stage10
社交シーズンなので当然であるが、貴族の端くれとして、たまにはエメリナも夜会に出なければならない。例えば、我が家が主催の夜会とか。
いつもは閉ざされているアルレオラ伯爵家のホールが開放されていた。きれいに飾られ、紳士淑女が談笑している。いつもと違う我が家の姿にエメリナはため息をついた。
「お前、一応ホスト側なんだからため息はつくなよ」
エスコート役の兄に突っ込まれて、エメリナは少しむくれる。父と母は招待客への挨拶で忙しいし、マルシアも婚約者のサントスと共に年の近い令嬢令息の相手をしている。少し離れたところにいるヘラルドとエメリナはただ見守っているだけの状態だ。
ただ見ているだけだった二人が母に呼ばれた。ヘラルドがエメリナをつかんで引きずるように両親の元へ連れて行った。
「母上、父上」
ヘラルドが呼びかけると、母がエメリナを前に押し出す。
「ああ、彼女が」
眼鏡を押し上げながらそう言ったのは、エメリナも知っている人。この国の宰相、ティト・デル・レイ侯爵だ。最近お世話になったクルスの父親でもある。生真面目そうなところがよく似ている……。
「末っ子のエメリナ。最近クルス君にお世話になっていてね。エメリナ、デル・レイ宰相だよ。挨拶」
母に言われてはっとした。エメリナはあわててスカートをつまんで挨拶する。
「初めまして。アルレオラ女伯爵フィロメナが第三子、エメリナと申します」
「ご丁寧にどうも。ティト・デル・レイです。母君にはお世話になっている」
握手を求められて、エメリナは恐る恐るその手を握った。
「あの……ご子息にはお世話になっています」
「いやいや。あの理屈屋を振りまわしてくれて感謝しているくらいだ」
と、宰相。その横で奥様も大きくうなずいていた。
「さすがはフィルの娘だな」
「……自覚はあるけれど、娘は私ほどではないと思うよ」
母は肩をすくめて娘を擁護しているのかよくわからないことを言った。
「お前、人を振りまわしている自覚があるのか」
「人間一人の能力には限界があるとわかったからね」
わからなかったら一人で全部やっちゃうタイプよね、とエメリナは現実逃避気味に母を分析した。
「まあ、エメリナ嬢。良ければこれからも息子と仲良くしてやってくれ」
「へ? はあ……」
エメリナはあいまいにうなずく。拒否するのも不自然であるし、エメリナにとっても嫌なことではない。
その場から解放され、エメリナはヘラルドと共に会場の隅に移動した。
「エメリナ!」
あまり夜会には似つかわしくない元気な声が聞こえた。ひらひらと手を振るのは従姉のベロニカである。今日もかわいい。
「今日はお招き下さり、ありがとうございます」
「おいでいただき、ありがとうございます」
一応招いた側と招かれた側と言うことで挨拶をする。ベロニカは挨拶だけはまじめにした後、エメリナの手を取った。
「エメリナ、一緒に人形劇を見に行きましょう」
「えーっと……」
エメリナは困ってヘラルドを見上げた。夜会を行うに当たり、母が出し物なども用意しており、その一つが人形劇である。
見たくないわけではないが、エメリナはこれでも主催者側である。遊んでいるようだがいいのだろうか……と戸惑ったわけである。
「いいんじゃないか。行って来い。けど、エメリナはホスト側なんだから羽目を外し過ぎるなよ。っていうか、お前たち仲がいいな……」
「わかった」
ベロニカを案内しているという呈で、と言うことだろう。まあ、兄も妹のお守から解放されたかったのかもしれないが……。妹が一緒だと、気になる人がいても声をかけづらい。兄の性格的に、自分がホストの夜会でそんなことをしないかもしれないが……。
人形劇は古い時代の王子様とお姫様のロマンスだった。最近のはやりものらしい。普通に面白かったのだが、母にしては珍しいチョイスだから、父かマルシアが選んだのだろうと思う。
エメリナよりもその人形劇を楽しんだのがベロニカである。彼女の母、つまりエメリナの叔母は恋愛小説家である。たまに母が出版前の原稿に校閲を入れているのを見るので、母もロマンス否定派ではないのだが、何より母は現実主義者なのだろうなぁと思う。
「これ、オペラにもなっているのよ。今度一緒に見に行きましょ」
「ふーん……うん、いいよ」
一人だと行かないだろうが、ベロニカと一緒なら見に行ってもいい。
