19.勇者は世界を救わない
バーゼリッツ枢機協は、研究と称して色々な器具を作り出しているようです。
主に自分の為、ってのがなんとも。
不意にドアが開いて、そこから鈴木あきらが顔をのぞかせた。
「そろそろいいですか~?」
緊張感のない声だ。
「なっ、何故ドアが開く!?」
たしかに魔力による鍵を掛けたはずだ、とバーゼリッツは直近の記憶を辿ってみた。
それに、衛士は何をしているのか、という疑問も湧く。
「アキラ、入って来ちゃダメ!」
「黙れっ! 貴様は動くな、喋るな!」
そうするとエリーはもう動いてはいけないという思いが増大し、しゃべってはいけないという気持ちでいっぱいになる。
「おい、キサマ、従者風情が何をしている? 衛士はどうした?」
と言われても、俺は意に介さず部屋に踏み込んだ。
すると、背後で扉がやはり勝手に閉じた。一瞬だったがバーゼリッツがにやり、としたのを俺は見逃さなかった。
「俺を取り押さえようとしたお二人さんなら、あっちの部屋で寝てるよ」
俺は振り向かずに背後を指さした。
「まったく、主人が主人なら従者も従者だな。そこで止まれ!」
バーゼリッツがかっと目を見開いて俺を睨みつけると、何やら体を取り押さえようとする魔力を感じた。
「ふん、エリーと違って奴隷にする価値もないな。きさまは……、っはびゃら!!」
俺は幾らか抵抗は感じたものの、歩みを止めずにまっすぐ奴に近づいて、無言のまま右フックを見舞ってやった。
「は? な、なぜ動きぶほっ!!」
屈んだところを腹にもう一発、身体強化を施した左アッパーを見舞ってやった。そして無様に床に倒れ込んだバーゼリッツの尻を、今度は左足で蹴り上げた。
「き、きはまっ、このぉげぼお!!」
性懲りもなく俺に向かって何やら魔法を放とうとしたので、先に圧縮空気を投げつけてやった。吹っ飛んだと言ってもこの部屋の中だ。俺は背後からバーゼリッツの首を掴んで床に押し付けた。
「おい。きさま、エルフィール様に無礼を働いたな? 許さんぞ」
俺が手に力を込めると、爪が首筋の薄い皮膚を裂いて血がにじむ。
「なぜだ、なぜうごげる、ぎざまなにものだ!!」
「俺はエルフィール様の従者だからな、この程度の結界どうってことねえ」
おおよそ十分の一に魔法の威力が減衰する結界が張ってある。
だからなんだってーの。エリーと戦うのでもなけりゃ、十分の一でもこの通り、充分なんだよ。
俺とエリーは魔力制御の訓練を続けてきた。その甲斐あってエリーは飛躍的に実力を伸ばしたし、鈴木あきらの身体にも随分と魔力が馴染んできたようだ。
「は、そうか、エリー、この者をおとなしぐへっ!!」
俺はバーゼリッツの首を掴んだまま床に叩きつけた。とはいえ分厚い絨毯が敷いてあるから死にはすまい。今の時点で死なれると、それはそれで面倒だからな。
「息の根を止めたら喋らなくなるかな? 俺はそうすべきだと思うか?」
「ま、まへ、まっへ!!」
少し待った。だが手に込めた力は抜いていない。
「おい、まずはエルフィール様の首輪を外せ」
「そ、それは無理だ。もう外れない」
このジジイはまだ何とかなると思っているのか、じたばたともがく。
「じゃあ、お前に用はないから死ね」
俺は遠慮なく手に力を込める。ゆっくりと、視界が赤く染まるように。
「まてまへ、まっ、わはった、ひゃめへぇ!!」
俺はバーゼリッツの首を掴んだまま引きずってエリーの背後に回る。その方が首輪にアプローチしやすいと思ったからだ。
「早くしろ。オマエの首は何時でもへし折れるぞ」
バーゼリッツは震えながら手を首輪に添えて魔力を込め、そして黒革はきれいに外れ落ちた。
「は、外したぞ、だがらもう、ごの手を放せ!!」
「うるさい」
俺はもう一度絨毯にバーゼリッツを押し付けて黙らせた。鼻血でも流しとけ。
「だいじょうぶですか、エルフィール様」
「う、うん。だいじょうぶ、みたい」
それを聞いて俺はやっとバーゼリッツを解放してやったが、許すつもりはなかった。
「オマエ、嘘ついたね。エルフィール様に土下座で謝れ」
バーゼリッツは息を整えてから、ふらふらと立ち上がったが、よろめいて壁際に手をついた。すると壁の一部が引き出しのようにせり出し、その中にあった濃い紫色の大きな結晶をバーゼリッツは掴んだ。
