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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
三ノ彼 幻《まほろ》
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二話 花、地に還る

 月光の下、妖精の森(フェアリーフォレスト)を歩く(まほろ)は、背後の気配が完全に消えたのを確認すると、その速度を緩めた。

 もう一度、振り返る。が、風に揺らめく木々、来た道を隠すかのような闇しかない。

 彼女の姿は、なかった。


(……これで、よかったんです)


 後悔に苛まれそうな自分に、正しいと言い聞かせる。けれど、脳裏には涙を流す柚葉の顔が浮かび、心を締め付ける。

 彼女を助けるために偽りの自分を演じた幻は、深々とため息をついた。同時に、胸辺りからぶわっと感情の波が押し上げ、涙腺が緩む。


(よかったのに……どうして、私は……)


 唇を噛みしめ、涙を堪える。柚葉を助けるためには、彼女を突き離すしかなかった。それは、容易にできるはずだった。しかし、思いもよらぬ出来事が起きた。

 彼女が、自分に好意を寄せていた。死を告げ、死への道を先導する最低な男に、好意を寄せていたのだ。


(こんな私を、好きだと、言ってくれた……それだけで、十分幸せなのに)


 ついに、幻は立ち止り、溢れ出る涙を拭った。しかし、いくら拭っても心に残る想いだけは、拭いきれない。擦れば擦るほど彼女への想いは増して、綺麗な白い肌は赤みを帯びていく。

 

(貴女と、共に生きたかった)


 ぐっと胸を掴み、痛みを抑えるように押しつける。その間も、柚葉の姿形が走馬灯のように駆け廻る。とびきりの笑顔を見せる柚葉、涙を浮かべ俯く柚葉、感傷に浸る柚葉、愛しそうに見詰めてくる柚葉。

 どんなに厳しい言葉を向けようと、反論することなく受け入れ、常にその優しさで返してくれた。


(――心から愛しています、柚葉)


 幻は、再び歩き出した。幼少の頃から慣れ親しんだ森を抜け、夜風に流されるように向かう先には、闇の中でそびえ立つ城と、それを囲う崩壊寸前の街並みがあった。
















 妖精の森(フェアリーフォレスト)、西部。

 柚葉は、就寝中の四護神(ガーディアン)には言伝も残さず、フレア湖から去った。指輪から放たれる光の道をただただ進む。それは、パルテノン帝国への道であり、死への道でもある。

 なのに、彼女は虚ろな瞳で、冷たい夜風にも関わらず、防寒具も身につけないまま、森を歩いていく。気温は5℃、都会に暮らしていた彼女にとっては寒く感じるだろう。

 その寒さを感じないほど、柚葉は考え込んでいた。


(……まほろ)


 アゼーレ超大国を救うために、戦神子(メイデン)はその身を古の神(オリエント)に捧げなければならない。つまり、柚葉の命一つの犠牲で、支配されたルシトの故郷が救われるのだ。

 最初は、仲間の国を救いたい、櫂人の罪は元彼女である自分が償わなくちゃいけない、死んだら櫂人に会えるという理由で、その使命を受け入れることができた。

 けれど、日が経つにつれ、いや、正確に言えば幻に会うたびに、使命を投げ捨てたいと、思うようになっていった。それは戦神子に選ばれた柚葉が、絶対に思ってはいけないこと。

 戦神子を死へと導く、まるで死神と言える幻が見せる、悲しそうな表情が蘇る。死神にふさわしくない優しさで、涙を流す柚葉の頭を撫でてくれた。

 そんな彼に、徐々に惹かれた。


(……私が死ぬことで、アゼーレ超大国だけじゃなく、幻を助けられるなら)


 そんなとき、何かがぶつかり合う音が聞こえた。

 顔を上げると、目の前にはあり得ないはずの光景が広がっていた。


「貴様、人間か! どうやって、ここに――」


 木綿の鉢巻きを頭部に縛り、銅で作られた胸当てを身につけ、二人の男が片手に持った槍をクロスに交差させ、柚葉の行く手を妨げる。

 その先には、朝のように青に染まった空が広がり、光り輝いた太陽が煉瓦造りの家々を燦々と照らしている。エルフのように少しだけ耳の長い人々が、幻と同じく和を感じさせるような異国の服装を纏い、道なき道を歩いていた。

 そして、入口にいる柚葉を見ると、皆が眉間に皺を寄せ、ある者は自宅に逃げるように走り去っていく。


「……ここが、パルテノン帝国?」


 思い浮かべていた帝国の印象とは正反対だ。雰囲気は重苦しく、屈強な兵士たちが街中をうろつき、獲物を狩るかのような双眸でよそ者を睨み、光の差し込まない、笑顔とは程遠い国だと思っていた。


