第30話 正気
ご無沙汰しております。Soninと申します。気づけばもう2018年。早いですねー。
いやほんと申しわけねっす。ちょいと楽しみが増えてしまい後回しに……。ただ何度も言っておりますが、凍結はないので、そこだけはご安心を。
前回までのあらすじ。
・公国「勇者たちの洗脳解かなきゃー」
・王国「公国つぶさなきゃー」
・潜伏する王国軍
・深影ミッケ! 行きまーす!
読み直さないとわからないかもしれませんがご勘弁を。ではどうぞ。
Side:Isato
公国側の罠から、無事脱出を成功させた俺たちは、一度街から離れた森林に移っていた。勝つために、少し休むだけだ。戦略的撤退。逃げたわけじゃない。準備が整えば、すぐさま攻勢に出る。
しかし、たった今、新たな問題が発生した。
「やあ、勇人クン。探したよ」
「深影……」
陰から出てきたのは、久しぶりになるクラスメイト、天霧深影だった。かなり前に文野さんと王城を出ていったはずだけど、なぜここに……?
いや、理由なんかはどうでもいい。それよりも。
「ひさしぶり、だな。君も無事みたいでよかったよ。そうだ、文野さんはどうしたんだ? 彼女は一緒じゃないのか?」
「ああ、まあちょっといろいろあってね。大丈夫、安全なところにいるから心配はしなくてもいいと思うよ」
……重要なのは、深影が味方かどうか、その一点だ。俺だけじゃなく、ここにいる全員が密かに警戒態勢に入る。この場所に現れるというのは、いくらなんでも怪しすぎる。でも彼がそんな見え透いた嘘を吐くだろうか。あの深影が? ……ダメだ、考えたところでわからない。どうする……
「そうか、ならよかった。文野さんを巻き込むわけにはいかないからな。前線に立てるタイプでもないだろうし。
そういえば、深影はなんでここに? というか状況は知っているのか?」
「状況っていうと、勇人クンたちが王国側として戦争に参加しているっていうやつかな。もちろん知ってるよ。当事者である二国じゃ、どこの街に行ってもその話題で持ち切りさ。ボクがここに来たのもそれを聞いたからだよ。身勝手にも城から飛び出したとはいえ、一応勇者ってことになってるからね」
「ってことは、俺たちを……」
「うん、助けに来たつもりだったんだけどね。さすがは勇者、ボクの助けなんて無くても自力でなんとかできちゃったか」
……いや、正直あそこで終わってもおかしくなかった。特に大きな損害もなく退避できたのが不思議なくらいだ。
深影の言は、信用してもいいかと思えた。いや、こいつが本当のことを言ってるかどうかはわからないままだし、嘘をついている可能性は十二分にあり得る。だけど、天霧深影という人間が、明確な悪意をもって俺たちを害するという図が、俺には想像できない。甘ちゃんと言われるかもしれないけど、もし深影にそういう意思があったのだとしたら、それは俺がうまくやれなかった、それだけのことだ。
「いや深影、そんなこと言わないでくれ。せっかく駆けつけてくれたんだ。ここから、一緒に戦ってくれないか? なあ、みんなもそう思うだろ?」
振り返れば、緊張と沈黙に包まれていた王国軍も、そう言葉をかけると気を緩め、頷きで返してくれた。反対を唱える人はいなそうかな。
深影の方に向き直ると、珍しく驚きを表情に出していた。それがおかしくて、思わず笑いそうになるのをこらえる。
「……なんで笑ってるのかな、勇人クン?」
「いや、ごめん、深影の素の表情が新鮮すぎて、ちょっとツボった。……ははっ」
「そりゃ驚くよ。こんな怪しい人間を簡単に信じられたらね」
「怪しくない」
「ん?」
深影、君は本気でそんなことを言ってるのか? 簡単なことだろう。君は――
「天霧深影。俺たちのクラスメイトで、仲間だろ?」
少なくとも俺は、そう思ってるよ。
