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第三章 ― 焚き火の記憶 ― 四、五

## 四 カイルの昔


 明け方近く、ノアが目を覚ますと、カイルが起きていた。


 いつものことだった。だがその日のカイルは、壁に背を預けたまま、何かを手の中で転がしていた。小さなものだった。暗くてよく見えなかったが、石か、あるいは何か別のものか。


「眠れなかったのか」とノアは声をかけた。


「少し眠った」とカイルは言った。「お前こそ」


「夢を見た」


「いつもの?」


 ノアは少し驚いた。「知ってたのか」


「お前が朝、遠くを見る顔をするのは気づいてた。聞かなかっただけだ」


 ノアは起き上がって、カイルの隣に座った。手の中のものが気になったが、聞くかどうか迷った。カイルは聞かれたくないことは自分から言わない。聞けば答えるが、無理に開かせるものでもない。


 だがカイルの方から言った。


「これか」と言って、手を開いた。


 小さな木の欠片だった。何かを彫りかけたような形をしていた。鳥か、あるいは別の何かか。まだ輪郭しかなかった。


「彫ってたのか」


「暇なときに。完成したことはない」


「なぜ」


「途中でわからなくなる。何を彫りたかったのか」


 ノアはその木の欠片を見た。「始めるときは、わかってる?」


「わかってる気がする。でも彫り始めると、手が違うものを作ろうとする」


「手が」


「俺の手じゃなくて、手が勝手に動く感じだ」カイルは木の欠片を握り直した。「街にいたとき、木彫りをする老人がいた。その人に少し教わった。その人は、彫るのは発見だと言っていた。作るんじゃなくて、木の中にあるものを見つけていくんだと」


「見つかるのか」


「見つかることもある。その人は見つけていた。俺は、まだ見つけられていない」


 ノアは空が少しずつ白んでいくのを見た。今日も夜明けが来る。


「カイルさんが街を出た本当の理由」とノアは言った。「風の話だけじゃない気がする」


 カイルは少し黙った。「鋭いな」


「違ったか」


「違わない」カイルは木の欠片を懐にしまった。「その老人が死んだ。俺が出た年に。彫り方を教えてくれた人だ。その人がいなくなって、街に残る理由が一つ減った。風の声と合わせて、二つになった。だから出た」


「大事な人だったんですね」


「師匠というほどではない。ただ、正直に話せる人だった。木を彫りながら、いろんな話をした。外のことも、風のことも。その人だけが、俺の話を幻聴だと言わなかった」


 ノアはカイルを見た。カイルは東の空を見ていた。


「その人は、外に出たことがあったのか」とノアは聞いた。


「わからない。聞かなかった。でも、外を恐れていなかった」


「なぜ恐れなかったと思う」


「知っていたんじゃないか」とカイルは言った。「外に何があるか。街が教えることとは違う、本当のことを」


 その言葉が、ノアの胸の中で静かに沈んだ。


 知っていた。本当のことを。


 街が教えることとは違う、本当のこと。


 それが何なのか、ノアにはまだわからなかった。でも、いつかわかる日が来る気がした。この旅の先に、必ずある気がした。


---


## 五 三人の朝


 朝になった。


 アタカが目を覚ますと、ノアとカイルはすでに外にいた。二人が並んで朝の空を見ているのを、アタカは建物の入り口から見た。背中が並んでいた。高さが違う。カイルの方が頭一つ高い。でも、並び方が似ていた。同じものを見るときの、静かな立ち方が。


 アタカは少し笑った。


「おはよう」と声をかけた。


 二人が振り返った。「おはよう」とノアが言った。カイルが頷いた。


「何見てたの」


「空」とノアは言った。


「毎朝空を見てる」


「毎朝違う」


 アタカはノアの隣に来て、空を見上げた。確かに、昨日と今日は違う。雲の形が違う。光の入り方が違う。でもそれを意識したことは、これまでなかった。


「ノアに会ってから」とアタカは言った。「いろんなものが見えるようになった気がする」


「俺は何もしていない」


「してる。気づかせてくれる。見方を」


 カイルが「俺もそうだ」と言った。「お前らと歩いてから、足元しか見ていなかった目が、少し上を向いてる」


 ノアは黙っていた。


「どうした」とアタカが聞いた。


「俺も」とノアは言った。少し間があった。「二人に会ってから、風の声が少し違って聞こえる。以前は呼びかけだけだった。今は、方向がある気がする」


「方向?」とカイルが言った。


「どこへ行けばいいか、少しずつわかってくる気がする。まだはっきりしないが」


 カイルとアタカは顔を見合わせた。それから二人ともノアを見た。


「どっちだ」とカイルが聞いた。


 ノアは少し目を細めた。風が来る方向を感じた。朝の風が、東から吹いていた。いつもの風だ。だが今日は、その奥に何かある気がした。


「東」とノアは言った。「今のところ」


 カイルが東を見た。地平線の向こうに、山の輪郭がある。遠い。何日かかるかわからない。でも、方向があるということは、歩けるということだ。


「行くか」とカイルが言った。


「行こう」とアタカが言った。


 ノアは頷いた。


 三人は荷物をまとめた。廃屋を出た。一度だけ振り返った。屋根の残った建物が、朝の光の中に立っていた。一夜の宿だったが、この場所でノアたちは何かを話した。怖かったこと、夢のこと、忘れられない人のこと。


 それが、また少し三人を繋いだ気がした。


 東へ向かって、歩き始めた。風が背中を押していた。

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