23.皇帝のお兄さんも大変なご様子。
ひとしきり挨拶や注意事項が述べられた後、僕とフェリクス様、それからクリスさんは別室に移ることになった。アウグスティス様は神殿にお戻り。師匠は魔術省に用事があるのだとか。
「こちらでございます」
クリスさんは、実に完璧な所作で僕たちを案内する。階層で言うなら三階ぐらい? ずっと「裏道」を通っていたからなのか、その辺の感覚が曖昧だ。本来なら脱出時に使うものらしい。隠された存在であるフェリクス様にとっては普段使いらしく、僕が宮廷神官の試験を受けに来たあの日も、この道を利用してこっそり抜け出したのだという。
「後でクリスにこってり絞られたけどな」
「そうでしたか」
僕にそう耳打ちしながら、彼は苦笑する。いやあ、当然でしょ。クリスさんとしては肝を冷やしただろうなぁ。にしても、アーノルド……様のところにいなくても大丈夫なのかな、彼女。
「到着しました。どうぞ」
あ、着いた。促されるまま、これからお世話になる部屋、すなわちフェリクス様の自室へ。
中は殺風景、とまではいかなくとも、それほどモノがある部屋でもない。最低限のインテリアを揃えました、マル。って感じ。壁紙も抑え目の草模様、暖炉もベッドもそこまで装飾していない。天蓋すらない。
その代わり、目立つのは本棚。壁が一面分、本棚に置き換えられているみたいだ。本は知識の象徴、人工術式によって量産が開始されている今でも、大量の本を所持するのは、ヘーメレー貴族にとっては一種のステータスなんだとか。確かに、現代でも貴重な本は持ってるだけで尊敬されたりするしなぁ。
「それでは、私が教師の方をお呼びしますので。フェリクス様とセス神官は、しばしお待ちくださいませ」
クリスさんは略式の礼だけして、直ぐに出て行った。見事な百八十度ターン。キビキビしていらっしゃる。
「……やれやれ。アイツといると、少し疲れる」
「そうなんですか?」
「堅物なんだ」
ああ、分かる。クリスさん、仕事柄もあると思うんだけど、必要なこと以外は一切喋らないし表情も特に無いし。そういやゲームでは、中々に堅物で融通はあんまり利かない性格として描かれてたかな。
「そういえば、お前とまともに話すのは三年ぶりになるのか」
「そうなりますね、フェリクス様」
「……」
あ、眉ひそめた。
「……これから一緒に勉強をすることになるやつにまで、そう呼ばれたくない。あの時みたいに、フェルで良い」
「わ、分かりました。……フェル様?」
「別に、その様付けもなくったって良いんだが」
「それは、流石に……」
<僕>だったらあくまでも一キャラとしてしか見ていなかったろうから、それでも良いんだけど。今の僕には無理です。考えてみりゃ、自分よりはるか上の立場の人に愛称で呼ばせてもらえるだけ凄いんだよ、そういうの。
フェル様は不満げにジト目でこっちを見ていたけど、やがて渋々と言った体で頷いてくれた。無理強いしてこないのは嬉しい。
「ところで。あの時の薬湯は、もしやアーノルド様に?」
「そうだ。アイツは直ぐに風邪を引いたりするからな。少しは楽になってほしかったから」
「効きましたか」
「……次の日は元気だったんだか」
それは、その……ごめんなさい。
そもそも、薬湯は元にした材料によって効果がピンキリになるからなぁ。それに、アーノルド様の病状が僕には分からなかったし。シロツメカラスソウが風邪の軽い症状に良く効くってだけで勝手に判断しちゃったから。
「アーノルド様はご公務を?」
「今日はな。いずれお前を引き合わせる予定だ。知っててもらわなければ困るからな」
ああ、影武者の存在を思いっきり知ってしまっている以上、本人の方とも邂逅はしとくべきだよなぁ。合わせられるように。
フェル様はアーノルド様と、双子として生まれたのだそうだ。ただ、この世界では「双子=不吉」っていう迷信が本気で信じられていて、しかもとある理由からアーノルド様が皇帝の座を継ぐことに決定したが故に、フェル様は皇位継承権をはく奪された上で幽閉生活を余儀なくされたのだとか。
ところが、アーノルド様は史上まれに見る病弱っぷりを見せ付けてしまったらしい。そのおかげで、能力はあるにも関わらず公務はままならず、外交や視察も中々出られそうにない。まあ、問題あるよね、特に他国との交流、って面では。こっちの事情だけで「やっぱ無理です」とか言えないし。
そこで、実の兄君であるフェル様に白羽の矢が立ったのだ。中身はともかく、外見は瓜二つ。どういうわけだかこの兄弟、あの師匠ですら突破を諦める程、音魔術に強い耐性を持っているがために、心の中をのぞかれることで別人と見抜かれることもない。ぶっちゃけた話、国のために影武者になってください、ってことで。
「アイツと国の役に立てるのなら、それで構わない」
とは本人の弁。何、お兄様と言いフェル様と言い、この世界の兄って生き物はブラコンないしはシスコンって決まってるの? いや、フェル様のは色々と大変な事情があるからそうでもないか。
「このことを知っているのは、先代皇帝代理に「六相」と五大家当主、近衛騎士団、宮廷神官の上層部と、お前だけだ。宮廷全域には音魔術に対する結界を張っているが、流石に外ではそうはいかない。気を付けてくれよ?」
ぐおっ。重い。だけど、その点に関しては大丈夫。
「師匠が音魔術に対する防御方法を教えてくださいましたから。問題ありません」
「ルークが? ……ああ、そうか。そうだったな」
実際には自己流だけどね。それを編み出せたのは師匠がやたらめったら覗いてきたから、従って師匠のおかげと言っても問題なし。……ないよね?




