第五話:戦士の性根
猛然と宗一郎の方へと雪をかき分けながら向かっていく。
膝まで埋まった雪というものは、思いのほか進みづらい。
それは雪に慣れている俺たちにとっても変わらない。
だが雪に慣れていない者ならどうか?
宗一郎の故郷である極東の国が、どれくらい雪が降るかはわからない。
しかし、俺の国ほど雪が降る場所は中々無いと思っている。
雪に足を取られて、思うように動けんはずだ。
俺の思惑はさておき、宗一郎はじっと立って動かない。
間合いを詰める。
さながら猛牛が如く。
牛のパワーはすさまじく、雪の中でもまるで何もないかのように物ともせず突進していく。
雪の中でも平然と暮らすスノーバイソンという牛がこの辺りにはいるのだが、奴らは猛吹雪の中でも平気で寝ているくらいには寒さに強い。
やがて、あと五歩も進めば俺の鉈剣が届くであろう間合いになった瞬間。
宗一郎は野太刀を構えた。
柄を両手で正面に胸の前に握り、刃の切っ先をこちらに向けている。
こちらの剣術の構えの中では少し見ないかもしれない。
目はどうか。
こちらを見てはいる。
見てはいるが、視線はどこか遠くを見ているような気がしてならない。
虚ろとも言うべきか。
俺を見ているわけではない雰囲気すら感じる。
何を見ているんだ?
……気にしていても仕方あるまい。
もう既に間合いに入っているのだから。
「FUUUU!」
気合と共に、俺は鉈剣を振り上げて思い切り叩きつけた。
剣を振り上げる前に感じていた。
殺すつもりでやらなければ、とてもではないが当てられないと直感があった。
模擬戦のつもりで手加減などすれば負ける。
負けるつもりで勝負など初めからするつもりはないのだから。
鉈剣を、叩きつけた。
しかし、宗一郎を斬れた感触はない。
ただ、地面の雪が爆裂して宙に舞っただけである。
雪煙がもうもうと立ち込め、陽光に照らされて煌めいている。
雪煙が舞い散った後、宗一郎の姿が見えた。
彼は鉈剣が叩きつけられた場所からわずか半歩のみ下がっていたのだ。
完全に間合いを見切っている。
「やるな」
「ゼフ殿こそ。引退したはずなのに、その剣の勢いは現役の頃とまるで変わらない」
「世辞を吐くのは止せ」
「世辞ではない。本当にそう感じたのだ」
瞬間、宗一郎の手が閃いた。
背筋の毛がぞわりと跳ねる。
脊髄で反応した。
間一髪、鉈剣は野太刀の刃を跳ねのける。
刀の軌跡から分かったのは、俺の右横腹を狙った薙ぎ払いであること。
鉈剣は重く分厚い。並みの剣なら逆に折る事すら出来る。
しかし野太刀の一撃は弾くので精一杯だ。
むしろ分厚く強いはずの鉈剣で受けてなお、手が痺れる一撃である。
宗一郎の顔色は変わらない。
「つあっ!」
大楯を前に突き出し、シールドバッシュを試みる。
盾での一撃はバカにできるものではない。
特に大楯ともなれば。
シールドバッシュでひるませ体勢を崩し、そこに剣での一撃を叩き込むつもりだった。
バッシュの一撃は空を切る。
横に半歩身をずらし、必要最小限の動きで避けている。
だが、その動きは既に見越している。
大楯はおとり、餌だ。
相手を誘導してしまえば、次の一撃を入れるのは容易い。
鉈剣の右からの薙ぎ払い。
この大きく分厚い剣の一撃を受け切れるやつは、人間、魔物を問わず見た事が無い。
受け切れるか!
