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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
四ノ彼 レイ
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四話 死と引き換えに得たモノ

かなり残酷な表現があります。ご注意ください。

 気を使い果たした柚葉は、レイに背負われていた。彼なりの優しさに、断るよりも甘えてみたいという気持ちがあふれ、恥ずかしがっている時間もないので、肩にしがみつく。

 囚われた妹を助けるため、二人は、森の中を駆けてパルテノン帝国に向かっていた。


「あのね、レイのこと、知りたい」

「俺の何が知りたいんだ?」

「何でも、余すことなく知りたい。趣味とか、特技とか、嬉しいこととか……」


 そこまで言うと、柚葉はその先を聞こうか迷い、口を噤んだ。気分を害してしまう言葉とわかっていても、どうしても、知りたいことがあった。今ここで聞かなければ、一生、教えてくれない気がした。二人で過ごす時間は、これが最後になるかもしれない。すべてが終われば、柚葉は帰界し、この世界の人たちと、レイと別れてしまうのだから。だから、意を決して、訊いてみた。


「苦しみ、とか」


 柚葉に尋ねられ、レイは息をのんだ。それは、一番聞かれたくないことだった。思い出してしまうからではなく、自分の黒い面をこれ以上曝け出したくなかったからだ。けれど、この言葉を無視してはいけない気がした。冷酷で残虐の塊と言える裏の人格、ルイと向き合うだけでなく、ルイが行ってきた殺戮行為も受け止めなければ、何も変われない。


「趣味は、料理だ。特技は、ない」

「うん」


 次の質問の答えを、考える。そうして思い浮かんだのは、背に抱えた彼女の笑み。笑ってくれたら、心が温かくなる。そして、きゅっと胸が締め付けられる。嬉しいと思う反面、もっと笑ってほしいと思う。できるなら、自分だけに、とも思う。しかし、こんな事実は恥ずかしくて言えない。ほんのりと頬を染めていることに、柚葉は気づかない。


「嬉しいことも、ない」

「うん」


 柚葉が思い切って訊いたことに、レイも決意して、忌まわしき過去を、下唇を噛みしめながら話した。


 自分がやらなければ殺される状況とは言え、ルイとなってリットンを刺殺してしまったこと。幼少期に起きた、レイが国民中から嫌われる原因となった事の発端を。


 レイが7歳の頃、親のいない兄妹は、クレールの両親に拾われた。当時、息子であるリットンの遊び相手を探していた次期国王候補のエメリットは、同い年のレイに頼み、クレール、ミーシャも含めた四人で毎日遊ばせていた。そして、ロセリア王国で王族が集うお茶会が開かれることとなり、エメリットはいつも面倒を見てくれているクレールの両親に恩返しとして、子供たちも連れて行った。


 力兎(パワーラビット)の引く馬車ならぬ兎車に乗り、三日もせずに着いた一行は、活気ある城下街に驚いていた。新鮮な食材が立ち並び、陽気な音楽が流れ、自然と心が温かくなる雰囲気に、エメリットも感心していた。些か冷えている自国の町も、このようにしたいと改めて思う。そんなことをお構いなしに、子供たちは騒いでいた。噴水広場ではダンスを踊り、音楽の曲調に合わせて口ずさみ、各々が行きたい店を回ろうとしたり、世話を頼まれた二人の使用人は振り回され、疲労しきっていた。


 昼間に開催されたお茶会は、その日のうちに終わる。宿泊の部屋も用意されたが、六日間も子供たちに会えなければクレールの両親が悲しむと思い、エメリットは断った。

 そうして、日が沈む頃に再び兎車に乗り、一行はロセリア王国を出国した。


 疲れたのは子供たちも同じで、涎を垂らし、肩を寄せ合って寝ていた。微笑ましい光景に、ふと笑みをこぼしたとき、兎車はガタン、と大きく揺れた。こんなことは今までなかったので、すぐに窓を開ける。


「リーフレット、何事だ?」


 二匹の力兎を操る使用人の名を呼ぶが、返事はない。次の瞬間、耳をつんざくような奇声が上がった。同時に、兎車は再び動き出したが、尋常ではないスピードで走り出す。マール王国への道から外れ、どんどん勢いをつけて走っていく。状況を確かめるために、開けた窓から顔を出す。すると、後方には数人の男たちが、槍や斧を持って歓声を上げながら、追いかけてきた。


「きゃははは、死ねぇ!」


 距離は遠ざかっていくが、血塗れた凶器を見て、悪寒が走った。普段温厚な力兎は、一度暴れだしたら止まらないことは、熟知している。前方は道が途切れていて、崖となっている。その下には岩礁と海が広がっていて、落ちれば確実に死ぬ。


