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stage13










 珍しく、エメリナは母と二人だった。放任主義であるが請われると割と面倒見の良い母は、経済学を教えてほしいという末っ子の願いをかなえてくれた。

 そもそも母も修めたのは法学系の学問だった気がするが、財務省に行くことになった時点で経済学なども学んだらしい。部署異動するたびに勉強したらしいが、母は身分に見合わぬ異動を繰り返している。内務省から法務省、宰相府、財務省、外務省にもいたことがあるらしい。いずれ国王の側で働くための経験積みだったらしいが、ちょっと振り回され過ぎである。


 母は教えるのもうまかった。父曰く無自覚な天才である母だが、何となく天才は説明が下手というイメージがあった。しかし、本当に頭のいい人は教えるのもうまいのだなぁと思った。


「エメリナ、官僚になりたいの?」


 母に尋ねられ、エメリナは首をかしげた。


「そこまでは考えてないけど……でも、いざとなったら領地の管理もできる方がいいなって思って」


 今はアルレオラ伯爵家の領地の管理は、父と母が共同で行っている。もし、エメリナの行先が決まらなければ、領地に引っ込み当主の代わりに経営管理を行うのもいいかもしれない、と思ったわけだ。

 母は微妙な表情になり、そうなったら確かにありがたいけど、とつぶやく。

 財務長官である母は気軽に王都を離れられない。次の当主(予定)であるヘラルドも近衛騎士であるゆえに領地へ戻ることはないだろう。代わりに領地を管理してくれるのであれば、母の言うように確かにありがたいのだろう。

 エメリナも王都での暮らしは嫌いではないが、別に田舎の領地に帰ったからと言って不便もしないだろうな、と思っている。


「……私も割と自分の好きなように生きて来たから、あなたに何も言えないんだけど……」


 よしよし、と母はエメリナの頭を撫でた。もう十八歳の彼女だが、母にとってはまだまだ子供なのだろう。母がエメリナの年のころには、彼女は既に当時の伯爵であった父親(つまりエメリナの祖父)に代わって当主の仕事をしていたという。

 好きなように生きてきたと、母は言った。しかしそれは限られた選択肢の中での話であって、本当に好きなように生きて来たわけではないと思う。

 母は父と出会わなければ、結婚しなかっただろうと言った。そうなれば後継ぎの問題になるが、母は兄弟、というか姉妹が多いので、そこはどうにでもなったと思う。

 つまり、母は結婚が女の幸せ、という貴族の古い考えを真っ向から否定したわけで、だからこそ、エメリナに強く言えないのだろう。

「お母様が私にたくさんの選択肢があるって言ったのよ」

「……うん、そうね。そうなんだけど……」

「お見合いは断ってって言ったじゃん」

 母は意外と押しに弱いので、夫の義理の姉の提案を断れずに、何度かお見合いを持ってきたことがある。これでもだいぶ断っているそうなので、伯母は押しが強過ぎである。


「どうにもならなかったらレジェスに間に入ってもらってるから、それはないけど」


 ないんだ。穏やかそうに見せて、父ははっきりきっぱり断るタイプだ。ちなみにマルシアもこのタイプ。


「……うん。まあ、好きにしなさい」


 突き放したともとれる言葉を母は言ったが、要するに無理やり嫁がせたりしないから、自由にしなさい、と言うことだ。エメリナは母のこういうところが好きだ。

「私、お母様のそうやって否定しないところが好き」

「はいはい。ありがとう。私もエメリナのことが好きだよ」

 父ではないが、やっぱり母は颯爽としていて格好いいと思う。もう五十近いけど。生まれる性別を間違えているというか、男だったら好きになっているかもしれない。

 長身のエメリナも、この路線を目指せばよかったのだろうか、とも思うが、この颯爽とした感じは母の美貌と性格があって成り立っていると思われるので、エメリナにはやはり駄目だなぁと思った。
















 もともと読書が好きなエメリナだが、母から経済学や政治学を学ぶようになって実用書もよく読むようになった。と言うわけで、今日は姉のマルシアと一緒に王宮図書館に来ていた。書庫とは違い、開放されている場所なので、王都住民なども本を読みに来る。貸し出しもしているとのこと。

