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酔っ払いと夜の闇

久しぶりに友人と会う約束をした私は、今日が何の予定もないのを良いことに、かなりの量を飲んでいた。
気がつけば夜も夜、深夜と呼ばれる時刻である。
名残惜しいながらも再会の約束をして別れ、電車も動いていないので歩いて家までのんびり帰ることにした。
おぼつかない足取りで鼻歌を歌いながら陽気に歩く。
そんな私の頭は、ろくに動いていなかった。
疎らにある電柱に照らされた夜道を線路沿いに歩いていると、何処を間違えたか見覚えのない森を気がつけばさまよっていた。
住んでいる場所は都会であったし、木が溢れ地面がコンクリートで覆われていない所なんて神社か公園ぐらいなものだ。
だから私は深く考えずに、真っ直ぐ進んでいけばその内抜けるだろうと安易に歩き続けた。
木の密度は進む度に密集し、下草まで鬱蒼と茂り出す。
それでも酔った私は暢気に足を進め続けた。
「あれぇ~?」
すっかり獣道の有様だった道の先には、小さなトンネルが合った。
明かりもない中は、真っ暗でどれだけ深いかも分からない。
普通の神経を持った人間なら、恐怖を感じて逃げ出していただろう。
しかし歩き疲れていた私は、とにかく眠くなっていた。トンネルの中は格好の睡眠場所だと思ったのだ。
雨が降っても凌げるし、車も通りそうにない狭さだ。
「ここにけってーい」
にやりと笑って小さな暗闇の中に入っていった。
さて眠ろう。と、腰を下ろした私の目に奇妙なものが映った。小さな明かりだ。
奥だけ照らすなんて不思議なトンネルである。
好奇心を刺激された私は、明かりの所まで行ってみることにした。
近づくと、それは蝋燭の小さな明かりだと分かった。
電気もあるこの時代に懐かしい灯火は揺らめいて、その傍に大きな人影があることを映し出していた。
「すみませーん、そっち行っていいですかぁ~?」
先客が居たようなので挨拶をしようと声をかける。
人影は身じろぎしてこちらに顔を向けたようだった。
「かまわん」
「ありがとーござーまーす」
お許しが出たので近くまで寄らせてもらうことにした。
近づくにつれ、その人影が大きな体躯をしている事が分かる。
小さなトンネルの中、縮こまるように背を丸め頭を下げて胡座をかいていた。
明かりを囲むように、その人の反対側に腰を下ろす。
正面から見たその人は着物姿に獣の皮をかぶった野生的な格好だ。
顔は暗くてよく見えないが、目の色だけが赤く不自然によく見えた。
「こんな夜更けに、突然済みません」
「なに、私も長く客も居らず退屈していた所だ」
きついコスプレにどんなオタクかと思ったが、良い人のようだ。
「しかし女人が、こんな所にどうして来た」
「友人と飲みすぎてしまって、道に迷ったんですー」
「酒か、酒は良いな。もう久しく飲んでない」
「禁酒ですかあ?」
「いや、酒だけではない。
こうして誰かと会うのも何時ぶりかわからん程だ。」
「それは寂しいですねぇ」
「全くその通り。
こうして貴殿に会えただけでも奇跡だな」
「いやいや、それは大げさですって。
・・・そういえば、名乗っても居なかったですねー。
八島奈々子と申しまーす。」
「これは失礼した。私は次郎也と申す」
「次郎也さんですか。
お兄さんでもいらっしゃるんですか?」
「おらんが何故?」
「次郎と言ったら太郎じゃないですかー。」
「ははは、そうか。残念ながらおらんのだ。
生まれてこの方、ずっと一人でなあ」
そう言うと、今まで楽しそうに喋っていた次郎也さんが少し沈黙した。
寂しいと思っているのかもしれない。
しかし酔っぱらいはそんな事を気にしなかった。
「私なんかは姉がいて鬱陶しいぐらいですけどねー。
仲も良くないし。
最近じゃ話もしないですよ。」
「もったいない」
「本当ですって。
さっさと姉が結婚したもんだから、私なんか比較されてまだ相手は見つからないのかーなんて親から言われますしー。
私まだ若いんですよー。」
そこまで言って、ふと鞄の中に飲みきれなかったアルコールが数本残っていた事を思い出した。
「そうそう、弱いお酒で良ければありますよー。どうですか?」
「誠か、是非!」
差し出された鋭い爪を持つ大きな手のひらに缶を乗せる。普通の缶なのに手が大きすぎて小さくみえた。
「これじゃ、足りないですねぇ」
「飲めるだけでもありがたい」
そう言って次郎也さんは飲もうとしたのだが、缶の開け方が分からないのかくるくると缶を回して首を傾げた。
「それはこうやって開けるんですよ」
次郎也さんの隣に移動して、缶を持ち上げて蓋を開けてみせる。
「どうぞ」
開けた缶を差し出す。次郎也さんは犬歯の見える大きな口に近づけると、一気に飲み干した。
「うまいな」
「それはよかったですー」
二本目を私に倣って開けると、今度は味わうように少しだけ口に含んだ。
「次郎也さんは此処に住んでるんですか~?」
「・・・住んでいるというより、住まわされていると言うべきだな」
「えーと。此処から出られないので?」
「ああ。この明かりが有る限り、忌々しくも出られんのだ」
「吹き消せばいいじゃないですか」
「私には出来ないらしい、そら」
おもむろに次郎也さんが手を蝋燭の中に突っ込んだ。
けれども熱がる様子もなく、火も幻のように風で揺らめかなかった。
「不思議ですねぇ。どんな仕組みなんだろ」
言いながら、私は忘れていた強い睡魔に再び襲われて大きな隣の壁に上半身を寄りかからせた。
「奈々子殿」
驚いた声が上から聞こえた。
けれども、眠くて仕方ない私は今更体を起こす気力も出ない。
「すみません、どうも、眠くって」
「・・・こうした方が安定するだろう」
そういって、次郎也さんは私の体を軽々と動かして胡座の真ん中に座らせた。
確かにそうさせてもらった方がゆったり出来る。
「ありがとうございますー」
本人からの了承も得たことだし、安心して私は横になった。
瞼も限界で目を閉じると、優しく頭をなでられる。
「奈々子殿は愛らしいなあ」
「そう言ってくれるのは次郎也さんだけですよう」
「・・・朝には帰ってしまうのか?」
「そうですねー」
「ずっと此処にいてはくれまいか」
「駄目ですよう、お嫁さんにする子以外にそんな事いっちゃあ」
「ならば嫁になってくれ」
「良いもの食べさせてくれるだけの甲斐性ありますかー?」
「この場所から出られたならば、飢えさせたりなどせん。
美しい着物も、玉を飾った簪も贈ろう。
住処は何処が良い?
珊瑚に囲まれた竜宮か、雲の上の頂か」
「美味しいお酒が飲めるところ」
「毎日極上の美酒を用意しよう」
「やったー・・・」
「奈々子殿?」
「んー」
「奈々子殿、」
「・・・ん・・・」
「約束ぞ」
「んー、う、」
もう眠くて次郎也さんがなんて言っているか理解出来ない。
ちらちらと瞼に揺らめく蝋燭の光が眩しくて、手でその明かりを煽り消した。
「なんと・・・」
次郎也さんの驚きに満ちた声がトンネルに広がる。
「誠、其方は得難き人よ!!」
大きな哄笑が反響した。
「全ての用意が整ったら、迎えに行く」
触れるだけの口づけを最後に、私の意識は闇へと消えた。


