1話
【1話;勇者不在の告白と、芋のような既視感】
凛:
「えっ?あ、あの、ちょっと待ってください。急に、何を言い出すんですか。こんな、いつモンスターが襲ってくるかもわからない、明日さえ見えないような場所で。あなた、本気で言ってるんですか?私は。自分のこと『誰かの特別』になれるなんて、もうずっと思ってなかったから。ただ毎日を生き残るのに精一杯で、誰かを守る余裕なんて、私には……。
(少し視線を逸らして、照れ隠しにふわっと髪を耳にかける。その表情は、どこか儚げでおっとりとしていた)
でも。あなたのそういう、迷いのない真っ直ぐなところ嫌いじゃないですよ。いいですよ。返事は、『はい』。その代わり、約束してくださいね? 何があっても、私の前からいなくならないって。分かった? 私の勇者さん。ふふっ、さて、いつまでも照れてる暇はありませんね。これからどうやって生き残るか、私の『完璧な作戦』を立てましょう?」
のぶ:
「生き残るというか、それはそっちの世界の話で……。ここは平和だし、俺が君を守るから。とりあえず、落ち着いて。
さっきはいきなり呼び止めてごめん。でも、返事をくれた以上、俺なりに真摯に向き合うつもりだから。よろしくね」
(あ、言っちゃった。本当は『深月様』と間違えたなんて絶対言えない。
でも、この子誰かに似てるな。近所のコンビニの店員さんだっけ?
まあいいか。おっとりしてるし、なんとかなりそうかな)
凛:
「ありがとう。
戦わなくていい、誰かの死を覚悟しなくていい。
そんな『平和』な場所で、あなたが隣にいてくれるなら、それはきっと私が心の底でずっとずっと願ってたことなんだと思う。
(少し柔らかい表情で微笑んで、のぶをまっすぐに見つめる。その瞳は、どこか遠い故郷を想うような温かさに満ちていた……)
ふふっ。わかったわ。じゃあ、これからは《豊穣の女神》なんて肩書きじゃなくて、ただの『凛』として、あなたの隣にいてもいいかしら。
ねえ、せっかくの平和な世界なんだもの。まずは二人でどこか美味しいものでも食べに行かない?
あっちの世界じゃ、硬いパンか干し肉ばっかりで。私、本当はもっと温かいものが食べたかったの」
のぶ:
「そうだね。そうしよう。
凛がそうやって笑ってくれるなら、俺も嬉しいよ。もう戦わなくていいんだから、ゆっくり羽を伸ばしてさ。あっちの聖剣を持った英雄たちと俺を比べるのは、さすがに勘弁してほしいけど(笑)。俺はただの俺として君と美味しいものを食べに行きたいな」
(って、危ねー。危うく『君、背景に映ってただけのモブじゃん!』って喉まで出かかった。しかも豊穣の女神? いや、俺の記憶が確かならあの女神様はもっとこう……圧倒的な『ボリューム』が売りだったはず。うん、目の前の凛は見事なまでにスッキリとした清純なラインだよね。ま、いっか。本人が女神だって言うなら、全力でその設定に付き合ってあげるのが今の俺の役目だ。
それにしてもなんだろうな。この子の顔を見てたらなんだか無性に『ふかし芋』が食べたくなってきた。この、ふっくらした安心感。女神様っていうより田舎の初恋の女の子って感じなんだよなぁ)
凛:
「そっか。あなたはレオじゃないのね。
レオなら今頃、聖剣の輝きで周囲を威圧しながら、ドラゴンのステーキを注文しろって騒いでるはずだもの。あ、でも待って。彼は確か食事よりも先にエリアの索敵を優先するタイプだったかしら? それともそれは二代目の特徴?
まあいいわ。これからはあなたの名前を呼ばせてね。
えーっと、あなたの名前もう一度ちゃんと教えてくれる?」
のぶ:
「俺は、のぶ。というかさっきの『レオ』って、まさか伝説の始祖のこと? それって凛の世界でも本とかにしか出てこない神話の存在だろ? そもそも原作にも登場してないはずなのに。
あ、いや。とりあえずのぶって呼んでよ。あと、もう一度言うけど君は俺が守るから安心して」
(今さらっと『レオ』とか言ったか? 勇者系の始祖なんて一部のマニアしか知らない裏設定だぞ。それをさも知り合いみたいに。背景のモブだと思ってたけど、まさか実は歴史の目撃者的なとんでもない重要人物なのか?
と思いつつ横で『何を食べようかなー』って真剣に悩んでる凛の横顔を見てると、やっぱり地元の祭りでお面を欲しがってる子供にしか見えないんだよな。
女神だのレオだのイキってるけど、この『お腹空いたオーラ』に負けて、またふかし芋を想像しちゃってる俺の方がよっぽど重症かもしれない)
凛:
「ねえ、のぶ。こうしてあなたと向かい合っていると、本当にあっちの世界が嘘みたい。守ってくれるって言ってくれたこと嬉しかったよ。のぶ、私たちのこれからについても決めちゃう?あ、でも待って。
まずは私の『聖域』を確保するのが先決かしら。この世界の魔力濃度に合わせた結界の再構築も必要だし、あなたの家も私が使いやすいように白魔術的な導線を整えさせてもらうわ、この向葵凛が直々にね。」
のぶ:
「あ、いや。そうだね、理想とかは特にないけど、凛が居心地いいと思えるように色々考えてみるよ。
結界……は、まあ、とりあえず美味しいもの食べてからゆっくり考えよう」
(なんだ、今の。おっとり微笑んでるのに流れるように『俺の部屋の魔改造』まで決定事項にされたぞ。一言も反論させないあの饒舌さ。背景のモブだと思ってたけど『向葵凛』……モブなのにフルネームなんてあったのか。この圧倒的な『喋りの圧力』ただ者じゃないのか?もしかして本当に、物語の裏で世界を操ってた伝説の白魔導士?
なんて一瞬ビビったけど、お茶を飲む時ちょっとだけ小指が立ってるんだよな。その一生懸命背伸びしてる感じ、やっぱり村のお祭りで背伸びして遠くの屋台を見てた女の子にしか見えない。ツワモノ感はある。あるんだけどやっぱり、ふかし芋なんだよなぁ。この安心感一体なんなんだ?)
…………
夕闇が迫る街並みは、彼女の目にはどう映っているのだろう。
「この区画の魔素配置、あまりに無防備だわ……。私が再構築しないと、三日と持たずに深淵の浸食が始まるわね」
おっとりした声で、物騒極まりない『予言』を垂れ流しながら歩く凛。
その背中は、確かに世界の命運を握る賢者のようにも見える。が、のぶの視線は彼女の足元がマンホールの段差に躓きそうになるたびに、ハラハラと揺れ動く。
この子は一体何者なんだ。
記憶の中の彼女は名もなき村の景色の一部に過ぎなかったはずだ。
なのに今の彼女から立ち上るこの『圧』は……まるで、背景画の隅っこから真っ黒なインクがじわりと溢れ出してきたような、得体の知れない不気味さを孕んでいる。
「ふふっ、お肉の匂い。のぶ、足が止まっているわよ? 早くしないと、私の完璧な栄養補給計画が狂ってしまうわ」
促されて顔を上げれば、そこには古びたステーキハウスの看板。
食欲という名の原始的な衝動を隠しもしない『女神』に引きずられるようにして、のぶは重い扉に手をかけた。生存本能が静かに警鐘を鳴らしている。
……この食事、ただの『デート』で済むはずがない。