「噴、破!」
宗一郎の気合の声が発された。
瞬間、爆発的な何かが宗一郎の体から吹き上がる。
それは実体を伴わない、生命の流れの勢いのように思えた。
陳腐な表現をすれば体を流れるオーラというべきか。
白い気流が、宗一郎の体を覆っている。
宗一郎は野太刀で剣を受ける。
とても大きく、鈍い金属音が響き渡る。
何度でも言うが、普通の剣ならこれで叩き折れるはずだった。
野太刀は、折れない。
迸るオーラが野太刀にも流れ込み、まるで丸太を下手に叩いた時のような鈍い衝撃が俺の手に残っている。
宗一郎は笑みを浮かべた。
今まで無表情で、何も感じていなかったかのような顔色から転じたその笑いは、さながら猛獣が獲物を喰らう時に見せる獰猛さに似ていた。
同時に、剣閃。
「ちいっ」
かろうじて反応し、俺は大楯を瞬間的に構える。
木製であるものの、ガートランドで産出した樫で出来た楯は、非常に粘り強く強度が高い。
下手な金属盾よりも受けに優れており、大きい故に広い範囲で体を守る事も出来る。
だが、宗一郎の一撃によって音もなく大楯は真っ二つに斬られる。
マジかよ。
心の中で呻くしかできず、俺は分かたれた一部の大楯を捨てた。
続けざまに斬撃が来る。
両手で鉈剣を握り、野太刀による連撃を受ける。
頭。
脇腹。
鳩尾。
太腿。
首。
そしてまた胴。
腕。
ことごとくを受ける。弾く。
そのたびに剣同士が打ち合い、火花が飛び散った。
速すぎる。
受けるので精一杯だ。
こちらから攻勢に出る間がまるで無い。
しかも宗一郎の息が上がっている様子は見受けられない。
薙ぎ払い、突き、切り上げ、それら全ての攻撃がどこからでも飛んでくる。
幾らなんでも、どこかで息継ぎをするはずだろうが。
無呼吸でここまで連撃を繰り出せるのは人を超越している。
更に、どこへの攻撃も、正確に急所を狙っている。
一撃ももらえない。
もし喰らってしまえば、それは死を意味する。
まさに剣戟の嵐。
暴風雨のような勢いを、しのぐことしかできない。
これほどまでに技を、肉体を練り上げていたのか。
素直な驚きが俺の胸に去来する。
しかし、俺もまだ鈍ってはいないな。
瞬間的な反応も、激しい連撃に対する受けもできている。
錆び付いてはいない。
肉体がまだ衰えていない事に安堵した。
それなら、まだやれる。
まだ保つはずだ。
いける。
一撃くらいは叩き込むのは訳がないはずだ。
不意に、宗一郎の連撃が止まった。
やっと一呼吸を入れる瞬間が訪れたか。
俺も笑みを浮かべる。
瘦せ我慢の笑みだが、それでも俺がギリギリの所で耐えているのを悟られる訳にはいかない。
息を吐く。
瞬間、宗一郎は呼気を一つ吐いて一足飛びに後ろに退いた。
「呼!」
野太刀が、空を切り裂いた。
同時に、見えない斬撃としか形容できないものが飛んできた。
上段から下に振り抜き、更に横に薙ぎ払う二段の空気の刃が、目に見える形で飛んできた。
「ぬあっ」
剣で受けられるものではないと判断し、横っ飛びで避ける。
上段斬撃は雪を切り裂き地吹雪を飛ばし、横薙ぎはそれを追いかけて飛んで行った先の木の一本を完全に真っ二つにする。
何という威力だ。
斬撃を飛ばす技など見た事が無い。
受けていたら俺が真っ二つになっていた。
全く笑えない。
だが気づけば、俺は笑っている。
たまらない恐怖で、胃がせりあがって吐きそうだというのに。
怖い時ほど笑え、そういう言葉もある。
それとも違う。
怖いからってあえて笑っているんじゃない。
本当に戦って愉しいからこそ、笑っているのだ。
戦士は戦いの中で愉悦し、笑いながら死ぬ。
俺たちが本当に笑い合えるのは、戦いの中でのやり取りだけだ。
どうしようもないほどに戦士って奴らは狂っている。
本当の戦士は、戦いの最中でしか生きられない。
根本から、普通の人間とは性質が違う。
俺たちは戦いの中でこそ、生きている意味を感じられる。
だから、戦士なんぞをやっている。
どうしようもない狂人だという自覚を得て、なお平和に生きなければいけない。
家族の為に。一族の為に。村の為に。
それは枷だ。
社会の中で生きる為の、仕方のない枷。
犬に付ける首輪みたいなもんだ。
犬にどうしてもなれなかった奴だけが、戦いの渦中に身を投じていつか命をある日擦り減らして死んでいく。
俺は戦士だった。
だが今は、枷を付けられた犬でもある。
あえて枷を望んだ、疲れ果てた犬だ。
しかし、やはり、性根というものは中々変えられない。
宗一郎は飛ばす斬撃とともに、自らの身も飛ばしてきた。
驚異的な跳躍力は、足にオーラを纏ってジャンプ力をブーストしたのだ。
横っ飛びからようやく体勢を整え、俺は上段に剣を振り上げた。
しかし俺が剣を振り下ろす事はなかった。
出来なかった。
何故なら、俺の鉈剣は既に遥か上空に打ち上げられていたからだ。
晴天の中に、きらきらと輝く鉈剣の反射。
そして俺の背後の雪中に鉈剣が突き刺さる。
力なく首を振った。
「負けだ。もはやお前には一生敵わんだろうな」