 リーフレットの死を確信すると共に、この危機的状況を突破する策を考える。機転の利くエメリットは、すぐさま行動に移した。


「みんな、起きるんだ」


 腰に携えたレイピアを取り、自身の座っているソファーに突き刺すと、中にある綿を取り出すために表皮を破いた。いつもと変わりない声であるが、いつもなら心地よい揺れのはずが、大きく上下しているため、違和感を感じた四人もおそるおそる目を開ける。


「お父様、これはどういうことですか」

「ちょっとしたアトラクションさ。リットン、クレール、ミーシャ、レイの順で、このふわふわを持って飛び降りるんだ」


 最少年齢のミーシャは、うつりゆく窓の景色に、体を震わせた。


「こわいよ、いやだよ」

「大丈夫よ、一緒に飛び降りましょ」


 クレールは小さな手のひらを握り、穏やかな笑みで安心させる。本当は、彼女も怖かった。


「お父様はどうするのですか」

「最後に飛び降りるから、先に行きなさい」


 その言葉に安心した皆は、それぞれ持てるだけの綿を持った。それを確認したエメリットは、がっと扉を開け、内側の手すりを利用して身を乗り出し、すぐさま地面にレイピアを突き刺した。


「さあ、行きなさい」


 少しだけスピードが落ちた兎車から、リットン、クレールとミーシャが飛び降りた。それに続き、レイも降りようとした瞬間、エメリットが声をかける。


「皆を、よろしく頼む」

「うん! 任せて」


 満面の笑みで応えたレイは、勢いよく飛び降りた。それを見届けたエメリットは、レイピアを地面から抜き、外に捨てた。そして、出ようとした瞬間、兎車は躊躇いなく崖を飛び立つ。


「お父様!」


 綿がクッションとなり、かすり傷で立ち上がったリットンたちが慌てて駆け付けた。エメリットは、宙に舞う兎車の足場を思い切り蹴り、何とか崖の淵に掴まる。だが、足を引っ掛けるところもなく、レイピアを地面に刺し続け、無理やり兎車のスピードに抵抗したために、握力は既にないようなものだった。


「早く逃げなさい!」

「レイ、手伝って!」


 リットンはすかさず、エメリットの右手首を掴んだ。クレールもまた、左手首を掴む。が、子供二人では大人を持ち上げれるはずがない。

 落ちたレイピアを拾ったレイも、泣き喚くミーシャの手を引き、共に駆けつける。エメリットを助けるべくその手を掴もうとするも、後方から聞こえる声に気付き、振り返った。


「レイ、早く!」


 リットンが急かすも、レイはどうすればいいかわからなかった。駆け寄ってくる男たちが持っている凶器に対抗する術もなければ、エメリットを四人で持ち上げられるはずもなく、助ける前に奴らに殺されるかもしれない。エメリットを放って逃げたとしても、子供と大人の足では、追いつかれてしまうのが目に見えている。


(皆を、よろしく頼む)


 エメリットの言葉を思い出すが、どうすれば皆が生き残るのかわからない。考えれば考えるほど、答えは見つからない。


「私のことは構わず、逃げるんだ!」

「待ってて、すぐ助けるから!」


 エメリットを助けなければならないが、すぐそこまで迫っている男たちから逃げなくてはいけない。自分は、どうすればいい?


「レイ、お願いだから、早く来てっ……」


 三人は救出に必死で、背後に迫る危険に気付いていない。この状況で、何が一番正しいのか、何もかもわからなくなってしまう。混乱した頭の中で、かち割れるような痛みに襲われる。

 どちらにせよ、生存の道は残されていない。それなら、切り開けばいい。生きるためには、少なくとも犠牲が必要だ。最低限の犠牲で、生き残ればそれでいい。


 黒い瞳が、金色に染まる。剣の持ち方など知らない幼子は、手慣れた手つきで柄を握りしめ、迫ってくる男たちに切っ先を向ける。血を欲するように、舌なめずりをしながら。


「餓鬼は皆殺しだ、エメリットは手足引きちぎって嬲り殺――」

「もうダメだ、レイ、早く――」


 同時に発した言葉に、第三者の存在に気付いたリットンが振り向く。すると、そこには何人もの死体が転がっていた。いや、もはや人としての原型は留めていなかった。顔や手、足が胴体から離れ、断面からも生々しく血が流れている。その中心に、レイがいた。唯一息のある男の上に跨り、にたあっと嫌な笑みを見せる。