「……そうかい。ま、後悔しないといいね。
じゃあ図々しく、こっちからも一つ聞いていいかな」
「何かな?」
「君たちが信頼できるって証拠は、あるのかな」
今日は、深影の新しい顔を見てばかりだな。いつもヘラヘラ笑みを浮かべているあの深影が、あんなに真剣な顔をするなんて。この世界こっちに来て、こいつも何か変わったんだろうか。
「おいミカゲ、さっきから聞いていれば失礼にも程がある! まさか我々を疑っているのではあるまいな。公国の肩を持つ気か!」
その発言に、王国軍の方々はささくれ立っている。特にバルダさんは鬼のような形相だ。元の顔が怖いだけに、憤怒の感情を顕にした姿は、見てる人すべてを萎縮させてしまう。深影も、あれを目の前にしてよく平静を保っていられる。それがお得意のポーカーフェイスなのかは、俺にはわからないけど。
深影の発言が気に障ったのは兵士だけではないようで、勇者の中にも眉をひそめているのが見える。
「やめてくださいバルダさん。あいつは間違ってない。それに、こっちだけが一方的に疑う方が不誠実です。そうでしょう?」
俺たちが守られながら戦闘訓練を行っていた間、彼らはその目で外の世界を見て、危険と隣合わせの冒険をしてきたのだ。きっとその経験は、深影の疑り深さにより磨きをかけた。
何より、仲間同士が争うなんて、何の意味もない。早く誤解を解いて、一緒に戦うんだ。
「ごめん深影、みんな今余裕がないから気が立ってるんだ。怒ったりしないでほしい。
それで、俺たちはどうすればいい。君に信じてもらえるには」
「怒ってなんかないよ。ボクの方こそごめんね、言い方が良くなかった。
で、どうすればってことだけど別に大したことをしてもらうつもりはないよ。勇人クン、確か光魔法使えたよね?」
「[光属性魔法]かな。使えるけど」
「そうそれ。でさ、“浄化”を自分にかけてくれないかな?」
「自分っていうのは深影にじゃなくて……」
「もちろん君にだよ。ハハッ、疑いを晴らすのになんでボクなのさ」
「だよな。え、それだけでいいのか?」
拍子抜けしていると、深影はさり気なく近くに寄って、みんなに聞こえないように、耳元で囁いた。
「別に、こんなのに意味があるなんて思ってないよ。けどさ、ボクが何も疑わずに戻ってくる方が異常じゃない? ボクをそんな素直なやつだと思ってるおバカさんは、いたとしても一人くらいだろうね。ま、形だけだよ」
ようやく得心がいった。ほら、やっぱり深影だって俺らの仲間なんだ! 口元が思わず緩みそうになるけど、ここは我慢だ。ここを越えれば戻れるんだ。クラスメイト同士で敵対することなんてない、あの頃に。……一人、もう戻ってこないけど、そんなことを二度と繰り返さないために行動しなきゃならないんだ。
一方的にそう言うと、それ以上の言葉は不要だとでも言うように、深影はまた離れた。
「……わかった。その条件にしたがおう」
できるだけ神妙な顔で、俺は答えた。大丈夫だろうか。一応みんなを背中にして話してるから、表情を見られることはないはずだけど。
王国軍の、特にバルダさんなんかはまだムスッとした顔をしているのだろう。頑固なあの人のことだ。けどそれ以上に真面目で、筋の曲がったことが大嫌いだから、何も言わないでくれる。バルダさん、安心してください。深影は、胡散臭いし、気まぐれだし、口を開けば嘘が飛び出すようなやつだけど。信用していいやつですよ。俺たちにとって、悪いことにはなりませんから。
「うん、じゃあよろしく」
「ああ。そこで見てろよ、深影。“浄化”!」
そう言って放った魔法は、あたたかい光となって俺を包み込む。“浄化”の効果は精神汚染の解除だけど、俺は別になんともないから何も起こるわけもなく……。何も……何も……。
……?
