四話 断悪の剣
背負った矢筒から矢を手に取り、再び照準を合わせる。
「俺は、国王となる。お前さんには、無理じゃ」
「無力な貴様が戯言をほざくな。余は、必ずや貴様を殺し、王位を確実なものとする」
弓を引く力が強まる。
矢先を、ライヤの左胸部、心臓に向ける。
「母上は、余の為に多大なる苦労をしてきた。その恩を返す時が来たのだ!」
「……そうか。ミリアが敷いたレールの上を歩き続け、人としてやってはならないことを犯し、何も思わないんか」
ピンと張りつめた弦が、緩んだ。
同時に、様々な出来事が想起される。
胸の深く奥に閉ざしていた罪悪感が、ライヤの言葉によって湧いてきそうになる。
「は、母上を侮辱するでないぞ! 貴様も、貴様もそうではないか!」
「あぁ、そうじゃよ。俺たちは母さんのせいで、こんなことになったんじゃ」
「奴と一緒にするでない!」
柚葉は激昂したラシールを睨みながら、二人のやりとりを聞いていた。
だが、ライヤの過去について知らなければ、この話の意味もわからない。
「奴、か」
「奴が国王の正妻、王妃になったせいで母上は――!」
「財産と権力に目の眩んだミリアは、さぞ悔しかったじゃろうな」
ハッと口を開いた柚葉は、思いもよらない事実にライヤを見つめた。
王位継承者とはわかっていたが、まさか国王の直子だとは思わなかった。
彼には悪いかもしれないが、王族を思わせる振る舞いがなければ、雰囲気もない。
いや、もしかしたら隠していたのかもしれない。
ライヤの心情が読めないように、正体もばれないよう隠していたのだろう。
「じゃが、王位の為に人を殺めてきたお前らの方がよっぽど性質が悪いじゃろ!」
「証拠もなく、よくそんなことが言えたものだな。これ以上の侮辱は、許さん!」
溢れんばかりの怒りに、ラシールは矢を放った。
心臓を射抜かんとばかりに真っ直ぐに向かってくる矢を、柚葉が魔法で弾く。
「【水の気:水流粋護】」
「……ちっ」
唾を吐き捨て、ラシールは諦めたように弓を下ろした。
物理攻撃が効かない防御魔法に太刀打ちできないことを悟った。
「証拠は、レオンじゃ。レオンが言っておった」
「だ、誰だ! その名は、知らん!」
「動揺するんじゃなか、昔は父親好きな子どもじゃったろ」
首が取れそうなくらい横にブンブンと振り、ライヤの言葉を拒否する。
「父親など、そんなものは存在しない!」
ぎゅっと目を瞑り、過去を振り払うかのように拒否する姿勢を崩さない。
「毒殺に使われた薬草が、置いてあったんじゃと。ミリアの部屋にな」
「くっ……くそがああああああ! あんなのは父親ではない! 貴様を殺したら次に奴を殺してくれる!」
「大丈夫じゃ、お前さんの代わりに俺がレオンを殺しておいた」
悪どい笑みを浮かべながら、ラシールに告げた。
先程まで後悔していた様子など微塵もなく、どんな意図でこんなことをしているのか柚葉にはわからなかった。
だが、ラシールは明らかに顔色が変わった。
驚きながらも、悲しい事実を知った時のような、そんな表情だ。
「なっ……なんだと……?」
「復讐じゃよ。いくら憎くとも、お前さんたちに母親を殺されたんでな。そうしてミリアが、王妃に成り変わったんじゃ。それくらいのことはして当然なんじゃろ、ミリアがそう教えたんじゃなか?」
ラシールは、母親であるミリアの卑劣な行為を目の前にし、それを言われるがままに手伝っていた。
王妃であったライヤの母、国王だけでなく、邪魔とあらば容赦なく人を殺めてきた。
自分に逆らう者、邪魔者は殺せ、そう言われ続けてきた。
「……」
「ミリアが教えたことは、お前にとって正しいんじゃろ?」
最初は、罪悪感でいっぱいだった。
いくら母の命令とはいえ、何度も後悔をした。
ミリアがバートン家を嫌っていたとはいえ、自分と同い年の少年に申し訳ない気持ちがあった。
もし自分が彼の立場ならと考えたら、とてつもなく腹が立ったからだ。
それだけじゃない、両親を失くした彼の寂しさ、悲しさは幼いとは言え、思っただけで涙が出た。
そんな感情も大人になるにつれ消えていったけれど、それまでは心に秘めていた、決して口にできない思いもあった。
『母さんは、悪いことをしているんじゃないか』
