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第四話:立ち合い


「大丈夫なの? 父さん」


 アーダルことアデーレが口を開いた。

 その顔色には困惑と不安が見える。

 そう思うのも無理はないか。


 俺は故郷のガートランドに戻った後は、もう冒険者としての仕事はほとんどしていない。

 狩猟と農業を生活の糧を得る主な仕事としており、久しく命のやり取りを伴うような危険な事は行っていない。

 いや、命のやりとりという意味では一応今でもやってはいるか。

 

 狩猟は獣との命のやり取りである。


 相手が鹿であろうとも、角や後ろ足の蹴りで致命傷を受ける者も少なくはない。

 まして相手が猪や熊ともなれば、迷宮の魔物と比較しても危険度は引けを取らない。

 相手の生態を知り、どのように行動するかを知らなければ命を危険にさらす事になるのは魔物と変わらない。

 森と山に潜む獣たちと比べれば、迷宮の浅い層における連中は大した事は無かった。

 ゾンビやスケルトンなんか動きは鈍いから、きっちり相手を見ていればケガを負う事はまずなかったし、ゴブリンは刃物を持っている事にさえ気を付ければ子供程度の力と素早さしかない。コボルトも群れること以外はそれほど脅威にはならない。

 冒険者崩れの強盗なんかは迷宮以外にもどこにでもいる。

 どいつもこいつも故郷のヒグマとは比べるべくもなかった。

 とはいえ、迷宮の三層から先になるとしっかりと迷宮らしい魔物が現れるが。


 ほとんど冒険者としての仕事はしていないとは言ったが、こちらでも一応冒険者ギルド組合は存在しており、狩猟や農業の仕事が無い時はそこに行って仕事がないかを見たりもしている。

 元冒険者であった事を伝えると、組合の方でも冒険者の数は足りていないのか俺のようなロートルにも仕事を振ってくれる。

 こちらでの仕事は森林や山のガイド、物資輸送の護衛、山中に存在する貴重な植物の採集がメインだ。

 ガイドの仕事は危険な所をわざわざ歩くような真似はしないし、護衛もこの辺りの治安は比較的良好だから、強盗の類が出るのはよほど街道から外れたような所を歩かないと遭遇はしない。

 山での植物の採集は、貴重な物は崖に生えていたりするので別の意味で危険ではある。

 それでもしっかり準備をしていれば、よほどの不運に見舞われない限りは死なない。

 

 本当に、対人戦は久しぶりだ。

 模擬戦さえ何年前にやっただろうか?

 体は記憶通りに動くだろうか?

 反応はきっちりできるか?

 一瞬で不安材料が心の中にもやもやと蠢いてくる。

 

 対して、宗一郎はどうであろうか。

 言うまでもなく、実戦経験は豊富だろう。

 ここ最近まで死力を尽くした戦いを何度も繰り返し、死闘の末に迷宮の主を倒したのだ。

 ずっと戦いの中に身を置いてきた冒険者と俺では、もはや歴然とした差があるに違いない。

 故の娘の言葉だった。


「大丈夫。もし危ないと判断したら私が止めるから」


 ノエルが微笑んだ。


「もっとも、二人とも手練れだから、私が介入する前に自発的に止めるだろうけどね」

「……村の中にちょっとした広場がある。そこでやろう」


 俺と宗一郎たちは村の広場に移動した。

 ちょっとした広場とは言ったが、ここは数百人を集められるくらいの広さはあった。

 ここでなら爆発を伴うエクスプロードや、雷撃を炸裂させるライトニングボルトと言った広範囲に及ぶ魔法を放っても村に影響はないだろう。

 俺と宗一郎は広場の中央に対峙し、宗一郎の後ろにアデーレとノエルが立っている。

 広場はもちろん雪かきなどは行われておらず、俺たちは膝まで雪に埋もれている。

 

 雪上での対人戦だ。

 

 一度、俺は口を大きく開き、背筋をそらして天を仰ぎながら叫んだ。

 

「HOU! HOU! HOOOOOOOOOOOOOOOOOU!!」


 戦いの前の鬨の声、ウォークライ。

 俺たちが決闘を行う際、戦う前に必ずこれをやる。

 如何に怖気づいていようとも、逃げ出したいと思っていても、これをやる事で瞬間的に体が熱を持ち始める。

 覚悟が決まるのだ。

 もはや、やるしかない。

 精神が瞬間的に昂り、思考が冴え始める。

 対峙する相手に集中し、他には何も目に入らなくなる。

 

 これは久しく味わっていなかった感覚だ。

 同時に懐かしいとも思う。

 サルヴィで冒険者をしていた時の、ヒリつくような緊張感。

 これだよ、これ。

 

 大振りの鉈剣を構え、左手に握った木製の大楯を前に突き出す。


「いつから始める?」


 言うと、宗一郎が返す。


「もう始まっている」


 宗一郎は腰の大小の刀ではなく、背負っていた野太刀の方を抜いた。

 野太刀を抜きはしたものの、宗一郎は特定の構えは取らない。

 自然体のままに刀を右手に持ち、こちらを見据えている。

 山から顔を出した朝日の陽光が刀に反射し、煌めきを見せる。


 やはり、強い。


 抱き合った時にも思ったが、間合いを取ってもなお肌に感じる。

 以前の張り詰めた糸のような雰囲気は、ともすれば危うい所もあった。

 油断しないではなく、一切油断できず気を抜けない、といった感じの空気は精神的に不安な部分があって生じたものだろう。

 その時はノエルがまだ亡骸のままで、生き返るのかもわからないといった状況であったと聞いたので、除きようのない不安が心の一部分に巣くっていたのだ。

 また後に手紙で知ったが、宗一郎にはもう一つの大いなる不安があった。

 それが鬼神と呼ばれる、彼の一族すべてに絡む存在だ。

 彼の祖先が鬼神を取り込んだが故に、血族すべてが鬼神の魂に囚われ、強さと引き換えにいつ鬼へと変貌するかもわからないといった不安に苛まれていた。


 自分がいつしか自分でない存在になる。

 そのような不安は、俺には全く計り知れない。


 宗一郎は仲間の協力もあって、その不安材料全てを片付けた。

 今では心穏やかであるのは言うまでもないだろう。

 死線を潜り抜け、不安のない今の宗一郎からは体から満ち溢れるオーラに余裕が感じられる。

 更に、自信や余裕から生じる雰囲気とは異なる「何か」が彼の体から生じている。

 何とも言葉にしようがないのだが、あえて言葉にするとすればそれは「神なる気配」であろう。

 神聖な雰囲気は教会に行けば感じられるが、あれこそ長い歴史と無数の人々の祈りが連綿となって紡がれた事でようやく生じるものだ。

 だが彼には、もっと神聖なる気配が色濃くその身から湧き出ているように思えてならない。

 その身に神を降ろしたことがあるのかと疑うくらいには。


「行くぞ!」


 膝まで積もる雪をかき分けながら、猛然と俺は向かっていった。


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