stage09
移動動物園の動物の中で、一番大きな生き物はシマウマのようだ。シマウマはなぜ縞々なのだろうか。ほか、ヤギやヒツジ、たぬき、モルモットなど。ふれあい広場には子ウサギやひよこなどがいて。
「触ってきてもいいですかね!」
「……触る前と後にちゃんと手を洗うんならいいんじゃないか」
とのことだったのでエメリナは嬉々として子ウサギを撫でに行った。クルスはなぜか、ひよこを掌に乗せられていた。職員に乗せられたらしい。ちょっとシュールだが、可愛い。
「ひよこも可愛いですねぇ」
「生き物の子供はだいたい可愛いな」
クルスの口からそんな言葉が出てきたことにビックリである。子ウサギは葉っぱをもぐもぐ食べていた。かわいい~。思わず顔がゆるむ。
「動物が好きなのか」
「そうですね。可愛い生き物は好きです。馬とかも好きですけど」
領地に帰った時などに馬で駆けまわっている、と言うとたいていの人にお転婆だと言われる。一つ一つの要素をあげていくと、よく言われるように母に似ているのかな、と思ったりする。
猫を飼おうかなと思ったこともあるが、父が猫アレルギーなのでやめた。父も猫は好きでいつも遠巻きに見ている。近づくとくしゃみが止まらないのだ。
「へえ。レジェス先生の意外な一面」
「私としては、クルス様がこういうところに連れてきてくれたことの方が意外です」
まじめすぎて、遊ぶことなどに興味がない人だと勝手に思っていた。まあ、エメリナに怪我をさせた、という引け目から彼女を連れてきたのだろうが、そう言う理由があれば自分も来るんだな、という。そう言う意外性。
「……いや、それは……お詫びもあるが、下心もあるというか……」
声が小さくなっていくクルス。彼の手の中で、心地よいのか、ひよこがうとうとしている。かわいい。
「……下心?」
またも彼とはあまりそぐわない単語を聞いたような気がして、エメリナが首をかしげる。エメリナはそれよりも気になることがあって口を開いた。
「私もひよこ触っていいですか」
「あ、ああ」
クルスがひよこを差し出してくる。エメリナは子ウサギを柵の中に戻すと、ふわふわの羽を人差し指でなでた。少し動いたが、ひよこが起きる気配はない。
クルスがそっとエメリナの手にひよこを乗せた。それでもひよこは起きない。エメリナは手を持ち上げてひよこを眺める。
「かわいい~」
「……」
何とも言えない表情でクルスがエメリナを眺めていた。お構いなしにエメリナはひよこを撫でる。
「お父様がいれば絵を描いてくれるんだけど」
「本物を飼えば……」
「すぐ大きくなるじゃないですか。鶏肉おいしいですよね」
クリーム煮が食べたいです、とエメリナ。ひよこを前にして鶏肉食べたい発言である。この辺りの神経の太さは父似だろうか。あまり手術などはしない彼だが、重傷者を治療した後に普通にミネストローネを食べていたりする。
「……もうしばらくしたら、昼食を取りに行こう。鶏肉のクリーム煮を出している店か……」
たぶん、貴族が行くような店には置いていないのではないだろうか。中層階級の資産家が行くような店に行くことになりそうだ。アルレオラ伯爵家でもたまにそう言う店には行く。伯爵家であることを考えれば不自然ではないが、母の宮廷内の地位を考えるとちょっと不思議ではある。
「それなら、目抜き通りから一本入った路地の『アルコ・イーリス』って店がいいですよ。デートにもピッタリです」
公園の管理人だろうか。男性がエメリナとクルスに話しかけた。エメリナの手の中で、目を覚ましたひよこがぴよぴよ鳴いている。
「……あー、私たちは」
ご丁寧に間違いを修正しようとしたのだろう。クルスが口を開いたが、その前にエメリナが微笑んで言った。
「『アルコ・イーリス』ですね。わかりました。ありがとうございます」
ぴよぴよ鳴いているひよこを持っているので格好はつかなかったが、管理人は満足したらしく、「恋人同士仲良くな」と言って戻っていった。たぶん、移動動物園に協力しているのだろう。
「……エメリナ嬢。勘違いされたままだぞ」
「だって説明するのが面倒じゃないですか。なんて説明するんですか。まあ、クルス様は私の恋人に間違われるのは腹立たしいかもしれませんけど」
そう。この二人きりでいるこの状況、恋人同士でもなければ説明がつかないのだ。その関係を否定するとしたら、なんと答えればいいのだろう。
「害がなければ受け流したほうが早いです」
「……確かに、そうかもしれないが」
それでもクルスは納得していない様子である。
「それに、私は別にあなたと、その、恋人同士に見られても腹立たしくはない」
「……それはよかったです」
何と答えればいいのかわからず、エメリナはそう返事をした。今、猛烈にツッコミ役が欲しい。この人まじめすぎるんですけど。
沈黙。エメリナも人生経験が少ないので、こういう時どうすればいいのかわからない。
「と、とりあえず、昼食にしないか?」
「……そうですね。おなかがすいてきましたし」
年上の意地か、何とかクルスがそんなセリフを絞り出した。エメリナもそれに話を合わせる。ひよこを柵の内側に戻した。結構堪能できた。
聞いたレストランは馬車に乗るほどではないので、歩いていくことにした。それに、馬車に乗るよりも歩いたほうが早い。
クルスは歩いていきましょう、と言ったエメリナを見て少し驚いたようだった。まあ、貴族のお嬢さんで自分から『歩いていきましょう』なんて言う人間なんてほとんどいない。
「ってあれ? お母様」
最近できた質屋の前で優雅に日傘を差した女性が立っていた。それは、良く見ると母だった。
「あら、エメリナ。そう言えば、お出かけの日だったね」
優雅に微笑み、母はクルスにも挨拶をしたが、めちゃくちゃ目立っているのでは?
「うん……ていうかお母様、何してるの?」
「仕事中」
そりゃあそうだろうけど、その状態で? 財務省長官である母の仕事は、たまに機密だったりするので深く突っ込まず、気になったことだけ尋ねた。
「なんで日傘差してるの……」
「これ持ってここにいてくれって言われたんだよね」
母……何をしたのだ。部下の人が大変である。
「確かに、アルレオラ長官が直接かかわるほどのことではないのでは?」
クルスが生真面目に言うが、母は肩をすくめて、「さて、どうだろうね?」などと言っている。
「クルス君、娘の相手、どうもありがとう」
唐突に母が言った。頭のいい人の中でどんな処理が行われてこの発言に至ったのか、さっぱりわからない……。
「い、いえ、娘さんを連れまわしてしまってすみません」
緊張気味にクルスが言う。エメリナに対するときと態度が違って、エメリナは思わず半眼になった。
「エメリナが行くと決めたのだからね。この子がいいなら、私もいいよ」
自主性に任せているというか、放任主義と言うか。ちなみに、母は放任の中で育ったのだそうだ。そう考えると母は子供の育て方がうまかった気がする。
「それより、二人とも、どこかに行くんじゃないの? 今の時間ならお昼かな」
二人して、あっ、という表情になった。そう、お昼を食べに行くのだ。
「うん、お母様、またお屋敷で!」
「すみません、失礼します!」
「気を付けるんだよ」
笑ってひらひら手を振る母に見送られ、エメリナとクルスは一緒にお昼を食べに行った。鳥のクリーム煮がとてもおいしかった。クルスには、本当に食べるのか、という顔をされたけれども。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エメリナの母は不思議な生き物。