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僕(女)、脱・ボスキャラを宣言します!  作者: 氷翠
第二章 十歳。就職三年目の受難。
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31.素人にいきなりボス戦やらせないで!

 世の中には、六属性どれにも該当しない、特別な魔術っていうのがある。組み合わせとか、そういうのでも実現できないような魔術。この世界では、そんな魔術を総称して「古代魔術」としている。理由は簡単、現代でも術式が解析されていない、オーパーツのような代物だからだ。


 目の前の、純粋な悪意しか感じられない少年ヒューが行使している魔術も、それに当てはまっている。名称操魔。読んで字の如く、マナを変換した魔力で魔物の放つ脳波をジャックし、意のままに操る魔術。それだけじゃなくて、操る対象には様々な強化を施すことも出来るらしい。これは実は、体魔術には出来ない。どうやら、魔物の身体は肉体と認識されていないらしい。

 それにしても、これはマズイんじゃないか。聖殿にたった一人と一体で突撃を仕掛けてくるとは思えない。今頃、外では彼が使役した魔物たちが暴れ回っているんだろう。救援は、ちょっと見込めそうにない。分厚い結界も、今は逆効果。外から魔物を寄せ付けないってことは、裏返せば中から追い出すことも出来ないってことだ。上空には、彼らがぶち抜いてきたんだろう穴もあるに違いない。侵入口がそこから以外、考えられないし。そこからきっと、次々と……うん、想像したくない。


「んー、入口ホールだけは失敗したのかな? ま、良いか。ここさえどうにかすれば、ボクたちが行けるし。ね」


 ……入り口ホールには師匠がいる。師匠の腕前なら、一人でも三十人守れそうだ。今の口ぶりからして、入口ホールには魔物は招き入れられてないみたいだし。

 問題は、僕たちの方だ。今ここにいるのは、先輩と、僕と、プリシラ様と、フェル様だけ。近衛騎士団の人は、儀式のしきたり上、誰もドーム内には入れなかった。先輩はどうだか知らないけど、僕はロクな攻撃魔術も扱えない。武術もからきし。プリシラ様も似たようなものらしい。フェル様は剣術を習っているそうだが、肝心の剣を持って来ていない。え、何これ。積んでる?


「じゃ、軽く一発お見舞い!」


 ヒューが声を張り上げる。と同時に、エディが大きく息を吸い込んだ。ヤバい。あれは火炎攻撃の前準備。まともに喰らったら死ぬ、絶対死ぬ!


「神官セス、神官ホレス、こちらへ! 走って!」


 プリシラ様が叫んでいる。喜んで従わせていただきます!

 僕は腰が抜けた、どころか気を失ったらしい先輩の腕を掴むと、無我夢中で身体強化を施す。そのまま祭壇、強張っているフェル様と、何か唱えているプリシラ様の下へ猛ダッシュ。滑り込み。ゴメン先輩、何の遠慮もなく引きずったことは事態が収束してから謝ります。

 直後、エディの咥内から弾丸の如く、火炎弾が発射された。早い。風切り音っぽいのも聞こえる。これ大丈夫なの!?


「ノーム様、私に力を!」


 展開する魔力を感じる。振り向けば、鎮静化していたオベリスクが微かな光を放っていた。自身を信奉するプリシラ様の祈りに応えたのか、瞬時に結界が張られるのを確認する。見えない壁にぶつかった炎の塊が弾けて霧散する。危機一髪。


「あ、外のヤツより固いんだ。でも――」


 二発、三発。連弾発射される火炎弾を、聖霊の結界が防ぐ。けれど、その度にヒビが入り始めている。同じ個所をピンポイントで狙っているんだ。このままじゃ、破られる。攻め返さなきゃ、どうしようもない。


「ど、どうするんですか?」

「せめて、ここから脱出出来ればグラスゴーへ応援を要請出来るかもしれないが……」


 それじゃ多分、遅い。グラスゴーからここまでは、馬をどれだけ飛ばしても二十分は掛かる。それに、外にも魔物が発生しているなら、そちらの対応で手一杯になることも十分考えられる。呼ぶこと自体は悪くないけど、それまでコイツの攻撃に耐えられるか、っていうと……。


「このままでは……ノーム様……!」


 オベリスクから漏れ出る光が、どんどん強くなる。結界の修復をしているようだ。でも、それだっていつまで保つのかは分からない。何か、手はないのか? 考えろ、考えろ。

 途端、火炎弾が破裂する音が途絶えた。恐る恐る見れば、ヒューとエディが不思議そうに振り返っている。何だ、何が?


「ふん。皇帝陛下のみならず、俺の妹にまで手を出そうとするとは、良い度胸だ。このテオドール・パウロ・ジェラードが打ちのめしてやろう」


 まさかお兄様!? 結界破って来たの、というか空気読んで! お兄様が敵う姿が全然想像出来ない!


「お兄様、お逃げください! 一人では無茶も良いところですわ!」

「セス、気にするな! お前こそ陛下と巫女をお連れして逃げるんだ! 隙は作る!」


 ああああああ! それ死亡フラグぅぅ!


「へえ。あの娘のお兄さんなんだ、キミ。ふーん、面白そう……」


 二人の興味は、完全にお兄様に移ってしまっている。だからって抜けられる気はしない。だって、相手のフレイムドラゴンは危険度ランク上位であるBクラスに指定されるぐらい、とんでもなく強い魔物。そんなのを操りながら、同時に外の魔物を指揮しているんだよ、あの男。こっちにも気を配ってるのぐらい、素人の僕にだって分かる。

 けど、姿の見えないお兄様はちっとも恐れてはいないみたいだ。


「そうだ、掛かってこい。貴様も守ってばかりの輩が相手では、つまらないだろう?」

「んー、それもそっか。じゃあ、先に君を焼き尽くしてあげる!」


 あ、案外あっさり乗った……とか思ってる場合じゃない。お兄様のぎせ……覚悟は無駄には出来ない。


「プリシラ様、何か、手は?」

「……一度だけなら、転移魔術を使えますわ。少なくとも、この場から逃れることは出来ます」

「だったら、お願いします」


 頷いたプリシラ様が、祈りの言葉を紡ぎ出す。僕にはそれを手助けすることは出来ないから、代わりにノーム様にお願い。彼女の援護をしてあげてください。それから、お兄様のことも守って。そうだ、お兄様にありったけの身体強化!


「お兄様、せめてこれだけ受け取って!」


 叫びながら、僕はマナを変換しまくる。お兄様のありとあらゆる身体面、強化強化強化!

 効果があったのかは、分からない。けれど、しないよりはずっとマシだろう。へたり込んだ僕に、フェル様が心配そうに声を掛けてくる。


「セス、良いのか?」

「陛下とプリシラ様の命には、代えられません」

「……」


 ここで「辛いから嫌だ」、ってダダをこねる程、僕も馬鹿じゃないんでね。フェル様、分かって。「自分の命の方が遥かに重い」って自覚はなさっているだろうけど。ただ、一押ししておくことに越したことはない。


「それに、私が最大限援護しましたわ。きっと、生き残ってはくれます」

「……そうだな。お前の体魔術のサポートを受けたのなら、生き延びるぐらいはしてもらわなければ」


 うんうん。フェル様もこう言ってくれてるんだ、死んだら絶対許さないからね、お兄様!

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