すっかり日は高く上って、明かりが洞窟のような場所を照らし出す。
私は目を覚ますと、大きく伸びをした。
「よく寝たー、って此処何処?」
居たのは落ち葉の敷かれたトンネルの上である。
私の寝ていた場所は窪んでいて、長い間誰かが居たかのように温かさがあった。
首を傾げながら其の場所を出ると、トンネルの入り口に石碑が立てられている。
「山神次郎也封印之地。ん?次郎也?」
聞き覚えのある名前に、昨日の情景が一気に蘇った。
酔って道を間違えたこと。
寝ようとこのトンネルに入ったこと。
次郎也さんと会話したこと。
思い出した内容に、冷や汗が出るのを感じる。
「・・・昨日、私が話していた人?」
石碑の達筆な字を頑張って読み解くと、どうやら人がこの地を開拓した時に封じられたこの辺りの主だったらしい。
今でもこの次郎也が封じられた周囲だけは、心が慰むようにとそのままにしてあると書いてあった。
「まさか、ね」
そんな事が現実にあるとは思えないが、それでも嫌な予感がした。
朧気ながら、もしかしたら、昨日なんだか結婚の約束したようなそうではないような。
二日酔いも忘れ、私はその場から逃げるように立ち去った。

後日忘れた頃に、約束の品を持った次郎也に妖怪の世界にご招待されようなどとは今の私には知る由も無かった。

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