第16話 理想に縋るシンデレラ
およそ1ヶ月ぶりでございます。お久しぶりです。
ここしばらくは花粉と眠気と戦っておりました。あいつらをどうにかして抹殺したい……
Side:Tsukiyo
先程のユリア(さんつけるのダルくなった)の謎要求の対価として、「鑑定を行われたことを他言しない」、「俺との戦闘は非公式のものとして扱い、記録は取らず、観客もいてはならない」という2つの条件を取り付けることに成功した。前者は言わずもがな、予定通りのもので、後者は『もう1つくらいは聞いてやる』と言われたので、付け足してみた。どうせなら徹底して規制した方がいいだろう。
そして連れて来られたのが、例の訓練場。まさか初日からお世話になるとは……。無意味とかほざいてマジすいませんっした! 許してください何でもしますから!(ん?今何でもするって(ry
脳内茶番をしながら軽く体を馴らしていると、ユリアに声をかけられた。
「それにしても、良かったのか? あんな条件を付けたということは、自身の情報は少しでも隠したいのだろう? 私がとの戦闘の内容を誰かに漏らすとは思わないのか?」
いや、実質的な選択肢なんてなかったからね? ……とは言えないんだよな。どうすっかな……
「……条件を無視されるんだったら、それまでのことだ」
「なんだ、随分とあっさりしているんだな?」
「ま、そっちが信用できない相手だと分かったんなら、手を切るだけだよ。国に最も求められるものと言って過言ではないのが信用だ。その信用を自ら貶める国はこっちから願い下げだ。そんな国に未来はそうない。協力するっていうのに足を引っ張られちゃ、こっちはたまったもんじゃない。
加えて言うなら、相手に信用されたいって言ってるのに、こっちが信用しないっていうのはおかしいだろ?」
ユリアは目をパチクリさせている。マジレスしてすまんの。それとも、少し分かり難かっただろうか……?
「貴公は……面白い考えをするのだな。そんな返しをしてくるとは思わなんだ。
あぁ、条件に関しては安心してくれ。あんなことを言ったが、約束を違えるようなことは決してしないと誓おう、騎士として。私も、貴公のことは信用したいからな。」
そう言って微笑むユリア。屈託のない、綺麗な笑顔だ。お転婆な娘かと思っていたけど、こういう一面見るとお淑やかなのかな~とか思っちゃうよね。まあ現在手に持っているのはごつい武具なわけなんだが。
「では、準備は整ったな。ルールは先ほど伝えた通りだ。よろしく頼む」
「こちらこそ、胸をお借りしますよ」
ユリアのスキル構成、装備からして防御特化か、防御してからのカウンターを狙うスタイルだろう。完全に俺はそう思っていた。思い込んでいた、と言った方が正しいかもしれない。
結果から言えば、俺は後手に回るような状況に陥ってしまった。
「行くぞ!!」
まっすぐに突進し、長剣による突きを放ってくる。もちろん刃は潰してあるから、大きなケガをすることはない。と言っても痛いものは痛いのだが。
俺は同じ安物の剣で軌道を反らすが、ユリアの攻撃は止まらない。視界の端から大きめの盾が勢い良く迫ってくる。しゃがんで躱すと再び剣が、盾が、そして剣が。息をつく間もなく連接された乱舞。一朝一夕で身につけたものではないことが伺える。これはまさか……茅場の神○剣!?
しかし意外なことに、高いステータスのお陰かは知らんが、俺は途中から落ち着いて対処できるようになっていた。反撃の回数も少しずつだが増えてきている。戦闘経験には天と地ほど開きがあるはずなのだが……俺も成長できているということなのかね。
余裕ができたところで、一旦距離を取る。
「おいおい、なんだよその戦い方は?! 二刀流の真似事か?」
「ハッハッハッ!!驚いただろう!攻めを重視すれば守りが疎かになる。その逆も然り。私なりに考えたのだ。なれば、守りながら攻めればよいとな!!
