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とある男子高校生の魔王な日常  作者: 沢森 岳
20/20

20.春休み

鈴木あきらの平穏な人生に転機あるいは厄災が訪れてから、あと少しで一年です。

彼は日常を取り戻せたでしょうか。

 春休みともなればもう桜の開花も近づいてくるが、朝晩はまだまだ肌寒い。野外活動同好会の俺は、野外になど出ずに相変わらず管理棟4階の宿直室でこたつに入っている。目の前にもうミカンは無くて、代わりと言っちゃあなんだが、串団子が置いてあった。


「やっぱりお団子といったら鶴丸堂よね!」

「ああ、そうだね」

「この時期ならではの桜餡もいいけど、やっぱりみたらし団子よね!」

「俺は普通のあんこがいいかな……って、俺の分は?」


「でもさ、これだけ美味しいものがいろいろ揃ってる世界で、こんなシンプルな甘味も現役ってのが面白いわ」

 そーいうものか。ってか俺の言葉は無視かい。

 俺が串団子に手を伸ばそうとすると、フジサワ先生は光の刃を伸ばして俺の手を斬ろうとした。マジで。


「それが聖剣の使い道かっ!」

「アンタさ、私を置き去りにしようとした事、ちゃんと反省してるの? まだ謝罪をしてもらってないんだケド」

「……」


 そう、あの日、俺はエリーをヴァーラに置いて帰ろうとした。


 バーゼリッツ枢機恊との関係性を断ち切り、ヤツの権勢を奪ってしまえば、エリーがヴァーラに帰還するに際しての懸念はもう無いと思ったからだ。作戦の最後の部分で嘘をついていたのは事実だ。けど、エリーをこの世界に縛る必要はもうないのだから。


 だから俺は、興奮冷めやらぬうちにさりげなく間合いを取って、帰還魔法を発動した。それなのに、エリーときたら、物凄いスピードで俺に抱きついて、じゃないタックルしてきた。さすがは勇者と言うべきか、その身体能力でもって安全と思われた間合いを軽く超えて、俺の腕を掴んできた。


 そして、振りほどこうとした俺を上回る速度で、なんと腕を齧りやがった。予想外の仕打ちに俺は眩暈がするほど痛かったが、転移が終わった途端に今度は頬を張り倒された。

 これも星が瞬くほど痛かったが、

「ばかー!」

 と鼓膜を破らんばかりの罵倒と共にエリーは宿直室を出て行った。


 それ以来学校でもほとんど顔を合わせず過ごしたが、春休み最初の掃除の日、宿直室に来てみればフジサワ先生はこたつでぬくぬくと茶を飲んでいた。



「オマエをこっちに寄越したのってさ、結局バーゼリッツの権力欲だろ?」

 或いは、エリーの優れた能力に対する妬みか。

 何れにせよ、バーゼリッツの失脚と禁術に関する資料の喪失で、エリーが狙われる危険は解消できたはずだ。だったら俺の、この世界での人生なんかにだらだらと付き合わず、さっさと帰ったらいいのに。


「アタシを騙そうとしたって点では、アンタもおんなじよね?」

「お、同じって、それはあんまりじゃないかな」

 あいつと同じって言われるのは凄く嫌だ。

「一人で帰ろうとしたのを黙ってたのは悪かったよ。けどさ、エリーの為にもその方がいいかなって……」


「あぁ? なんでその方がいいのよ! アタシがそう言ったわけ!?」

 めっちゃ怒ってる。むしろ怒りに火をつけちゃった感じか。

「せっかくアンタの伝記を書いてやろうかと思ったのに!」

「絶対嫌、って言ったじゃん」

「言ってない!!」


 伝記を書いてやってもいい、ってのは嬉しいけど。

 けどもう、俺の死亡を確認するまで待つ必要はないでしょ?


「っていうかサ、ああでもしないと俺が踏ん切りつかないかな、って思ったんだよね、正直言うと」

「踏ん切りってなによ?」

「いまさら、エリーが居なくなっちゃうと、俺だって寂しいじゃん?」

「いっ……」


 絶句してるし。

 元魔王だからって、今は鈴木あきらだし、寂しいものは寂しいんだぞ。

「けど、俺のわがままにつき合わせるのは、やっぱ悪いかなって」


 ぽん、って音がしたようにフジサワ先生はエリーの姿に戻った。

 そして、おもむろにこたつから出て立ち上がった。

「おしっこ」

「トイレって言え!」

「うっさい」


 トイレは三階まで下りる必要がある。春休みだし俺たち以外に誰もいないとは思うが、男子校の階段を金髪の女子高生相当の女の子が上り下りする姿はきっとシュールだ。遠くから目撃した人がいれば、幽霊か何かと勘違いするだろう。


 つまりだ、今の状況は俺にとって悪くない、というよりはっきり言って嬉しい。でもその本音のところ、俺のエゴをバラしてしまった。エリーは気分が良くないかもしれない。その証拠に、なのかどうかよく分からないが、エリーはなかなか戻ってこなかった。


 しばらく静かな時間が過ぎて、手持ち無沙汰な俺がお湯を沸かそうとこたつから出ると、ドアが開いた。

「ただいま。はいこれ、アンタの分」

 その手には鶴丸堂の紙袋が。


「エリー……、な、仲直りしてくれるのか?」

「許してあげる。そのかわり……」

「ありがとー!」

 俺は思わずエリーを抱きしめた。


「きゃっ」

 なにそのカワイイ声。そんな反応今までなかったよね?

「ん? なんだよまるで女の子みたいじゃ……」

「え……」

「え……」


 あ、これやばいやつ。

「女の子だよ! やっぱ許さなーい!」

「え~!」


 俺が鶴丸堂の串団子にありつくには、もう少し時間が必要になった。


 それから、フジサワ先生は、どうやら来年度も、我が校にいてくれるらしい。


異世界転生で、魔王と勇者で、俺ツエエがザマアして、男子校でアウトドアで。

余は満足じゃ。


串団子最高です。

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