第3話 夕顔の君とのお話1
夫が急いで帰ってきた。
「姫宮、気を確かに持って聞くんだよ。兄君がご重体だ。」
「・・・」
なんて言っていいかわからない。未来を知ってても心配する心とは別なのだ。
「おにいさまが・・・」
「今日、主上に知らせが届いた。主上や左大臣殿が祈祷の手配をしている。わたしは急ぎ君に伝え、君を支えるようにと戻ってきた。」
「・・・二条院に。」
「姫宮。駄目だ。物の怪の仕業かもしれない。君を止めるようにとも言われている。」
「そんな・・・。」
「殿、姫宮さま、王命婦が参っております。」
「通せ。」
「帝よりのご指示で参りました。仲の良い兄妹のため、兄君のもとに駆け付けたいのはわかるが、回復するまで絶対にしてはならない。とのことです。」
「御意に。」
夫が代わりに答えた。
長月の二十日も過ぎた。先日、兄が全快したという知らせが届いた。ほっとした。
すぐにも兄に会いたいと思い文を書いたが、やつれた顔を見せるわけにはいかないといわれ断られた。そうね。いろいろすることあるものね。
では神無月の初めに。と約束をしておいた。
それが今日である。
「おにいさま、お久しぶりにございます。」
「久しぶり。なかなか来れなくて悪かったね。」
やはり、今日は元気がない。
「いいえ。わたくしこそお見舞いに参りたかったのですが・・・」
「父君に止められたと聞いている。」
「王命婦まで遣わすのですもの。ひどいわ。」
「物の怪に憑かれているかもしれないところに愛娘を行かせるわけにはいかないだろう。わかっておやり。」
「はい。」
ふふふと二人そろって笑う。
「さて、おにいさま。何がおありになったんですの?あんなに長いことお患いになるなんておかしゅう思いますわ。」
「そうだね。・・・わたしも話を聞いてほしかったんだ。」
「お聞きいたしますわ。」
どうぞといつものように御簾の中に招き入れる。
「先日、大弐乳母の見舞に行ったときのことを覚えているかい?」
「はい。」
「その時の、和歌を送ってきた女人との話になる。」
「扇に書かれていたお歌ですわね。」
「ああ。あれから、惟光に調べさせたんだ。話を聞くと頭中将のゆかりのものかもしれないと思ったのだが、確信がないのでどうもしなかった。それで、惟光の手引きで通い始めたんだ。」
兄の雰囲気がいつもと違い暗いので、うんうんとうなづくだけにとめておく。
「私は、恋に対しては、取り乱さないようにしてきた。しかし、彼女に対してだけは、なぜか心を奪われてしまったようで、気になって仕方なかった。彼女は若々しく柔和な人で何か特別に優れているとかいうわけでもなかったんだ。」
うんうん。恋しちゃったんだね。
「そうなんですね。」
「彼女に気後れしてほしくないから、粗末な狩衣を着て、顔を覆面で隠して、人々が寝静まってから通っていたんだ。」
「気づかいしすぎて古代の神々のようですわ。」
「ふふふ、そうだね。彼女は仮住まいのようだったから、会えない夜があると、姿を消してしまわないか不安で、二条院に引き取ってしまおうかとも思ったんだ。」
「まあ・・・。本気だったんですのね。」
「ああ。本当に素直でかわいい人だったんだ。」
そうだよね。貴公子二人に愛される人だもの。




