第六話:安堵
溜息を吐いた。
手合わせをして、改めて分からされた。
俺と宗一郎の力量の差というものを。
雲泥の差。
天地の隔たり。
象に挑む蟻。
幾らでもそのような形容が浮かび上がる。
それは全く正しい。
冒険者を引退したとはいえ、少しは喰らい付けると思っていたが、その見立ては甘すぎたと言わざるを得ない。
現役の、迷宮を踏破しその主を倒し、魔界からの魔物たちの襲来も防いだ冒険者に今更ロートルの引退者が敵う訳がないのだ。
幻想は打ち砕かれ、現実を突き付けられた。
それは決して苦々しいものではない。
むしろ清々しさすら覚える、心地よいものだった。
もはや冒険者という仕事に未練はない。
後ろ髪を引かれる思いはわずかにあった。
しかしこの立ち合いで、心の中にあった残滓は全て洗い流された。
体を張って冒険する頃合いじゃあ無くなったって事だ。
「それにしても、飛ぶ斬撃なんか初めて見たな。一体どういう理屈だ?」
宗一郎は雪中に立っている鉈剣を握り、俺に返す。
「ゼフ殿、人間には体を巡る目に見えぬ流れがあるのはご存じか。俺は刀に霊気を乗せて振るう事で、飛ぶ斬撃、即ち奥義・二の太刀、虚空牙を放つ」
「霊気か。途中から体に纏い始めたオーラの事だな」
「とはいえ、誰にでも使えるというものでもない。三船の一族は特に霊気を扱う素養があるが、それでも十年くらいはみっちり修行した」
「ちなみに、僕も似たようなのが使えるようになったよ」
アーダルことアデーレが紫色のオーラを腕に纏い始めた。
そして一本の木に近づき、手刀を放つと木は人体くらいの太さがあったというのに、真っ二つに切れて地面に落ちた。
「なんてこった。そんな芸当ができるとは、娘が父を超えてしまった」
「良い事でしょ。子が親を超えるのは願ったり叶ったりじゃないの」
それはそうだが、親としての面子はもう立たないかもしれん。
「アデーレと喧嘩なんかしたら、もう勝てんなぁこりゃ」
ぽつりとつぶやくと、宗一郎とアデーレがともに苦笑いを返す。
だがこれで安心した。
娘はもはや独り立ちした。
神の導きと、己の持つ縁によって伴侶となる人を見つけられた。
ひとつ、溜息をまた吐いた。
安堵の溜息。
少なくとも、俺の娘は一人前に育ったのだ。
あと三人の子供が大人になるまで、見守っていく。
俺の残る、成すべき事だ。
* * *
立ち合いが終わった後、村は総出で宗一郎たちを迎えた。
俺達の一族だけで良いと言ったのに、村人たちは冬に客が来るのは珍しいからとあれこれと村を案内したり世話を焼いたりしていた。
おかげで、俺達家族のささやかな宴会を中々行う事ができなかった。
ようやく夜になって、俺の家族と宗一郎たちの宴会が行われる。
俺の家族は妻、独り立ちした息子、アデーレ、そして残る三人きょうだい(次男三男に、次女)だ。
息子はもう都会に出ている為、今日は戻ってきていない。
三人の子供たちには先に飯を食わせたので、今は自由に家の中で遊びまわっている。
俺の親父と母親は、昼に来てなにやら手土産を置いていって昼食を一緒に取った後に自分たちの家に戻っていった。
俺は宗一郎に酒を注ぐ。
故郷で造られる蒸留酒だ。
初めに造られた醸造酒を何度も蒸留を重ねることで酒精の純度を高めていき、ほぼ純粋な酒精と言ってもいいくらいに度数は高い。
これに地元の薬草を漬け込むことで、独特の風味を加えている。
正直な所、好みが分かれる味だ。
だが、これをはじめの乾杯で一杯飲むのがこの土地での習わしである。
ショットグラスでごくわずかな量を飲むだけであるが、酒に弱い奴はこの一杯でも卒倒するだろう。
果たして宗一郎はどれくらい酒に強いのか。
「頂きます」
丁重に頭を下げた後、宗一郎はグッと一息に飲み干した。
喉がごくりと液体を嚥下する。
眉をしかめ、目を瞑っている。