それにしても、人形劇を見ている間にもベロニカに声をかける男性が多いこと。一応主催者側として、間違いが起こらないように見守っていたが、さすがに母が招待しただけあり、紳士淑女ばかりだ。今のところ秩序は守られている。
「……というか、ベロニカに恋人でもできたらこの状況が改善されるんじゃないかしら」
「たくさん声をかけられて、他のご令嬢に睨まれる日々がってこと? まあでも、私はもう少し一人でいたいかなー」
ベロニカがニコッと笑って言った。ベロニカのことは好きだし、一緒にいるのは楽しいが、やはり比べられるとつらいこともある。主催者が母とあって、今回はあからさまに言われることはなかったが、エメリナを見て鼻で笑う人の多いこと。せめて拳ひとつ分背が低ければよかったのに。
「ま、でもそろそろ考えちゃうわよね。エメリナは大学に行ってるからもうしばらくは、って感じだけど、私もお父様に心配されてるのわかるもん」
とベロニカ。叔母は何しろあの母の妹なので、わりと好きにしなさい、というタイプだが、叔父の方はちゃんと心配している。エメリナの母のように行き遅れるのではないかと。
まあ、母でも結婚しているし、ベロニカの美貌があればそう心配するほどでもないと思う。
そんなエメリナは、先日父方の伯母の勧めでお見合いなるものをしてみたのだが。
「自分より背の高い女性はちょっとって言われたんだよね」
「そいつ誰? 社会的に抹殺してくる」
ベロニカが真剣な表情で言った。ベロニカなら本当にできるかもしれないと思ってエメリナはその肩をつかむ。
「待って。私も自分より背の低い男は嫌だからいいの」
向こうも頼み込まれて来ただけみたいだったし。断られることが前提だった。
「そう? あ、でもエメリナ、恋人ができたんじゃないの? この前目抜き通りを男性と一緒に歩いてたって聞いたけど」
「それお兄様じゃないの?」
エメリナと兄はあまり似ていないので、間違われることがよくあるのだ。従兄のハビエルの可能性もあるが。
「うん……まあ、茶髪だったらしいけど……」
即座に否定されて、ベロニカはちょっと残念そうだ。ロマンス・オペラを見に行こう、と言うだけあり、彼女は人の恋愛沙汰が好きなのだ。本当に母親である叔母にそっくりである。
ずいぶん長くベロニカと話していたが、そろそろ他の招待客の様子を見に行こう。一度活動しはじめたら、とことんやるエメリナである。
「エ、エメリナ嬢」
遠慮がちに声がかかった。そちらを見たエメリナは反射的に頭を下げる。
「どうも……クルス様」
「……お招きいただき、ありがとうございます」
「おいでいただき、ありがとうございます」
先ほど彼の両親とは挨拶を交わしたが、本人とはまだだったので間違ってはいない。間違ってはいないが、ちょっと挙動不審だな、と思う。
「あ、母方のいとこで、ベロニカ・コンテスティです」
「ああ、法務卿の。クルス・デル・レイと申します。父上にはお世話になっています」
「こちらこそ、いつも父がお世話になっておりますわ」
ベロニカが微笑んでクルスにあいさつをする。美女に微笑まれているのに、クルスは平然としていた。エメリナに対しては挙動不審なのだが……。
「ところでクルス様、何かご用ですか? 何か不備でもありましたか?」
エメリナが尋ねると、クルスはいきなり口ごもった。しばらく待っていると、ようやっとクルスが口を開いた。
「……いや、挨拶をしていないことに気が付いて」
「あ、そうだったんですね。わざわざありがとうございます」
さすが真面目。感心するエメリナにもう一度挨拶をしてクルスは何となく肩を落として去っていく。その途中に某伯爵家に声をかけられており、さすがは宰相の息子、とちょっと感心した。
「ちょっとエメリナ!」
興奮した様子でベロニカがエメリナの腕をつかんで揺さぶった。
「明らかにあんたに用があったのよ、デル・レイ侯爵子息は!」
「え? 挨拶しに来たっていってたもんね」
「ちっがう! とにかく、侯爵子息を追いかけるの! 伯母様には私から話しておくから!」
背中を押されて、エメリナは首をかしげながらもクルスを追うことにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ちなみに、一緒に歩いていたのはお兄様ではない。




