くのか。もう少しゆっくりしていってもいいのに」


 名残惜しさのあまり、俺は言った。

 宗一郎たちが村に来てから既に一週間が経っていた。

 三人は旅立ちの支度を終えて、村の入り口に立っている。

 アデーレがかぶりを振った。


「あまり居付いちゃうと、離れがたくなっちゃうからこれでいいのよ」

「そうか。そうか……」

「ゼフ殿。実はノエルの故郷もこの近くにあるらしい。ノエルの故郷にも足を運んでみたいのだ。だからあまり、ここに長居は出来ない。船の日程もあるからな。一か月後には西の大陸に行く船が出る。それに間に合わないと今度は三か月後になってしまう」

「わかっている。わかっているよ。ただ、しばらく会えないと思うと寂しくてな、つい口からこぼれてしまったんだ」


 俺の隣に、妻がそっと寄り添った。

 妻の目に涙が少し滲んでいる。

 娘の誇らしい旅立ちの日じゃないか。

 祝ってやらなくてどうする。


「私は別に、自分の故郷には良い思い出なんて無いから別に行かなくてもいいって思ってるんだけど、どうしても宗一郎が一度は訪れたいって言うからさ」


 ノエルは口をとがらせていた。

 故郷に良い思い出が無い者も勿論居る。

 本人でないから何があったのか知らないし、変な口出しをするつもりはないが。


「じゃあ父さん。しばらくのお別れだけど、元気でね。僕らも時々、手紙は送るからさ」


 そう言って、三人は村人たちに見送られながら去っていった。

 やがて姿が遠くなり、豆粒のようになり、彼方に消えていく。

 こらえていた涙が、ついには溢れていた。

 子が巣立つのは成長を感じると共に、やはり、どうしようもなく、寂しい。

 息子の時も勿論寂しさは覚えたものだが、アデーレの時はそれよりもこみあげてくるものがある。

 

 涙を流しているうち、ふとかつての記憶が脳裏から蘇る。


 俺がなぜ冒険者をやろうと思ったのか。

 金の為。故郷の下らない仕来りの為。

 その二つは勿論理由としてはあるが、やはり一度は世界を見てみたかったという好奇心が一番強い。

 

 故郷を出た後は気の向くままに東へ行き、山岳地帯を超えてとある帝国へと入った。

 初めての異国だが、これはまず失敗したと感じた。

 帝国はきわめて厳しい監視社会を作り上げており、街の至る所に警備隊の監視の目が蔓延っており、また街の人々にも密告の意識が根付いていた。

 当然、冒険者のような不穏分子は真っ先に目を付けられる。

 それと何をするにも賄賂が必要で、特に警備隊に見とがめられるといちいち金を払わなければならなかった。

 金を払わなければいちゃもんを付けられ、めでたく牢屋にぶち込まれる。

 最初はそういう仕組みであることを知らずに警備隊と揉め、数人に散々に殴られて一週間ほど牢屋の世話になった。

 それ以降は見とがめられる度に金を払っていたものの、ある日何度も賄賂を要求される事があった。

 流石に堪忍袋の緒が切れて、警備隊の連中をぶちのめしたのだが、流石にやっちまったと後悔して慌てて国外へ脱出した。

 風の噂ではその後、帝国で内乱が起きて革命とやらが発生し、支配する連中が変わったらしいが結局監視社会であるのはあまり変わってないようだ。

 

 その次に入った国は比較的平穏だった。

 平和という事は、冒険者が心躍るような仕事はあまりないという事でもあるが。

 その代わり、家を建てる大工の仕事や街道の整備やらはとにかくやった覚えがある。

 国として興ったばかりで、とにかく道路や建物が足りず、幾らでも仕事があった。

 その国には他国から出稼ぎに来る者が多く、俺のような冒険者にも分け隔てなく接してくれる人が多くて居心地がよかったから、つい滞在を長くしてしまった。


 三つ目の国は、平穏だった国の隣国だが、そこは打って変わって政権が変わったばかりで安定しておらず、また国の至る所で多くの盗賊団が蠢いており、そいつらの討伐依頼がよくギルドに張り出されていた。

