エピローグ
【パンケーキの甘い香りと、スージー・プーの衝撃】
運ばれてきたふわふわのパンケーキを前に、のぶはこみ上げてくる頭痛を抑えながら、ようやく口を開いた。
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「それで? 凛。その、さっきまで黒い巨大な手になってた、その毛玉は何なんだ?」
「え? 毛玉だなんて失礼ね。この子は『スージー・プー』っていうの。あっちの世界では私の部屋の隅でいつも寝ていた居候よ」
(スージー・プー!? 名字付きかよ!原作の神話エピソードに一瞬だけ名前が出てきた、伝説の厄災。いや、神獣の類いじゃねーか! なんでモンスターにフルネームの概念があるんだよ。凛の野郎、サラッと言いやがって)
「スージー、ね。分かった。じゃあ、なんであんな恐ろしい姿に変わったんだ? 店内の客が逃げ出すレベルの圧を放ってたぞ」
「そうなの? 多分、プーがお腹空きすぎて少し機嫌が悪かっただけじゃないかしら。この子、私の村にたくさんいるの。子供たちのペットみたいなものよ? だからそんなに怖がることなんてないのに」
「そういえば、さっき言ってたおばあちゃん……。その、元気なの、か?」
「ええ、それが不思議なんだけど。私がこちらに来る直前、おばあちゃん急に目が見えるようになったのよ! 前よりずっと元気になっちゃって。理由は分からないんだけど神様のおかげかしらね?」
(生きてるんかいッ。センシティブなとこだから凄く触れづらかったけど。てか、それ神様じゃなくて君が毎日よしよししてたその『伝説のフェアリー』の仕業だよね、きっと。凛、君のその天然な無自覚さが一番のチート能力なんじゃないか?)
「凛、さ。あのステーキハウスの店長だけど。あのおっさん、始祖レオとか伝説の賢者とかじゃなくて、ただのものすごく『気の利く店長さん』だったんだな」
のぶはパンケーキを頬張る凛を見つめながら、しみじみと呟いた。凛は「ふぇ? なにが?」と、口の周りにクリームをつけたまま首を傾げている。
(思えば、あの店で凛がメニューを凄まじい眼光で睨みつけていた時。俺も一瞬、違和感は抱いてたんだ。あの殺気は好きなのか、それとも凛の故郷の仲間たちの命を奪った厄災の元凶か何かかと。判断がつかなくて怖くてスルーしちゃってたけど)
のぶは店長から渡されたあの「銀色の包み」を思い出す。
(店長は俺より先に気づいてたんだな。凛がやたら鋭い目でメニューを睨んでるのを見て『この子、牛ステーキ頼んでたけど、ジャガイモも食べたくなったんじゃ』って。だから、俺たちを店から出す時に彼女が睨みつけていたジャガイモをそっと持たせてくれた。
『効果は保証する』。
それは聖なる浄化の力じゃなくて『これを食べさせれば、彼女の機嫌も、その聖衣の中に隠してるペット(プー)も大人しくなるよ』っていう、ベテラン店長ならではの粋な配慮だったわけだ)
「凛。店長さん、俺たちの恋を応援してくれてたみたいだぞ」
「え? あはは、そうなの? 嬉しいわね、のぶ」
凛はそう言って、また幸せそうにパンケーキにフォークを突き立てた。のぶは自分の「原作厨」ゆえの過剰な警戒心が、店長の「最高のホスピタリティ」に完敗したことを悟り、ようやく心の底からコーヒーの味を楽しむことができた。
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「なあ、凛。前から不思議だったんだ。なんで君はあの豊穣の女神・深月様と同じデザインの聖衣を着ているんだ?」
のぶの問いに凛はパンケーキを食べる手を止め、自分の胸元の刺繍を愛おしそうになぞった。
「これ? ふふっ、これはおばあちゃんから貰ったの。
『昔、ちょっと無理して手に入れた一張羅だから、大切にしなさい』って。あっちの世界じゃ、おばあちゃんはただの優しいおばあちゃんだったけど。でもね、のぶ。私の村があんなに貧しい土地なのに、一年中お祭りができるくらい食べ物に困らなかったのは、おばあちゃんが若い頃にずっと頑張ってくれたからなんですって」
(おばあちゃんが、深月様!?そうか、そういうことだったのか。原作じゃ語られなかった英雄たちの『その後』。呪われた大地を浄化し飢餓をなくすために尽力した彼女は、その代償として視力を失い、一人の老婆として静かに暮らしていた。
人違いなんかじゃなかったんだ。凛は確かにその血と意志と、聖衣を受け継いだ――『正統な後継者』だったんだ)
窓の外に見える飽食の街の明かり。そこには凛のおばあちゃんが夢見て、そして凛が当たり前のように愛している「平和」が広がっている。
「おばあちゃん、ふかし芋が大好きだったわ。『みんなでお腹いっぱい食べるのが、一番の魔法なのよ』って、いつも笑ってて」
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不快な気持ちなんて、もうどこにもない。
凛から感じていた圧倒的な圧。それは、世界を救った女神の威光と、お腹を空かせた人を生かそうとする強くて優しい『生』のエネルギーだった。
のぶは幸せそうに笑う凛を見つめ、改めて自分の運命に感謝した。
推しキャラに会いたくて叫んだあの夜の自分に。
そして、目の前の最高に食いしん坊で愛らしい「女神の孫娘」に。




