第5話 夕顔の君とのお話3(『夕顔』何某の院・夕顔の死)
「宵を過ぎる頃、恐ろしい夢を見たんだ。」
兄がまた話し出す。宵とは夜の10時ぐらいだ。
「どんな夢をご覧になったのですか?」
「枕元に女性が、とても美しい女性が座っていて・・・言うんだ。」
「なんと?」
兄の顔色が悪くなってきた。
「おのが、たいへん素晴らしい方と思ってさしあげているのに、お訪ねにならないで、このような優れたところのない人を連れていらっしゃって、ご寵愛におなりになること、心外でつらいことだ。と。」
怖い・・・。ぞっと背筋が凍る。唾を飲み込んだ。
「そして、横に寝ている彼女を引き起こそうとするんだ。」
「・・・」
どんどん顔色の悪くなる兄を見つめる。兄は続ける。
「そこで、飛び起きたんだ。起きると、火も消えていてとても不気味だった。魔除けのために太刀を抜いて置き、近くにいるはずの彼女の女房を呼び寄せるとすぐに来て怯えていたよ。」
「ということは、ただの夢ではなかったということですわね。」
きっと同じ夢をみたとかだ。
「ああ。女房にも何かあったんだろう。そして、その女房に宿直人のところに行って紙燭を持ってまいれと言えと言ったんだが、暗くて無理だというんだ。」
「まあ。なんというか、幼い女房ですわね。」
「そうなんだ。だから手を叩いて随身を呼ぼうと思ったんだが、誰も来なくて、彼女もか弱くかわいそうだからと私が向かったんだ。」
光源氏に行かせるなんて度胸あるなあ。一人で物の怪の出る屋敷を歩けって言われるのが怖いのもわかるけど・・・。
「随身に弓を鳴らし、声を出すように命じて部屋に戻った。」
「そして・・・部屋に、戻ったんだ。彼女を・・・彼女に、触れてみたら、・・・息を、息をしていなかったんだ。」
思い出させてしまったようだ。兄は、苦しそうに息を乱し、涙を流している。
「おにいさま、ご無理をなさらないで。 誰か、何か飲み物を。」
兄の泣く様子にもらい泣きをしていた女房たちが急いで飲み物をもらいに行ってくれる。
「何か羽織るものを・・・」
兄が震えている気がしたので、羽織るものを持ってこさせた。
女房が、温かいお茶と茶菓子を持ってきてくれた。これで少しでも落ち着いてくれればいいが。
しばらくし、また兄が話し始めた。
「随身が、紙燭を持ってきた。それで、彼女を見ようとすると、彼女の枕元に、夢で見た女性が見えて、消えたんだ。」
「え・・・」
「夢じゃなかったんだ。物の怪か鬼か・・・」
「そんな・・・」
怖い。怖いよ。物の怪には会いたくない。
「でも、物の怪なんてどうでもよくて、それよりも彼女が心配で、起こそうと、揺さぶったり、寄り添ったりしていたんだけど、彼女は、どんどん冷たくなってしまった。」
「なんてこと・・・」
兄は涙を流している。今回ばかりは、私も涙を止められない。夕顔の君が可哀相なのもあるが、この兄の憔悴ぶりが心に刺さるのだ。止めてあげればよかったのかな・・・。
「彼女を抱きしめて、生き返ってくれ。と私をつらい目に会わせないでくれ。と言ったんだ。」
「おにいさま・・・」
涙が止まらない。
「そこで、物の怪を祓えば生き返るかもしれないと思って、惟光を、兄の阿闍梨と共に急ぎ呼ぶように命じたんだ。」
「惟光が不在では、心細かったでしょうに・・・」
「ああ。いつもそばにいるのにあの夜に限っていなかったからね。」
乳兄弟は特別だ。お互いがなくてはならない存在だ。運命共同体みたいなものだしね。兄は続ける、
「夜中彼女を抱きかかえていたよ。どうにか生き返ってほしいと願いながら。」
私たちはしばらく一緒に泣いたのだった。




