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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
四ノ彼 レイ
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三話 真の戦闘狂

 嫌な予感がした柚葉は、イズナ岩窟から出て、自らの体に【風の気:足速上昇】をかけ、皆のいる妖精の森(フェアリーフォレスト)に向かった。

 もし、ルイに変わってしまったのなら、共にいる三人の命が危ない。だが、ルシト、ライヤ、ロッカスにも気の力が備わっているため、そう簡単に殺られはしないだろう。


 しかし、それよりも、レイの方が心配だった。ルイと化したなら、その理由は何なのか。イズナ岩窟の主の言葉通りなら、レイの身に危険が及び、守るためにルイが外に出たに違いない。

 けれど、四護神の全員が固まってなお危険なことなど、あるのだろうか。唯一、頭に浮かぶのは、セシール王国の闘技場で、ケイルから襲撃を受けたことだ。あのときは、まだ気を使えない状態ではあったが、たとえ使えたとしても、優勢に立つことはなかっただろう。


 数分も経たず、柚葉は妖精の森の入り口に着いた。辺りは静かで、枝の上で小鳥が囀ずっていた。夜はすっかり明け、そよ風が髪を撫でる。


「みんなぁ! どこー!?」


 大声で叫ぶが、返事はない。妖精の森は樹海のごとく広く、目印も置かず出てきたため、皆の元に戻ることもできない。

 だが、このとき、柚葉はわかっていなかった。これが、自殺行為だということを。


(柚葉、逃げろ!)


「えっ?!」


 心話で、誰かが語り掛けるのと同時に、正面から物凄い殺気を纏った男が、炎に包まれた双剣を構えながら駆けてきた。それは紛れもなく、レイの希望の剣(ウィッシュブレード)だ。


「レイっ」


 呼び掛けに目の色も変えず、躊躇せず、剣を柚葉の首に勢いよく突き刺す。


「【水の気:水流粋護(アクアシールド)】」


 一瞬で生成された水膜と剣が触れた瞬間、蒸発し、白い煙をあげる。この程度では破れはしないが、ルイは退かず、柚葉ごと膜まで突き斬ろうとばかりに、ぐっと柄を握り、軸足を前に出し、ありったけの力を入れる。


「死ねぇ!!」


 あまりの豹変ぶりに、驚きを隠せない。血に飢えた獣のような形相で、睨みながら悪どく笑う様から、柚葉が抹殺対象と認識されていることが嫌でも分かる。


「レイ、私だよ、柚葉だよ!」


 もしかしたら、応えてくれるかもしれない。そんな希望を持ち、何度もその名を呼ぶ。だが、それを拒絶するかのごとく力は増し、いよいよ膜に切れ目が入る。


 防戦一方のままでは、死んでしまう。それを確信しても、レイ相手に戦うことはできない。たとえ、相手がレイじゃなくても。


「【水の気:氷流粋護(アイスシールド)】」


 柚葉を中心に、巨大な氷のドームが広がり、その弾みでルイは押し飛ばされる。氷に触れた部分は、凍てつき動かすことはできない。だが、ルイは火の気の使い手であり、凍った下半身と両手を、気を巡らし体の内側から発することで、一瞬で溶かした。


「すげぇな、てめぇ殺しがいがあるじゃねぇか」

「ルイ、何があったのか教えて!」


 必死に叫んでも、ルイは舌をなめずりにやりと悪どい笑みを浮かべ、柚葉の声など届きそうにない。

 氷の膜に守られた柚葉だが、それはすぐに溶かれてしまう。


(俺を、殺せ!)

(……もしかして、レイなの?)


「今度こそ殺す」


 双剣を構え、再び駆け出した。剣に纏う炎の勢いが増し、容易く氷の壁を溶解する。


(お願いだ、俺を殺してくれ!)

(嫌だ! 絶対に、助けるから!)