ただ、これをことごとく防ぐお前もかなりやるようだな! 初見で対応できるものはなかなかいなかったのだが、な!」
なるほど……剣と盾の連続攻撃。確かに合理的だ。大きな武器や盾と戦うときは、大振りの動きを誘発し、それを避けて攻撃を撃ち込むのがセオリーだ。あの戦い方は、最大の弱点をうまくカバーできている。盾は守るためもの、という常識を打ち砕く発想力も良い。
そしてやはり異世界が面白いと思うのは、こういった場での文化、技術の発展の違いだ。
攻撃にも使う盾、というのは地球にも実在した。しかし、目の前の盾より、一回りも二回りも小さいものであった。攻撃に使うのであれば取り回しが効かなければならないのだから。
けど、この世界には『ステータス』という概念があり、地球の人々よりも強い力を有している。目の前の光景が示しているように。だから、攻撃に使える範囲で、盾としての性能も伸ばすことが出来たのだろう。地球で問題となっていた重量や取り回しが、ここパルティアでは関係なくなったのである。盾のデメリットが少なくなったということだな。
そう考えると、地球よりも大型の武器が好まれるということもあるのかもな。確かに、冒険者ギルドでも大型の武器を持ってるやつは多かった気がする。比較対象とか無いから知らんけど。
近いうちに、そういった調査をしてみるのも面白いかもしれない。無論王国の件を解決してからになるだろうが、やって損はないと思う。というかやってみたい。
ちょっとずれていた思考を修正する。とりあえずは目の前のことに集中しよう。俺は脳内で戦闘を組み立てる。
あの装備・戦い方の弱点となり得るのは、繊細さや機動性に欠ける点だ。手数をいくら増やしたところでそこは改善されないからな。ただ、それらは今の戦闘にはあまり必要ない。だったら、それらが必要となる状況を作り出すか……
「来ないのなら、こちらから行かせてもらおう!!」
「やってみろよ。“盲目”、“陥窪”」
初撃と同様に突進してきたユリアだったが、その結果はさっきとは打って変わったものとなった。
俺は2つの魔術を同時に使用した。1つは相手の目の前に闇の膜を張り付ける闇属性魔術。1つは指定位置に小さな窪みを生み出す土属性魔術だ。共に初級の呪文で、正しい呪文と媒体さえあれば子どもでも使えてしまう。そんな簡単な呪文だから、効果は地味で、戦闘中に使ってもあまり意味は無い。“盲目”は魔力の供給が断たれれば1秒も経たずに霧散するし、“陥窪”は歩幅の調整とかジャンプとかで簡単に回避できる。
ただし、それはあくまでその呪文単体で使った場合だ。何事も工夫が大事。犬とハ○ミは使いようって言うし、この模擬戦で色々試してみようと思う。いつもいつでもうまくいく保証はどこにもないけどな!!(そりゃそうじゃ)
[詠唱省略]によって、呪文を口にするだけで効果は発動する。まずは“盲目”で視界を塞ぎ、同時に“陥窪”。指定地点は、ユリアが一歩踏み出したその先に。
「んなっ!?」
勢いを急に殺すこともできず、視界を塞がれたままのユリアは躓いて女児のように派手に転けた。作った隙をわざわざ見逃す筈もなく、眼前に剣を突きつける。
「勝負あり、だな」
「……どうやら、そのようだ。参った。私の負けだ」
少し混乱していたようだったが、視界が晴れて自分の現状を理解したらしい。彼女は項垂れる。
「……はあ。貴公は魔術も嗜んでいたのか。まったく…予想外だ。だが接近戦の心得もあるようだな。君は魔剣士なのか?」
「半分正解。俺は魔術も剣も両方使える。けど魔剣士じゃあない。まだ色々試してる段階だよ。機会があればいろいろやってみたいと思ってる。
ところで、今のって『騎士道に反してる』とか言われたりするのか?」
「十中八九言われるだろうな」
げ、まじか……
「なんかすまん……」
「そう気にすることはない。もしこれが騎士の正式な決闘ならいざ知らず、これはただの模擬戦だ。賊や魔物に名乗りを上げる馬鹿はいないだろう。それに、『致命傷を与えかねない攻撃以外なら何でもあり』というルールを設けたのは私だ。貴公が気にすることではないさ」