なんだ、これは。
「やあ、勇人クン。気分はどうだい?」
「深影……」
目の前の相変わらず胡散臭いクラスメイトは、何か言いたげにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。対する俺は、ばつの悪さに思わず苦笑いを浮かべる。寝不足が続く中久しぶりに十分な睡眠を取った日みたいに、頭の中はスッキリしていた。
「ああ、最悪の気分だよ」
そう、端的に答える。深影はそれを知っていたかのように。
「アッハッハ! それはよかった」
このやり取りも、俺たちにしかわからない。もっとも、みんなにわかられても困るけど。深影は言葉通り、確かに悪いようにはしなかった。……おっと、こんなことを考えてる場合じゃない。
「バルダさん!」
まずはこの人から。
「どうした。アマキリとは何を話していたんだ。結局どうなった」
「とりあえずすみません。“浄化”!」
さっきの俺と同じように、光に包まれるバルダさん。はやく、みんなに抵抗される前に解かなきゃ……!
「……そういうことか」
バルダさんも似たような反応だ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまなかったな、ユート。ミカゲも、手間をかけた」
「いえ、俺も同じです。深影が来てくれなきゃどうなってたことか」
「とんでもないですよ。助け合いの精神ってやつです」
だから、そういうセリフが怪しさを増してるんだよ。けど、こいつの行動は言葉と一致しているだけに何も言えないッ……!
「よし、話はあとだ。ユート、お前の魔力はどれくらい残っている?」
「さすがにこの人数に一人一人かけるのは無理です。さっきの戦闘でも使ってしまいましたし」
本当に無駄な使い方をしてしまった。思えば、俺たちが軽傷者しか出していないのは、向こうにその気がなかったからか。あれだけ大がかりな罠まで張ったのに、いとも簡単に脱出できたし。でも、この精密に考えられた感じ。……いや、まさかな。
「よし、ではまずは勇者を優先して解除していく。他は余裕ができてからでいいだろう。異論は?」
「いいと思いますよ。それに、ここにいる全員が洗脳済なのかもわからないですし。必要なところからやっていきましょう」
よし。俺は頷いて了解の意を示す。
バルダさんが大きく息を吸った。すうっ。
「総員、聞けい! ミカゲを信用に足る人物と認め、これよりミカゲも同行する! 異論は認めん! よいな!」
『ハッッ!!!』
「引き続きこの場で休息に努めよ! ただし勇者たちは話すべきことがあるのでこちらへ集まるように! 以上!」
バルダさんの声はよく響くとか通るとかじゃなく、単純にバカでかい。こんな森の中でも拡声器なしに全員に伝達できるほとだ。これでスキルじゃないんだからおそれいる。ぼそぼそ話すなんかよりは全然いいんだろうけど、目の前でそれを聞いてしまった俺たちは。
「ああ……鼓膜が…」
「あー。あー。……ダメだね、自分の声もろくに聞こえない」
仲間たちがこちらへ駆け寄ってくる。中には笑顔で喋りかけてくれるやつもいたけど、読唇術も使えない俺には、しばらく待ってくれとしか言えなかった。
◇◆◇
「いやー、深影が出てきたときには驚いたぜ。なんでこんなところにいるんだってな。それがまさか俺ら全員を救ってくれるなんて思わなかったけどな!」
「それな。マジで感謝しかないわ。深影、ありがとう」
「いやいや、もういいって。何回言えば気が済むのさ」
夕暮れ時、勇者だけのテントの中で、響き渡る笑い声。幸いと言っていいのか、ここは人気のない森の奥。騒ぎ声を咎める者はいなかった。
あの後、ここにいる33名の解除を終わらせて、深影はヒーローになった。勇者は全員洗脳が施されていたようで、正気に戻ったらみんなばつの悪い顔をしていた。自分たちのやったことを忘れたわけじゃないから当然みんな口数は減ってお通夜みたいになっていたけど、バルダさんの計らいで俺たちだけにしてくれてからはみんな落ち着いたみたいだった。
もちろん深影にはみんな感謝を伝えていたけど、まっすぐな感情を向けられるのに慣れていないのか、深影はそれを流そうとする。善いことをした当然の報いだ。ざまあみろ。……疑いの目を向けられていた仲間が迎えられているのをみると、こっちまであたたかくなってくる。
「何回でも言わせてくれよ。本当に深影がいなかったらどうなってたか……」
「勇人クンまでやめてよ……」
嘘や演技じゃなく、なんだか本当に疲れているような顔をしている。称賛されるのが苦手なのか。ようやく深影の弱点らしい弱点知ったな。なんだか今なら何が起きても大丈夫な、そんな感じがする。ようやく、みんなで一緒に戦えるんだ……!