強い酒を飲んだ奴は誰しも同じような反応をする。
喉が燃え盛り、胃に落ちた後もマグマのように熱を持ち続けるのだ。
宗一郎はカッと目を見開くと、思い切り息を吐いた。
「強烈な酒だ。ドワーフの火酒に匹敵するかそれ以上の酒を只人が造っているとはな」
「ドワーフの酒ってのは、ここの酒と同じくらい強いのか?」
問うと、宗一郎は頷く。
「あれも一種の蒸留酒でね。素材が何だったかはちょっと忘れたが、何度も蒸留するのはここの酒と同じだ。あ奴らも、酒を酌み交わす事で友情を深める」
「なるほどね」
俺が冒険者をしている間は、ドワーフと酒を酌み交わす事はついぞなかった。
そもそもドワーフはあまり地元を離れようとしないし、旅をするドワーフは一風変わっている奴らが多い。
どこかに定住している者は大抵鍛冶屋の仕事をしている。
サルヴィの都市ではブリガンドという鍛冶屋と話はしたが、それこそ武器防具の修理や売買のやり取り程度で酒を酌み交わす間柄にはなりようがなかった。
「強い酒ばかり飲んでいたら潰れちまう。今日はたっぷりと語らいたいから、次からは南の地方から取り寄せたワインにしよう」
俺と宗一郎は取り留めのない話を重ねる。
宗一郎が如何に迷宮を攻略していったか、そして俺は故郷に戻った後は何をしていたのか。
酒量は増えていくばかりだ。
ワインの瓶が何本か空になったあたりで、だいぶ俺の意識は朦朧としてきた。
眠い。
「……いつかは、こんな日が来るものだと思っていた。父として、娘を持つものとして、うっすらと覚悟はしていた」
「ええ」
「しょうもない男が来るようだったらぶっ飛ばしてしまおうと思っていた。しかし来たのは、男として見込んだお前だ。文句の付けようがない」
「……」
宗一郎はワインを一口飲み、チーズをほおばる。
俺も続けてグラスに入ったワインをひと思いに飲み下した。
「息子と違って娘が家を離れるのは、やっぱりどうしようもなく寂しいもんだな。息子はいずれ家を出て自らの家を作るものだが、娘は必ずしもそうではない。だが、お前が夫となればガートランドに根を張るとは思えんからな」
「何より、アデーレ殿が故郷に戻る事を今は望んでいない」
宗一郎の言葉に、静かにアデーレが頷く。
「分かっている。あいつは故郷に漫然と暮らしていられるような性格をしていない。好奇心に満ち溢れていた子だったから、いずれは出ていくと思っていたよ」
「ゼフ殿。この大陸以外にも、遥か西に別の大陸が存在していると聞いている。俺たちは今度、そちらへ向かうつもりだ」
「そうか。当分は帰ってこれないな」
「だが安心してほしい。俺が居る限りは、アデーレ殿は必ず幸せにする。決して不幸にはさせないと約束する。男として、侍として」
懐から和紙を取り出すと、筆で一筆書き始め、そして親指で小刀で切って血判を押す宗一郎。
「これが誓いの証拠となる。もしこの約定に違えた場合は、其方に斬られる覚悟はある」
「……もはや、君に俺から何か言える事はない。それほどまでに大事に思っているのなら、娘を頼む」
俺の目からは、自然と涙があふれていた。
横で聞いていたノエルも頷いている。
「幸せになるのは僕だけじゃない。幸せはお互いで作り上げていくものだから。僕と宗一郎と、ノエルと、みんなで幸せを掴んでいくんだよ、父さん」
「その通りよ、アデーレ。よくぞ言ってくれたわ」
ずっと黙って話を聞いていた、俺の妻も頷く。
「でも、この旦那は自分勝手が過ぎるものだから、私はずいぶんと苦労させられたわ」
そしてジト目で見る。
やめてくれ、そんな目で見られたら折角の心地よさが失せてしまう。
俺は蒸留酒の瓶を掴み、そのままラッパ飲みして中身をすべて飲み干して昏倒した。
せめて今日は気分の良いまま終わりたい。
それでこそ宴会というものだろう。