柔軟な相手で助かった……。いきなりヘイトガンガン稼ぎたくはない。
「それと……そういえば、私は貴公の名前を聞いてなかったな。よければ教えてくれないか?」
「あ、そういえば言ってなかったか。俺の名前は進藤月夜。進藤が姓で月夜が名だ。改めてよろしく」
「シンドウ…ツキヨ。いや、ツキヨ・シンドウだな。
今更ながら、私の名前はユリア・エルバン。すでに知ってるとは思うが、エドガー・オブリーシュとシェリー・エルバンの娘だ。弟が2人いるが……その話は置いておこう。
ツキヨ、一つ提案があるのだが」
「何だ?」
「結婚してくれないか?」
「うん……うん? はぁ!? え、ちょ、何故?!」
俺の頭には純粋な混乱しかなかった。意味がわからない。そもそも出会ってまだ1日目だろとか貴族がこんなのと結婚なんて大丈夫なのかとか惚れたんだとしたらチョロイン過ぎるだろとか突っ込み所が多すぎる。
脳が処理しきれなくなってフリーズしていると、幸いと言っていいのか、彼女は詳しい話をしてくれるようだった。
「実は最近、母上がそろそろ結婚しても良いんじゃないかと、それとなく催促してきているのだ。今まで剣一筋だったからそんな相手いるはずもなくてな。見合いも何度かさせられているのだが……いかんせん相手が下種ばかりで困っていたのだ」
一応筋は通っている風だが……
「貴族社会なんてそんなものじゃないのか? あと、そこで俺に求婚する理由がわからない。別に俺じゃなくてもいいだろう」
「私も好きでもない相手と結婚するのが嫌なわけではないんだ。そこは割りきっている。だが、さすがにあからさまな体目当ての連中や、私に取り入ることで議会に口を出そうと企む輩ばかりでな。私は母上に申したのだ。もっと良い相手はいないのかと。何と返されたと思う?『嫌なら自分で見つけなさい』と言われてしまったよ」
「まあ正論だな。でも、貴族じゃない相手を選べば、そう難しいことじゃないと思うんだが。別に相手が貴族じゃなきゃいけないなんて決まりはないだろう? ならいくらでも……」
「…………んだ」
「何だって?」
難聴とかじゃなくて普通に聞こえない。
「私は! 自分より弱い相手などと結婚したくないのだ!!」
えぇぇ……
そんな理由で?
「いや……我ながら無理を言っているのは理解しているつもりだ。自分で言うことではないが、戦闘能力だけなら私は同年代のそれを大きく上回っている。我が国の騎士団でも、私に勝てる者は僅かだろう。せめて父上くらいの実力があればまだ許容できるのだがな。夫婦というのは生涯のパートナーであろう? 自分の背中を託すに値する者に任せたい。そう思うのは当然ではないか?」
戦闘民族かな?
「じゃあいっそ冒険者にでもなったらどうだ? 俺くらいのやつならすぐ見つかるぞ。なんなら紹介とかするし」
俺くらいってのは若干嘘だけど。
俺も旅の間何もしていなかったわけではない。不十分なコミュ力を頼りに、情報収集ついでに人脈を築いてはいたのだ。本当に些細でつながりも薄いが、まあぶっちゃけると例の如く自己改革の一環だ。おかげで初対面でも多少は会話が可能になった。たぶん。きっと。
が、そんな俺の作戦(気遣いなどではない)はバッサリと切られた。
「あの連中は品がない。却下だな」
にべもなく両断されるが、ここまでのやり取りで俺はユリアの状態を理解しつつあった。
上級貴族に生まれその義務や責任に向き合ってきた、しかし生みの親も不安定という状況に彼女はかなりのストレスを抱えていただろう。愛情を注がれなかったということはないだろうが、過度な期待を寄せられたのも一度や二度ではないはずだ。
そこへ舞い込んできた自身の結婚の話、さらには複雑で難しい思春期ということもあって、精神病を患ってしまった。