 迫り来るルイに、柚葉は両手を前に出し、掌を向ける。


「【天の気:雷光痺(サンダーレイ)】」


 柚葉の手前で、黄色い魔方陣が解放され、中心から稲妻が真っ直ぐにルイをめがけて走る。


「ふん、そんな魔法余裕で避け――」

「無理だよ」


 光の速さで貫かんとする稲妻を、有りえない程の物凄い動体視力でなんとか横に飛び避ける。だが、稲妻は転回し、再びルイを追撃する。


「なっ!?」


 一度崩れた体勢から、再び避けようとしたルイに、一瞬で衝突した稲妻は、眩い光を放った後、消失した。手で両目を覆い、薄く開ければ、魔法の効果で痺れて動けないはずのルイは居なかった。


「ル、イ?」


 今の魔法は、殺傷力が強いものではない。相手を動けなくするための魔法であるが、ルイはいない。もしかして、と嫌な予感がよぎった瞬間、それは悪寒に変わった。

 背後に迫る鋭利な刃物に切りつけられるような殺気に振り向いた瞬間、片剣に炎、電気をそれぞれ纏った双剣が振り下ろされる。


「消え去れ!【火天の気:炎雷神剣(ゴッドソード)】」

「【水の気:完全波壁パーフェクトブレーカー】」


 柚葉の魔法を吸収し、天の気の力を得た希望の剣と、とっさに唱えた最強防御魔法が衝突し合う。二人を隔たるように大きな波が壁となり、地から天に向かって伸びていき、瞬く間に、柚葉を囲う。

 その壁は、何人たりとも決して破ることのできない完全なる壁だが、その分、気の消耗が激しく、戦神子である柚葉でさえ、もって後1、2分が限界だろう。


「死ね死ね死ね死ねぇ!」


 狂ったように何度も斬りかかるルイは、攻撃の手を緩めない。だが、ルイも人間であり、体が四護神といえど、気が無尽蔵にあるわけではない。加えて、本来なら異なる気を合わせた魔法は、戦神子と絆を築けし四護神だけが使うことを許される魔法である。

 偶然が重なり生まれた合成魔法は、威力が低く、使用時間も短い。その証拠に、剣が壁に衝突する度に、纏っている炎と電気の力が弱まっていく。


(絶対に、助けるから待っててね!)


 心話に対するレイの返事はない。それでも、柚葉は、この状況の打開策を考える。まず、ルイの動きを止めなくてはならない。そのためには、【天の気:雷光痺】を吸収されず、直にルイの体に当てる必要がある。そして、一つの方法を思いついた柚葉は、ハイリスクを伴う行動に出た。


 天高く行く手を阻む波の壁は、一瞬で蒸気と化す。【水の気:完全波壁】を解除した柚葉を、ルイが嬉々とばかりに高笑いしながら斬りつける。振り下ろされる瞬間のほんの僅かな隙を突き、すぐさま懐に入り込んだ柚葉は、ルイの腰に飛びしがみつきながら、【天の気:雷光痺】を詠唱した。

 だが、同時に振り下ろされた片剣が柚葉の肩から背中にかけて抉り込み、纏う炎よりも紅い血が剣筋にべったりと付く。


「ちっ!」


 眩しい光が二人を包んだ後、共に倒れたルイは痺れて動けず、柚葉は強烈な痛みに顔を歪めていた。背中から大量の血が溶岩流のようにゆっくりと、溢れては地面へと流れていく。


「っ、……【水の気:治癒水(アクアヒール)】」


 苦しみながらも、自らに魔法をかければ、傷口は塞がり、痛みも次第に消えていく。ただ、余りにも多量の血液を失ったため、朦朧とした意識の中、何とか立ち上がる。

 ルイはまだ痺れが取れず、立ち上がることすらままならず、苛立ってもがこうも、状況は変わらない。


「ルイ、レイに何があったのか教えて」

「てめぇに教えることなど何もねぇよ!」


 柚葉を見上げるだけで精一杯のルイは、劣勢に立ってもなお、態度は変わらない。裏の人格でも愛する人の一部であることに変わりはなく、殺意を向けられても、柚葉の思いは変わらない。