「ぐ、くくく、なにが土下座だ! ごうなっだら、貴様らまどめて塵にしでやる!!」
あれは、魔力の結晶、魔晶石だ。しかも国宝級に大きいから、相当な魔力量を貯留しているに違いない。この部屋の魔力抑制結界と相まって、厄介と言えば厄介だが。
「愚弄しおっで! ごの私に指図しようなどと! 許ざんぞ!」
鼻血を拭く余裕はないようだ。いったいどんな禁呪を用意していることやら。
「エルフィール様、やっちゃって下さい」
エリーはここしばらくの俺との訓練の結果、魔力の制御が見違えるほどに上達した。やはり類まれなる素質と言えるだろうし、真面目に取り組んだ努力の成果でもある。壁際で鼻血を垂れながら強がるオヤジの認識をとうに超えているのは、俺には容易に解かる。遠慮や躊躇いさえなければ、エリーがバーゼリッツに後れを取る理由などない。
「バーゼリッツ様、終わりにしましょう」
エリーの手には聖剣ダーナレグが顕現し、光の刀身が瞬時に伸びたかと思うとバーゼリッツの右腕を貫いた。
「ぐあっ! きざま何故うごける!? この部屋でなぜ魔力を行使できる!? いったい何をしたアア!!」
たまらず魔晶石を取りこぼして呻いたバーゼリッツとの間合いを詰めて、エリーは派手に平手打ちを食らわした。反対側からもう一つ食らわして棒立ちにさせると、腰を落として足を踏ん張ってからの掌底を鳩尾に叩き込んだ。俺の戦い方に倣ったのかもしれない。
「はばっ、ぐふおうっ!!」
とどめとばかりに踏み出した足を軸にしてくるりと回ると、勢いをつけた踵が腕を折りながら脇腹にめり込んだ。倍ほども体重のあるバーゼリッツの体は、別の壁際まで吹っ飛んで派手な音を立て、そして静かになった。
「おっさん、アンタの目の前にいるのは小娘なんかじゃない。勇者エリーなんだぜ?」
息も絶え絶えで、ちゃんと聞こえているとも思えないが、別にどうでもいい。オッサンに向かって言い捨ててから、俺はエリーに向き直った。
「吹っ切れたか?」
「まあ、ね」
「じゃあ、仕上げといこうか」
俺は壁際のオッサンに近づき、エリーが刺し貫いた右腕を無造作に掴むと、流れる血を辿り体内の血流から思いっきり魔力を吸い取ってやった。魔力の枯渇は人により命にも係わるが、お構いなしで。
それから、背嚢から何かの弾頭部分にそっくりな金属塊を取り出した。
「これを触媒に使って、爆弾の爆発を魔力で再現しようと思ってな」
火炎の魔法ならともかく、爆薬の炸裂を魔法で再現したことは俺もない。ヴァーラに爆弾はないのだ。だからイメージを確たるものにするアイテムがあった方が良いかと思って用意してみた次第だ。
「この部屋にはヤバいアーティファクトが沢山あるみたいだから、木っ端微塵にしちまおうぜ」
楽しそうに俺が言うと、エリーもまた楽しそうに、笑顔で応じてくれた。
「大賛成だわ」
§
俺たちは仕掛けを終えると最寄りの城壁の上に陣取って、陽が落ちてすっかり暗くなった街並みを見下ろした。
「結構距離があるけど、うまく行くかな?」
「大丈夫さ。その為にプッシュスイッチも持ってきたからな」
俺は掌に隠れる程度の把手の先端にある、実のところ何の機能もない飾りだけのボタンを親指で押しながら、我が校の大先輩の声色を真似てみた。
「任務完了!」
刹那、さっきまで俺たちがいた枢密院の一角は、紅蓮の炎と共に炸裂し、轟音を残して粉微塵となった。
「わーお、派手にやったわねー」
あわせて枢密院のそこかしこからは火の手が上がる。協会にとって貴重な資料は、よく燃えることだろう。夕闇に映えるその燃えっぷりをしばし眺めてから、俺は伸びとともに深呼吸をした。
「よし、憂いは絶てたな」
二三歩あるいて、くるりと向き直る。
「んじゃまあ、俺は帰るよ。じゃあな」
俺はおもむろに帰還のスクロールを手にして魔力を込めた。
「えっ、ちょっ、それ私のスクロール!」
§
あくる日の王都では枢密院の大火で大騒ぎとなり、それに比べれば目立たなかったが、中央広場に全裸で横たわる意識不明の壮年男性も話題というか問題になった。その男は全裸に靴と靴下だけはきちんと身に着けて、首には黒革のベルトがぴったりと巻かれていた。
そういえば、帰還のスクロールも秘術を収めたアーティファクトですわな。
自分の元居た世界への帰還しかできませんが。