 アルレオラ伯爵家は、中級の貴族家にしては蔵書の多い家だ。母が読む政治や経済、歴史の本。父が読む医学書や薬学書。これらの本をエメリナやマルシアが読むことも多い。ヘラルドが読んでいるかはわからない。

 王宮図書館には、アルレオラ伯爵家にもない本がいろいろとある。国内で発刊された書物類はすべてこの図書館に集まってくるのだ、と母が言っていただけあり、それこそ実用書だけではなく児童書や恋愛小説まで幅広い。


 マルシアと一緒に選んできた本を読みながら、エメリナはわからない単語を書き出し、辞書で調べる。それでもわからなければ、あとで母に聞く。結局、母に聞くのが一番わかりやすい。

 姉妹そろって一日図書館に引きこもるつもりのマルシアとエメリナは、昼過ぎにおなかすいたね、と一度図書館を出ることにした。フットワークの軽い父と母の元に育った二人なので、外に出ている屋台などで食事をとることにも抵抗がない。だが、さすがに外聞と言うものがあるので王宮内の食堂で食事をとることにした。


「お嬢さんたち、良かったら俺たちと一緒に食べない?」


 比較的温和なナンパに遭遇した。誘いたくなるくらいには、マルシアは美人である。一般にも開放されている食堂だが、官僚や騎士も食べに来ることが多い食堂とのこと。料理の種類が多いのだ。

 なので宮廷勤めの中でも女性が食べに来ることが多い食堂と父も母も言っていたが、今声をかけてきたのは騎士……ではなく、この制服は軍人だ。近衛騎士ヘラルドと国軍所属ハビエルによると、軍は近衛に比べて柄が悪い連中が多いらしい。

 そんな軍の詰所はこの食堂から遠いのであまり頻繁に来る軍人はいないが、ナンパ目的に来る軍人はいるらしい……。

「待て待てやめとけ! あの二人、レジェス先生の娘さんだぞ」

「!? マジで!?」

 女伯爵カンタレスアルレオラの娘だとはよく言われるが、その言われ方は初めてだ……。

「金髪の子、好みなんだけどな……」

 ぼそっとつぶやかれた言葉が聞こえた。エメリナは茶髪なので、母譲りの金髪碧眼のマルシアのことだろう。まあ、エメリナでも二人並んでいたらマルシアを選ぶし、ナンパ男の言うことなんて気にすることはないのだが。なんと言うか、現実を再確認させられた感じで、やっぱり田舎(領地)に引きこもるしかないかな、なんて思ったりする。


「気にすることないわよ。人を外見だけで判断するものではないわ。私もお母様に似て美人って言われるけど、みんな知らずに言ってるのよ? 私が蓋を開けてみれば性格が悪いって知らずにね」

「お姉様は別に性格悪くはないでしょ。ちょっと腹の底は読めないけど」

「あら、優しいわね」


 と言いながらマルシアはエメリナの額を指ではじいた。少なくとも、性格が悪いだけではサントスのような素敵な恋人はできないだろう。

 昼食を食べ終えてからも図書館でひたすら本を読む姉妹。しかも実用書。かなり変な目で見られていたと思う。閉館時間まで居座った二人だが、ついに兄が迎えに来た。

「おーい、帰るぞー」

「あらお兄様」

 マルシアが兄の顔を見て平然と言った。エメリナも時間を確認し、「貸出手続きしてくるね!」とてきぱきと動く。

「本当は母上が迎えに来るとか言ってたけど、熱でふらふらしてたから父上が連れて帰った」

「お母様……」

「今からでも遅くないから、もう少し太った方がいいんじゃないかしら」

 エメリナは単純にまたか、と思っただけだが、マルシアは的確に指摘した。それは母が父から何度も言われている事らしいが、体質のせいか母は全く太らない。うらやましい。いや、エメリナもあまり太らない方ではあるけど。マルシアが指摘するように、母が微妙に体が弱いのは、細すぎるせいもあるだろう。

 と言うわけで兄妹三人で仲良く帰ることにした。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


いや、本当にエメリナの母は不思議な生き物。


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