それが、王となった今になって、ようやくわかった。
過去とは言え大好きだった大切な人をライヤに殺され、自分の今までの行為の愚かさを知った。
目が覚めたように、ラシールは天に顔を向け、その場に崩れ落ちた。
「……」
戦闘態勢を解いたラシールに、ライヤは一つ頷くと、シールドから出ていった。
「ライヤ、戻って!」
「大丈夫じゃよ」
ライヤの身を案じるも、本人が大丈夫というのだから、大丈夫なのだろう。
柚葉には理解できないラシールの気持ちは、ライヤにはわかっているだろうから。
拳を握り、頬に涙を流すラシールは、視界にライヤが入ってくると、逸らすように俯いた。
「俺が、憎いじゃろ」
「憎い、とてつもなく憎い!……だが、余には貴様の命を奪う権利などない」
人として犯してはいけない行為を行ってきたラシールは、負の感情を理性で抑える。
自分に「何が正しいのか」を気づかせてくれたこともあるが、この思いを抱き続けたであろうライヤのことを思えば、人を殺めようだなんて気持ちはもはや湧いてこなかった。
それに彼の性格を考えれば、復讐のために殺したというのは嘘なのだろう。
戦いを避けられなかった何らかの理由があるのだと、そう考えていた。
「ラシールなら、わかってくれると思っておった」
「……ふん」
鼻で笑いながら、ラシールは煌びやかな赤一色のマントを外した。
それは、国王だけが身に纏うことを許される物。
「俺には、国王は務まらない。貴様にくれてやる」
「後悔はしないんか」
「後悔ばかりだ、今までの行いのな」
惜しげもなくそれを渡すと、ライヤは大切そうに両手で受け取った。
幼少の頃からラシールと仲良くなりたいと思っていただけあって、王位を譲り受けたことよりも分かりあえたことが嬉しかった。
柔和な笑みを見せるライヤに対し、力のない笑みを浮かべたラシールが続けた。
「だから俺たちを、刑に処してくれ」
国王は国を統治し、経済を活性化させる策を考えるだけでなく、法においていかなる民の罪も罰しなくてはならない。
それは例外なく、ラシールとミリアも対象だ。
「あぁ。もちろんじゃ」
ライヤは頷くと、ラシールに手を差し伸べた。
そのとき、崩れてできた氷柱の山から、声が聞こえた。
うめき声のような、か細く、男の声であった。
「……ラシール」
「――!?」
久しぶりに聞いた声に、ラシールは立ちあがるとすぐに声のする方へ駆け出した。
ライヤも、すぐにその後を追う。
「待ってください、今――」
「……使うな」
柚葉が手を当て、回復魔法を詠唱する前に止めると、氷柱に刺されたレオンは薄く目を開き、ラシールの姿を探した。
駆けつけてきたラシールの頬には未だ涙が流れるも、それは悲しみではなく、父親が生きていたことに嬉しいと思う想いから生まれた涙だった。
「と、父さんっ!」
「レオン! 今すぐこの氷柱を――」
「よかった……最後に、会えて」
レオンは何十年ぶりに見る息子の姿に涙を流すも、視界は既に歪み、ラシールの顔の輪郭が定まらない。
「父さん、やっと気付いたんだ、俺はこれから母さんと共に罪を償って、生きていくから」
「……あぁ……ミリアを、頼む」
ラシールに目を向けた後、視線をゆっくりとライヤに向ける。
「……息子を……頼ん、だ」
黒に染まっていく視界の中心にいたライヤが、死を惜しむように唇を噛みしめながら頷く。
それに安堵したレオンは、柔和な笑みを浮かべながら逝った。
「父、さん……」
「……」
涙を見せぬよう、必死に堪えるライヤが、三人に背を向ける。
幼少期から会っていなくとも一目見て父親だとわかったラシールは、その冷たい体にしがみつく。
「……柚葉、行くぜよ」
城門の中へと歩みを進めるライヤの後に、柚葉が続いて行く。
その複雑な胸中は、表に出さずに。
激闘の末、パルテノン帝国の王、アーネストを捕えた一行はアゼーレ超大国を救った。
地下牢から国王も救出し、荒廃した国は再び、緑豊かな国となるよう復興を始めた。
王族守衛隊のルシト、行く宛てのないレイはそれに参加し、ロッカスは故郷に帰った。
柚葉はライヤと共にいることを望み、ラシール、遺体となったレオンと共にロセリア王国に帰郷した。