「あたしだって、レイを守りたいの! レイを助けたいの! その気持ちは、ルイと同じ――」

「黙れぇぇぇぇぇ!」


 怒声が、大空に響く。同時に、驚いた小鳥たちが羽ばたいた。


「てめぇに何がわかる? あいつはいつだって一人で、孤独に生きてきた。その苦しみさえ知らずに、容易く守るって言うんじゃねぇ!」

「それなら、その苦しみを教えてよ! あたしに話してよ!」


ルイに一歩近づくも、形相はさらに厳しくなる。


「るせぇ!てめぇはあいつを苦しめてる原因の一つだ!だから俺は、苦しみをすべて断つ!」


その言葉に、柚葉は目を見開いた。レイを苦しめている原因が、自分にもある。その事実を突き付けられると同時に、胸が締め付けられ、悲しくなった。


「ルイは、可哀想だね」

「俺が動けないからって、戯れ言ほざいてんじゃねぇよ!」

「だって、殺すことしか、知らないんだから」


 ルイは、レイを守るために生まれた別人格で、極限状況に置かれたレイを救うため、その原因となる人間を殺すことで、レイの苦しみを無くし、追い詰められた精神状態を和らげるはずだった。

 だが、それは逆効果で、さらに、レイに追い討ちをかけていたことを、ルイは知らない。殺すことでしか、苦しみを処理できないからだ。


 無理矢理にでも体を動かそうとするが、未だ痺れは取れない。そんなルイの目前まで来た柚葉は、両手をルイの背中に当てる。


「くっ……くそがああぁ!」


 死を確信したルイは、声の出る限り叫んだ。抵抗できない状態で、強力な魔法を放たれれば、命はない。


「【水の気:治癒水】」

「なっ」


 翳した手から光が溢れれば、ルイの体の痺れを取れ、体力も回復して行く。ぎゅっと目を瞑っていたルイは、思わず柚葉に振り向く。


「今まで、レイを守ってくれてありがとう」

「んだと!? てめぇ、俺のこと馬鹿に――」

「ううん、本当のこと言っただけ。できるなら、これからは私に守らせてって言いたいけど、私はもう死ぬ運命だから」


 拳を震わせ、涙目ながら真っ直ぐにルイを見つめる。いくらレイを想っていても、一生をかけて側にいたくとも、命をかけて守りたくとも、それは叶わない。

 唯一、それが可能なのが、今目の前にいるルイなのだ。


「さっき、言ってたよね、私がレイを苦しめる原因だって。その苦しみを解くには、どうすればいいんだろう。私が、死ねばいいならもう少し待って」

「やめろ、それ以上何も言うんじゃねぇよ!」

「レイに伝えて、苦しめてごめんねって。あと、大好きでしたって伝えて――」

「やめっ……っ!」


 感情が湧き、溢れてくる涙を拭おうとしたそのとき、差し伸ばされた指先が、慣れないながらも頬を撫でるように優しく雫を掬う。

 そっと目を開け、目の前の人物を見上げれば、酷く落ち着きのある柔和な笑みが返ってきた。

 時が止まったかのように見つめあえば、小さな声で名前を呼ばれる。


「ゆず、は」

「……レイ、なの?」


 次の瞬間、レイは柚葉をそっと抱きしめた。


「すまない、俺は、柚葉を……」


 殺してしまうところだった、と今にも泣きそうな声で呟いた。


「私は大丈夫だよ、レイは大丈夫なの? どこも、痛くない?」

「あぁ。だが、背中は――」


 レイは柚葉の肩越しから、背中を覗く。斬られた痕跡があるのは、破られた服だけで、肌は一つの傷すらない。だが、痛みを分かち合うかのように、傷があった場所を、そっと触れる。


「あっ! もしかして、あれ、聞いてた?」

「ん? ……あれ……っ!」


 思い出した途端、レイが頬をかあっと真っ赤に染め、気まずそうに下を向いた。


「いやっ、あ、えーと…なかったことにして!」


 初めて自ら告白したことを後悔しながらも恥ずかしがり、頭の中が混乱しながらも、今はそんなこと考えてる場合ではないと必死に言い聞かせる。


「そだ、それより、教えてほしいの。私がレイを苦しめてるって言っていたけど、私、どうすればいいのかな」

「……あ、あぁ。実は、グロリアという女に妹を捕られ、助けてほしくばお前を連れてこいと言われた。それで、俺は、狂ってしまった。これで、三度目だ」


 柚葉の想いに応えるように、自らルイを抑止し、再び彼女の前に現れたレイの苦しみは、まだ取り除けたわけではない。


「そういうことだったんだ。それなら、妹さんを助けなくちゃね! 何処にいるの?」

「パルテノン帝国なんだが、お前は他の四護神と共にアゼーレ超大国に向かえ」

「なっ、何で?!」


 グロリアからの文だと思い、ルイの元に来た鷹の足に結ばれていた紙を解いたが、実はライヤからの文だった。レイにとって大切なものだと思ったルイは、ズボンのポケットに突っ込み入れたらしい。