「それよりも、他に話すべきことがあるんじゃないの。ねえバルダサン?」
「ああ、そうだな。再会を喜ぶのもそのくらいにしておけ」
テントの入口を見れば、今来たのであろうバルダさんが立っていた。鎧も脱ぎ、完全に休憩モードのはずなのに、存在感はまったく薄くならない。深影とは大違いだ。
「感謝の言葉は後でいくらでも聞くからさ、今は未来のことでしょ。こっからどう動くのかを決めていかないと。あと勇人クンはあとで表出ろ」
「だからなんで分かるんだよ……」
妖怪か。
そんなバカをしている間にみんなバルダさんの元へ集まってきた。ここからは、真面目な話になりそうだ。
「ミカゲの言う通りだ。我々は洗脳されていて公国に攻め込んだが、公国は同じ敵を持つ言わば協力相手だ。まずは彼らへの謝罪、そして協力を得なければなるまい。
ミカゲ、一つ聞きたいのだが」
「はい? 何ですか?」
「お前がここに来たのは偶然ではないな? その経緯や背後にいる人物を教えてくれないか。これから我々はそちらに協力する。信頼できないかもしれないが……」
バルダさんは確信を持ってそう尋ねたのだが。
「いえ、ボクらがここに来たのはたまたまですよ。たまたま。偶然。運命のいたずら」
「なんだと……? ならお前はなぜこんなところにいた!?」
「嘘だけど☆」
「………」
ブチッと、何かが切れるような音がした気がしたけど、気のせいだったようだ。お前は真面目な空気を保つことができないのか。
「ま、おそらくバルダサンが考えてる通りですよ。ボクは公国の支援を受けてあなた方を止めに来ました。勇者と正面衝突をした時点でボクらの敗北が確定しますからね。
ちなみにボクらがここにたどり着いたのは本当に偶然ですよ」
公国側から逃げてきたと言っていたから、そんな気はしていた。そこにはたいして驚くことはなかったが、一つ引っかかる。
その問いを投げかけたのはバルダさんだ。
「待て深影。今お前は僕らと言ったな。まだ仲間が近くにいるのか」
「さすが団長サンは違うなぁ〜! そこに気づくとは!」
ヨイショしてたら早く進めろと睨まれ、首を竦める深影。はいはいおとなしく従いますよ、とでも言いそうだ。
「はいはい、おとなしく従いますとも。
一緒にいますよ、文野サンがね。日も暮れそうだしさすがにもうヴィンデミアに戻ってるんじゃないかと思います。
というわけで提案なんですけど、公国の人たちと合流しませんか? 全員ってわけにもいかないとは思いますけど、ここで話してるよりは事態は進んでくれるんじゃないですかね」
「ふむ……そうだな」
マジで言ったよこいつ。いいけどさぁ……
思案に耽るバルダさん。この提案を断ることはないだろう。その理由はない、と思う。
「団長、事態は一刻を争います。すぐにでも向かってください。王国を守ることこそ騎士団の使命ではありませんか。
私たちであれば、団長がいなくとも問題ありません。すぐに追いつきます」
そう言ったのは副団長。がたいの良いバルダさんとは違い細身で優美な騎士だ。戦い方も全然違っていておもしろいんだけど、それは置いておく。
バルダさんもその言葉で決心がついたようで、
「わかった。では私は勇者たちを連れてヴィンデミアへ向かい、その後おそらく王都へ戻る。これより王国騎士団の全指揮権を貴公に託す。すまないが、あとは任せる」
「お任せください。団長こそ、ご無事で」
「誰に物を言っている」
優雅にお辞儀する副団長に落ちるゲンコツ。それでも笑みを絶やさないあの姿は尊敬すべきだろうか。
「じゃあ、行きましょうか。みんなも、早く準備してよ。雇い人を待たせちゃ、ボクがクビにされるかもわからないからね」
Spell
・"浄化"
対象の精神的な状態異常を治す中級呪文。