「貴様、殺されたいのか! ここは『流星郷(バースプレイス)』だ!」


 荒げた声を上げ、柚葉の言葉を制した。


「流星郷……?」

「そうだ、しかしどうして此処に来れた? 神さえ破れぬ結界があると言うのに――」


 隣で槍を構える冷静な守り人が尋ねると、それに答える前に、しゃがれた女性の声が聞こえた。


「そなたが、戦神子じゃな」

「ば、ばば様!」


 守り人たちは、年を召した猫背の女性に、一礼する。

 杖をつきながら柚葉に近づくと、ばば様は杖で槍の柄を叩き、下ろすよう命じた。


「はい」


 状況が理解できないでいる柚葉も、妙な緊張感の中、二人につられ頭を下げながら答えた。

 すると、二人は端に退け、ばば様を通した。

 荒っぽい性格の兵士は横目に、柚葉を疑うような眼で見つめる。


「もしや、その指輪が、そなたを導いたのか」


 皺だらけの手が柚葉の手を取り、未だ淡い光を放っている指輪を観察するように凝視する。


「……そうか、その道を選んだか」


 目を伏せ、一つため息をついたばば様は、ゆっくりと手を下ろした。そして踵を返し、郷の中へと入っていく。

 郷の民は皆、ばば様に一礼すると、驚いた様子で柚葉を見つめる。


「その、道?」


 何のことかわからないが、言い方からして自分に関することではないらしい。

 どうすればよいかわからず、立ち尽くしていると、ばば様が振り向き、手招いて柚葉を迎え入れた。


「こっちに来なさい、見せなくてはいけないものがある」


 物憂げな表情をしていたばば様が再び前に向くと、そのまま歩き進んでいく。

 とりあえず遅れないように、後をついていく。


「戦神子が、此処に来たということは……」

「まさか、族長がそんなこと!」


 歓迎されない雰囲気の中、死を覚悟して来た柚葉は、人々の話に耳を傾け、状況を知ろうとする。確かに幻は、パルテノン帝国にたどり着くと言っていた。もしかしたら、この先にパルテノン帝国があるのだろうか。そう思い、目を凝らすけれど、遠くには城らしきものは見えない。かまくら形式の家々を抜けた先に、ひときわ大きな家があり、周りには色彩鮮やかな花が咲いている。


「どれほど歩いた?」

「えと……いつのまにか此処に着いていたので、わからなくて」


 光に導かれるまま歩いていた柚葉は、その途中ずっと幻について考えていた。彼のことばかり考え、ご飯を食べず、寝もせず、ここまで辿り着いたのだ。日が昇ったのかどうかも覚えていない。だが一つだけ、わかることがある。


「フレア湖から来ました」

「……なら、確実じゃな」


 振り向きもせず、ばば様は階段を上り、入口に垂れ下がる幕を上げた。

 一体何の事を言っているのだろうかと、首を傾げながらも、家の中へと入る。

 そこはワンルームで、四方には大きな窓があり、シルクのカーテンがそよ風で揺れている。ふかふかのベッド、木製のテーブルと背もたれのついた椅子が置いてあり、壁には食器棚と本棚が寄せられていた。暖炉の中では轟々と燃え、薪の爆ぜる音が鳴る。


「あの、教えてください。先程から、何の話を――」


 思い切って柚葉が訊くも、ばば様は何も答えず、入口から真正面にある食器棚の下段から、白いコップを取り、逆さにした。

 すると、食器棚が横に動き、大きな穴が現れた。その奥は、光で満ち溢れ何も見えない。


「来れば、話そう」


 何のためらいもなくばば様が入っていくと、柚葉も恐る恐る近づき、一歩足を踏み入れる。その先に地面があるのを確認すると、もう片方の足と身体を光の穴へと放りだした。

 その先にあるのは、広大な二色の花畑だった。色は純粋な白と、萎れたような茶黒の二つが混合している。そして白い花は、若干光っているように見える。


「こ、これは?」

「我が一族の寿命を司る、(みこと)の花だ」


 花畑に入る手前で立ち止まるばば様は、杖で地面を軽く叩き、隣に来るように命じた。


「白は生者、黒は死者を意味する。そしてこれが、そなたをここに導いた者の花だ」


 ばば様はゆっくりと屈み、懐から取り出した手鏡を地面に置くと、両手を翳した。すると、手鏡から光が溢れ、すぐに消えた。一連の行為を見つめていた柚葉は、その鏡に映る花を見せられ、言葉を失った。


「……」

「まあ、信じれないのも無理はない。我らのことも、今の状況も理解できぬだろうからな」


 その花から、目を離せなかった。もしこの話が事実なら、柚葉を流星郷に導いた者、つまり幻が死んだということになる。柚葉は、自分の死と引き換えに幻を守ろうと、そう決意したばかりだ。それなのに、幻は先に死んだのだ。この話が、真実なら。


「……嘘だ、そんなの」


 枯れたはずの涙は、止めどなく頬を濡らす。嘘だ、そう思いたくても、ばば様の話が冗談には聞こえなかった。

 花一本一本に名前がついているわけじゃない。だから、ばば様が間違えて、茶黒い花を見せたのかもしれない。これは、罠かもしれない。けれど、戦神子である柚葉に、この現実を知らせてもメリットはないだろう。

 柚葉が静かに涙を流すのを見て、ばば様は手鏡をゆっくりと仕舞った。瞬きせずに、鏡があった場所を見つめ、泣き続ける様子から、幻との関係を知らされる。二人は、そういう仲なのかもしれない、と。


(あやつの為に、泣くのなら、我は教えなくてはならん)


 杖を持ち直したばば様は、柚葉に背を向けると、光の穴へ吸い込まれるように入っていく。

 柚葉は、花畑を前にその場で泣き崩れた。

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