その名も『シンデレラコンプレックス』。名前だけ聞くと大したことじゃないように感じるが、実際の症状はかなり厄介だ。提唱者である米国の女流作家によれば、『他人に面倒を見てもらいたい、という潜在的願望によって、女性が「精神と創造性」を十分に発揮できずにいる状態』と定義されている。いるはずのない自分の依存できる理想的な男性を追い求めてしまう。そういった症状も結構あるらしい。簡潔に言ってしまえば依存欲求の暴走だ。
本来なら大人になっていく過程で現実との折り合いをつけて、社会に進出できるようになっていくのだが……幸か不幸か、彼女は自分の理想に見合うだけの人間を見つけてしまった。条件に顔の良さも入っていれば違ったんだろうが、なまじ頭が回るだけに現実的思考による補正が入ってしまったのかもしれない。……自分で言ってて悲しくなってきた。
やっぱ悩みを持たない人間なんていないのか。こいつも変に真面目だったのが災いしたな。責任を逃れるだけの適当さ、期待に応えられないほど無能であればこうはならなかったんだろうが、良くも悪くもこいつは優秀だった。精神的にも、能力的にも。
ただ、どうしようか。どうにかしてあげたいって気持ちは強くある。性質の悪い男に引っ掛かってしまう可能性だってある……結婚の話を受けるのも100%下策だし、親に直接言った方がいいか。
「そうか、まあ俺はその話を受けるつもりはない。残念だけど今回は縁がなかったってこと……で……」
結論が出たのでそう告げるが、思わず言葉尻が萎んでしまった。ユリアが捨てられた子犬のような瞳をしていたのである。やめろ、そんな瞳で俺を見るな!
もしかしたらこの依存体質は遺伝なのかもな、などと無駄な考察を重ねつつ目をそらす。直視が…できない……ッ!
「そう……だな、残念だが今回は退くとしよう。だが覚えておいてくれ。気が変わったのなら私はいつでも大歓迎だ」
よかった…なんとか退いてくれたか。いや、本来ならあんな風に我が儘を言う方が珍しいのかもしれない。早くなんとかしなきゃ(使命感
「さて、ツキヨ。私の我が儘に付き合ってくれて感謝する。やはり世界は広い。私は弱い。まだまだ強くなれる。おかげで初心に立ち返ることができた。礼を言おう。ありがとう」
綺麗に腰を折って律儀に礼を告げるユリア。ポカンとしたままの俺。きっとひどい間抜け面をしていることだろう。
つまりなんだ……? 俺の強さを確かめるという目的は本来はついでで? 自分の弱さを確認して自らに喝を入れるためにこんなことをしたのか?
……この少女は確実に強くなる。他者が届き得ない領域に到達する。俺はここまでストイックになれる人間を見たことがない。人間なら誰でも欲を持っているものだ。俺を含めて。そして理性で分かっていても、本能に完全に打ち勝つことは不可能。必ずどこかで妥協するのだ。
しかし目の前の少女にはそれがない。それはこいつの持つ才能だ。俺の持ち得ない才能。何か起きない限り、一度も止まることなく、どこまでも走って行くのだろう。そんな確信にも似た予感がする。精神的疾患を抱えているのにここまでのものを持っているんだ。それさえも克服したときにどうなるのか、楽しみであると同時に恐ろしくもあった。
……こりゃ俺も、うかうかしてられないな。
「おいおい、何腑抜けたことを言ってんだよ?」
「何?」
「誰が一合で終わりだと言った? まだまだ試したいことはあるんだよ。まさか断ってはくれないよな?」
俺がそう言うと、彼女は喜色満面の笑みを浮かべた。
「もちろんだ!!」
Vocablary
・騎士団
国の警備と防衛を請け合う警察と自衛隊を足して2で割ったような存在。一般の規則の他に『騎士道』と呼ばれる信念に基づいて行動する。
Spell
・"盲目"
闇属性初級呪文。相手の両目を隠すように闇の膜を張り付ける。一見すると使えそうだが、1秒と経たず霧散してしまう上、視界を完全に塞いでいるわけでもなく、良く見れば向こう側が見えてしまう欠陥魔術。
・"陥窪"
土属性初級魔術。指定した地点に10センチほどの窪みを作り出す。地面が金属や木材であると発動自体ができない上、落とし穴にもなりやしない。使いどころのない呪文。