 実質的に俺の冒険者としてのキャリアの始まりはこの国で、ギルドに冒険者として登録して初めてパーティを組んで討伐依頼をこなしまくった。

 盗賊どもは人でなしだ。

 遠慮する必要は全くない。

 一思いに暴れまくっていた。

 二つ目の国とは別の意味で楽しくて、ついついここにも長居してしまった。

 他の冒険者との協力もあって、あらかたの盗賊団は壊滅させたはずだ。

 国からの褒賞も度々あって、荒稼ぎさせてもらったのも良い思い出だ。


 そして次の国へ行くと、政権は安定していたものの、魔物がどこからともなく現れて首都を荒らしているという不可思議な事件が起こっていた。

 野生の魔物はどこにでも居るが、それらは普段街に入り込むような真似は出来ない。

 街には魔物を拒む結界が張られており、魔物は結界の魔力を嫌って街には入り込もうとはしないのだ。

 故に、街の結界に何らかの細工がなされたか、あるいは悪意を持って街の中に魔物を召喚している何かしらが居るという、推測がなされた。

 結果的には、街の遥か地下にかつて存在した古代都市があり、そこに描かれていた魔法陣が何らかの力を以て再稼働して魔物が送り出されている、という事がわかった。

 冒険者たち以外にも、軍人やその国お抱えの魔術師たちがそれぞれパーティを組んで探索、現れる魔物の討伐を長期間続け、ついに古代都市の最奥部に辿り着く。

 最奥部に果たして、魔法陣はあった。

 その傍らには、一つの骨となった遺体と干からびた魔物と思われる死体があった。

 この者は恐らく魔物と相打ちになったのだろう。

 遺体の傍らには血で書かれたメッセージが残されており、こう書かれていた。


”これを読んだ何者かに頼む。この魔法陣の力を失わせて欲しい。いまは魔力を使いつくして作動しないが、いずれ長き時を経れば魔力を蓄えてまた作動し始めるだろう。この国はもはや滅びの時を迎えるが、最後の後始末をし損なってしまった。未練である……”


 魔法陣はその図柄を乱すなり、書き換えるなりすれば効力を失う。

 問題は、その魔法陣の前に陣取っていたのは得体の知れぬ、金色の鎧と深紅のマントを纏った騎士であった。

 並みの冒険者たちでは太刀打ちできず、国お抱えの魔術師や軍人たちであってもなお倒すのは難しかったその騎士を倒したのは、俺たちのパーティであった。

 とはいえ、古代都市はギルドと城の皆の共同作業によって踏破し、あとはその魔法陣だけをどうにかするという段階であった。

 如何にそこを守っているのが強力な魔物であろうとも、数の暴力で圧し潰す。

 その作戦は当たり、金色の騎士は数多の強者を退けてきたが流石に疲労の色は隠せず、傷も多く受けた為にまともに立つのも難しくなっており、そのタイミングでちょうど魔法陣のある部屋に押し入ったのが俺たちのパーティであった。

 前のパーティが半壊して退散すると同時に入れ替わりとなり、奇襲に近い形で襲い掛かったら見事首を取る事に成功した。


 一言で言えば、俺たちは運が良かった。


 そこで魔物討伐の褒賞を得て、中々大きな金を得て気分を良くしたところで最後に訪れたのがイル=カザレムのサルヴィだ。

 その後の顛末は御覧の通りである。

 

 冒険者という稼業は、本当に楽しかった。

 楽しかったんだよ。

 

 宗一郎。

 アデーレ。

 ノエル。


 お前たちは、いつまで冒険者をやるつもりなんだろうな?

 

「ああ。それにしても、早く孫の顔が見たいものだな」


 ひとりごち、ようやく自分の家に引き上げる気が起きた。

 

 陽光に照らされて風で飛んだ雪が煌めき、輝いている。

 俺は今日からまた、代わり映えのしない日々に戻る。

 それでいいんだ。


 俺の冒険は、終わったのだから。

 

 



 ......おまけエピローグ、本当の旅立ち、これにて終わり。

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