「手足引きちぎって嬲り殺す……最高じゃん」

「えっ、レイ――」

「ダメだ、見るな!」


 リットンが制するより早く、クレールはそれを目にしてしまった。それは、後に一生焼き付いて離れない、悲惨かつ残酷な光景となる。


「や、止めてくれ、止め」

「るわけないじゃん、こんな楽しいこと」


 躊躇いなく、ぶちっと何かを引き抜いた瞬間、男は絶叫を上げ、そのままショック死した。


「れっ……レイ……」


 リットンとクレールは手が震え、力が入らず、もはやエメリットを持とうとする力も失くしていた。


「あっ!」


 その中で一人、未だ兄の殺戮行為に気付かないミーシャが、限界に達して手を放してしまう。すると、エメリットは崖を掴むのを止め、二人の手をするりと抜けていく。


「と、父様!」


 気付いた時には、既に遅かった。エメリットは目を瞑り、その身を重力に任せ、真っ青な海に飲み込まれるように落ちていった。


「嫌だ……嫌だ、お父様……お父様ああああ!!」

「ひっく、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが手伝ってくれてたら」

「ダメっ!」


 クレールは、レイを見ようとしたミーシャをすかさず抱きしめた。その視界に、何も映らないように、ぎゅっと、力強く。


 エメリットの死を知らないレイは、いや、ルイは楽しそうに、レイピアを死体の胸に突き刺す。返り血を浴びても、それを舌でなめとり、再び突き刺す。額に、目に、首に、心臓に、そして、飽きたと思えば今度は各部位を引き千切る。死体を、人形のように扱う。その行為が一通り終わったとき、意識を取り戻したレイが自分のしでかした行為に、絶望することも知らずに。


 その話を聞いた柚葉は、言葉を失っていた。同時に、少しだけ怖くなった。レイの残虐な一面は、今になって知ったことではない。けれど、そこまで酷い行為をしたことは知らなかった。


「俺の罪は、一生消えない。俺は、何をしでかすかわからない。狂ったりはしないと誓ったが、柚葉、俺は」

「レイは、悪くない。ルイも、悪くない」


 ぐっと、肩を掴む力が強くなる。悲惨かつ残酷な過去を、話してくれてありがとう、なんて今は言えない。苦しみを分かち合いたいのは事実だが、どう受け止めればいいのかわからない。あまりにも、重すぎる話だった。


「皆を、守るためにしたことなんだよ。レイが守らなくちゃ、皆、生きていなかった。これは、きっと、正しい選択だったの」


 人を殺すことが正しい選択、そんなことは考えたこともなかった。ただひたすら罪悪感に苛まれ続けて生きてきたレイは、柚葉の言葉を胸の内で繰り返す。誰かを守るために行った行為は、正しい選択。やり方がいかに非道であっても、そこにはちゃんと理由がある。憎悪でなく、恨み辛みもなく、ただ、大切な仲間を守りたかった。そのときも、リットンを刺殺したときも、柚葉を殺そうとしたときも、そうだった。


「エメリットさんも、それを望んでたと思う。リットンを、皆を守ってくれてありがとうって、感謝してるはずだよ」


 どうして、柚葉はこうも容易く人の心を動かすのだろうか。彼女の言葉一つ一つが、心を軽くしてくれる。そして、この過去を受け止めやすくしてくれる。殺人が正しいこと、そうではなく、大切な人を守ることこそが正しい。だから、自分の行為は正しい。皆を守るためには、それ以外方法がなかった。


「あっ、あれが、パルテノン帝国なのかな」


 ずっと黙っているレイに、言いすぎたかもしれないと後悔した柚葉が、前方に見えた高い城壁を指差し、あえて話題を逸らそうとした。


「柚葉」

「ん?」

「ありがとう」


 もしかしたら、わかっている口をきくなと言われ、嫌われて突き放されるかもしれないと考えていた。レイに感謝を述べられるなんて予想外の出来事に、柚葉は安堵の溜息をつき、自然と笑みを浮かべた。















 パルテノン帝国の地下に存在する、傀儡監獄(パペットプリズン)

 此処は、犯罪を犯した者が入る場所ではない。パルテノン帝国の王であるアーネストに反した者、また絶対的な存在である古の神(オリエント)を批判する者が収監されている。その中に、ミーシャもいた。切れかかっている裸電球の照明が照らす、薄暗い牢屋の中で、未だに横たわっている。


「さて、今日はどの子にしようかしら」


 グロリアは薄型ノートパソコンを脇に挟み、鼻歌を交えながら、天井のない円状の広間に上下無数に並べられた牢屋を眺める。檻を握り、助けてくれ、と嘆願する者など一人もいない。


「そうね、冥土の土産に、感動の再会をプログラムに組み込んであげるわ」


 すると、グロリアはパソコンを開け、手際よくキーボードを打ち込んでいく。すると、幾つもの小さな画面が表示され、最後にEnterを押せば、上方にある牢の扉が、重々しい音を立てて開いた。


「さぁ、いらっしゃい。我が僕たちよ」

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