王の証であるマントを身に付けたライヤが街に戻ると、人々は歓喜した。
その中には、ライヤがお世話になった露天の女店主もいた。
トマトがどっさり入った袋を持たせ「おめでとう」と頬を緩ませ、心から喜んでくれた。
貧しい民から高い税を絞りとり、容赦なく人を殺してきたラシールは、人目から逃れるように裏門から城へと入った。
「……レオンを、よろしく頼むぜよ」
「あぁ」
「誰も、入れるんじゃなかよ」
謁見の間の前にいる兵士が「承知いたしました」と一言告げると、ラシールたちと共に階下へと降りて行った。
後は、この中にいる王妃を捕えるのみ。
「柚葉も、二人と一緒に行ってもよかよ」
「……知ってるでしょ? 私の答え」
にっと笑って見せる柚葉が、自ら進んで重い扉を開けた。
その先には、鋭い睨みを利かせた后、ミリアが座っていた。
「皆が私の命を聞かないのは、そういうことだったのね」
「そう、これからは俺が国王となる。ラシールは、今までの悪事を認めたぜよ」
赤い絨毯の上を歩く二人に動揺することもなく、ミリアは高笑いした。
「ハッハッハ! 笑わせないでほしいわ、あなたがやったのでしょう?」
相変わらず気味の悪い笑みを浮かべながら、どこからか取りだした小瓶を目の前に晒す。
毒々しい紫色の液体が、ミリアの動きに合わせて揺れている。
「どうして、どうしてそんな簡単に人を殺せることができるの!? どうして、息子であるラシールを利用したの!?」
「……戯言をほざいてんじゃないわよ、小娘が!」
瓶の蓋を投げ捨て、その液体を一呑みした。
すると、華奢な身体が隆々とした筋肉をつけ、肌色は紫色に染まっていく。
体長は段々と巨大化し、天井の高い謁見の間でも頭がついてしまう程の大きさになった。
爪は鋭く、牙は口内に収まらず、外へと突き出ていた。
充血した眼は二人を捕え、もはや人ではなくなった。
「あ、あれは……」
「変身草を粉にし、筋肉増強剤を混ぜたんじゃろうが、元には戻らんぞ」
「いいのさ、私は憎きバートン家を滅し、この国も滅ぼしてやる!」
次の瞬間、鋭い爪を二人めがけて突き刺す。
ライヤが柚葉を抱え、端の方へと駆け転がりこむ。
すると爪は床を貫き、めりめりと音を立てて、その場が崩れていく。
「ありがとう」
「守ると、言ったじゃろ」
柚葉を下ろし、怪物化したミリアを見つめる。
絶対に殺しはしないと、そう心に誓ったライヤは、他の方法を考える。
まずは弱体化させるしかない。
しかしここでは、唯一の攻撃魔法も使えない。
あれは、氷流粋護が作られた上で成り立つ魔法だった。
「……ライヤ、手を貸して!」
何をするのかと思うも、迷っている時間などない。
「ちょこまかとこざかしいわ! 殺してくれる!」
柚葉を信じて手を差し伸べると、ぎゅっと強く握られ、目を瞑った彼女は、魔法を唱えた。
「死ねええええええ!!」
「悪を燃やし、弱きを助ける――【水炎の気:大波聖炎剣】!」
爪が勢いよく振り下ろされた瞬間、その場にいた二人の姿は消えていた。
どこに行ったのかと探せば、中央で柚葉だけが床に倒れていた。
「何を唱えたかと思えば、ただ倒れただけか――ハッハッハ! 殺してや――」
その後の言葉は、縦に蒼、横が紅に染まった十字架に身体を刻まれ、続かなかった。
柚葉の前に立っていたのは、蒼と紅の双剣を手にしたライヤだった。
「悪の根源は、断ち切った」
声にならない声で叫びながら崩れ落ちるミリアは、元の大きさへと縮小していった。
双剣は役目を果たしたことを知ったのか、自然と消えていく。
気を失いかけた柚葉を起こし、抱き上げた。
「ん、よかった」
「柚葉、ありがとな」
戦神子の気を全てライヤに送り、火の気と水の気が融合した魔法は剣となり、ライヤへと託された。
戦いは終わり、ライヤは彼女を抱えたまま、謁見の間を出た。
完全に気を失ったミリアは、床に伏している。
「これで、終わったんだよね」
その温かい腕の中で、瞼が下りそうになるのを堪えながら聞いた。
すると柚葉と視線を合わせ、いつものように余裕ある笑みを見せたライヤが答えた。
「いや、これから始まるんじゃよ」
次回、ニノ彼 ライヤ編 最終話です♪