 そこには、アゼーレ超大国に行き、全ての元凶であるパルテノン帝国のアーネスト王を捕え、柚葉の居場所を吐かせると書かれてあった。


「犠牲になることはない。今の俺たちなら、気を使ってアゼーレ超大国を救えるだろう」

「なんで、そのこと知ってるの? 私は、誰にも話してないのに。それに、皆が危険な目にあうのは嫌だよ!」

「それなら、分かってくれるな? 俺たちも、お前が死ぬのは御免だ。だから、柚葉は三人についていってくれ。俺は、後から向かう」


 仲間を助けたいという思いは、柚葉だけでなく、四護神たちも持っていた。死への恐怖が消えたことと同じくらい、互いに仲間意識が、絆があったという真実を知ることができて嬉しかった。けれど、柚葉は、レイを一人にしたくなかった。彼に対する好意から、傍に居たいと思うのはもちろん、彼にとって大切な人は柚葉にとっても大切な人で、妹であるミーシャを救いたいという思いもあるからだ。何より、レイを苦しめたグロリアという人物が許せない。


「でも、私はレイと行くよ! アゼーレ超大国は、妹さんを助けた後に行く!」

「いや、ダメだ。もし俺に何かあったら、柚葉を守れな――」

「守らなくていい! これでも、私は戦神子なんだよ。自分の身は守れるし、レイのことだって守るんだから!」


 意気込む柚葉の男らしい台詞に、弱気になっている自分に気付かされたレイは、驚いて呆然するも、ふっと微笑んだ。


「……すまん、前言撤回してくれ。俺は、命を懸けて、お前を守る。もう、狂ったりはしない」

「う、うん。あっ、ありがと。じゃあ、早く行こう! 妹さんのところへ!」


 真剣に、でも温かみのある視線に捕らわれれば、見つめ返すことなどできない。熟したトマトのように真っ赤な柚葉は、自惚れるなと自分に言い聞かせながら、すぐさまレイに背を向けた。















「どうやら、奴らが向かっているらしいな」

「ご安心を。我が国は、黒騎士(ブラックナイト)の私一人で守れますから」


 パルテノン帝国の中枢にそびえ立つ城の一室で、カーテンを閉め切り、ノートパソコンに映るアーネスト王と対話するグロリアは、穏やかな笑みを浮かべた。


「戦神子以外は容赦せず殺せ。そして必ず、神の待つ祭壇に捧げろ」

「御意。あと、これの容量が少なく、ディスククリーンアップなどを試みても動作が遅いので、新型のノートパソコンを、あの方々に持ってこさせてください」


 二画面に分割されたパソコンの左に映るミーシャに時折目をやりながら、右画面の眉根を寄せるアーネスト王に視線を向ける。彼は今、アゼーレ超大国の謁見の間の王座に座っていた。

 

「奴らか……ふむ。任務が終了したら、その約束、果たそう」


 アーネスト王との通信を切り、思い出したように、あっ、と声を上げる。


「殺すなって言うの、忘れていたわ……まぁ、いいでしょう」


 任務が終われば、新型ノートパソコンが手に入る。すっかりそれに夢中であるグロリアは、鼻歌を歌いながら、椅子から立ち上がる。薄紫色のカーテンを開ければ、眼下では黒ローブを着た国民が、街中を行き交いしていた。

 この光景を見ながら、ルイをどう調理しようか考える。同時に、久しぶりに戦えるのを楽しみにしていた。ケイル、実名はグストーであり、彼の妹であるグロリアにも、兄と同じく戦闘狂の血が流れている。


「手足引き千切って嬲り殺す……ふふっ、最高だわ」


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