異次元の従者
少年は敗北を知らなかった。
少年にとって戦いとは、ただ相手を痛め付け、自分が楽しむものだった。
魔界はその殆どを悪魔が支配しているが、その支配が及ばない場所もある。
そこは、悪魔ですら手の出せないような化け物がひしめいているのだ。
戦いを好む彼は、そこに入ってみた。
……次元が違った。
どうしようもなかった。
ただ、死があった。
彼は初めて、恐怖を知った。彼は恐怖で動けなかった。
だが、そんな彼を、救った者がいた。
静かな美貌と、えもいえぬ色気をもった、全体的に色彩のない少女だった。
吊り橋効果か、一目惚れか、定かではないが、彼が彼女に好意をもったことだけは確かだった。
◇◇
場の支配者が代わった。
アングレンと金髪の少年が絶対的に支配していた空間が、一瞬にしてエアの空間になった。
ただその場を支配しただけでなく、場そのものを変えた。
「なんだよ、それ」
滅茶苦茶な方法で場の支配権をとられたアングレンは、エアを睨み付ける。
エアはアングレンなど気にとめていないようで、アリアを優しく見守っている。
この上なく屈辱だった。
「……エア?」
ユキは呆然としている。
化け物二人に殺されそうになり、アリアに助けられた。
ここまでは理解出来ている。
だが、ここからが分からない。
いつの間にかエアがいた。
エアが指を鳴らすと、世界が変わった。
(………は?)
『幻想』のルーンをもつユキには、これが幻覚でないことが分かる。
だからこそ、何が起きているのか分からない。
「【ブレイブソード】!」
アングレンの手中に、純白の剣が現れる。
【ブレイブソード】の平均レベルが3なのに対し、アングレンの【ブレイブソード】のレベルは39。
異常なレベルである。
もう少しで、剣聖ジャンヌに匹敵する。
これも『暴食』の能力で、食べた人のスキルが既に持っているスキルであった場合、その分の経験値がそのスキルに入ってくる仕組みだ。なので、異常なスピードでスキルのレベルが上がっていく。
【鬼核武装】の腕力で【ブレイブソード】が振るわれる。
対象は最も近くにいるアリア。
こんなもの、避ける以外の選択肢はない。
防御など不可能。
その筈だった。
が、
「【プロテクション】」
顕現した青い円陣に、いとも容易く防がれた。
ぱりんという音と共に砕け散ったのは、【ブレイブソード】の方。
「なっ……!」
有り得ない事態だった。
こんなこと、あってはならない。
この攻撃は、人類の誇る、ほぼ最高の攻撃力をもっていた。
たとえ相手が武装系のスキルを使用していたとしても、それすら突破していたはずの攻撃だ。
そんなものを防がれては、人類が持ちうるあらゆる攻撃が無意味になってしまう。
(ああ、雑魚ですね)
アリアは拍子抜けしていた。
得体の知れない少年と一緒にいるものだから、得体の知れない力を使ってくるものだと思っていたが、使ってきたのは既知のものだけだ。
しかも弱い。
アングレンの【ブレイブソード】のレベルが39なのに対し、アリアの【プロテクション】のレベルは100。
このレベル差で破られる道理はない。
問題なのは、金髪の少年の方だ。
あの少年は、とにかく得体が知れない。
「その少年のことは気にしなくていいよ。僕が見ておくから」
エアの声。
もう金髪の少年のことなど忘れた。
目の前の雑魚に集中する。
「ちっ、【鬼核武装】の握力に【ブレイブソード】が耐えきれなかったか」
アングレンは都合のいい解釈をした。
冗談のような真実をそのまま受け止められる器があれば、もしかしたら、結果は違ったかもしれない……はずもなく。
「【竜核武装】コード:ダークドラゴン」
ランクAに近いBだろうがAだろうがSだろうが関係なく、等しく塵芥。
ランクSSS、ダークドラゴン。
人類はその存在を知らない。
ましてや、そんなものを倒した者がいることなど。
エアの創造した空間を、闇が満たしていく。
何も見えない。聞こえない。感じない。
思考すら出来ず、自我など存在しない。
闇が晴れると、自分が自分であることを思い出す。(最初からエアとアリアを除く)
「………え?」
「ここは……」
そうして辺りを見回し、やっと状況を思い出す。といっても、ここはどこなのかは分からないが。
そして、その存在に戦慄する。
背中に10メートルを越える漆黒の翼を広げ、瞳からは紫色のもやもやとした光が立ち上っている。
そしてその全身を覆うように渦巻く闇。
見た目よりも、対峙している時に感じる内包した力が桁違いだった。
それは決して生物という枠に入るものではない。
まるまる一つの世界に対峙しているかのよう。
「……ははは」
圧倒的すぎた。
もう恐怖すら感じない。
笑うしかなかった。
「はははは!」
アングレンは特攻を仕掛けた。
常人には視認すら難しい速度(アリアにとってはナメクジ程度)で走る。
「待つんだアングレン!」
「邪魔はしないでくれるかな」
止めようとした金髪の少年の目の前に、エアが現れる。
「どけ!あれはゲームに必要なんだ!」
金髪の少年から、赤いオーラの奔流が放たれる。
地上で使えば間違いなくクレーターの出来上がるほどの威力があるが、エアの周りを渦巻く黄金のオーラに阻まれる。
「………その黄金……まさか、『傲慢』」
「その通り」
「うふふ。そうよ」
エアの横に、色彩の極端に少ない少女が現れる。
「ツ……ツキヨ!?」
「なぜ私を知っているのかしら?」
紛れもなく、彼の恋い焦がれる相手だった。
だが、ツキヨは少年のことなど覚えていない。
「うふふ。いつでも殺せるのに、あえていたぶっているのね。素敵よ」
少年はエアに殺意を覚えていた。
何故なら、やっと会えた初恋の相手が、目の前で他の男にしなだれかかっているのだ。それも、頬を染めて、首に手を回し、唇の触れそうな距離で。まるでいちゃつく恋人だ。
「【ドラゴンブレス】」
突如、辺りを闇が支配した。
空間をも蝕むようなその闇は、放射状に広がっていき、巨大な漆黒の空間を作る。
「アリア?」
【ドラゴンブレス】を回避したエアは困惑していた。
あの軌道上には自分もいた。
アリアならば、金髪の少年だけに当たるように出来たはずだ。
それに、金髪の少年は気にするなと言っておいた。
今の【ドラゴンブレス】の意図はなんだ。
「うふふ」
その首にはツキヨの腕が回っており、エアは両手でその体を持っている。
所謂、お姫様抱っこだ。
ツキヨはうっとりと頬を染めてエアを見上げている。
ツキヨと目を合わせることなく前を向いているエアの視線の先には、
「……エア、様。そ、の女は……誰、ですか?」
漆黒の翼を広げ、渦巻く闇の中で、一人の少女が、感情の抜け落ちたような瞳をまん丸に見開き、首を傾げていた。
その瞳からは相変わらず紫色の光がもやもやと立ち上っており、不気味さに拍車をかけている。
ちなみに闇雲に攻撃してきているが全くダメージを与えられない小蝿など、無視。
「も、う一度、問います。そ、の女は、誰で、すか?」
どうやら戦いの構図が変わってきたようだ。