15.寒稽古
一時間早く学校へ向かうなら、お弁当を作るのも一時間早くなります。
大変ですよね。
しかもお腹が空きます。 ……たぶん。しらんけど。
冬休み明けの我が校には、「寒稽古」というこれまた伝統の行事がある。
柔道部、剣道部、弓道部の部員たちが夜明け前から登校し、朝稽古に励むのである。が、それだけではない。それ以外の者たちは、やはり同じく夜明け前から登校して、こちらは六分の一マラソンを走る。朝日を浴びながら、約七キロメートルのロードコースを走ってくるのだ。
要は全校生徒が早朝に登校して、なにかしら体を動かすイベントに参加する。わざわざ寒くて日の出の遅い時期に一週間ほどそんなことを行うのは、精神の鍛錬の為、という。保護者達にも負担が掛かるのは自明だが、きっと保護者にも精神の鍛練を求めているのだろう。
高校生ってタイヘンだな、と思っていたら、どうやら他の高校にはそんな行事はないらしい、って知ったのは後になってからだ。俺は毎朝殆ど一番乗りで登校するんだが、この時ばかりは他者に譲る。妙にやる気を出す奴がいるんだよね。そしてそれは悪い事じゃない。
寒稽古の一週間も今日で最後となる金曜日、俺は部室の清掃のために四階の宿直室へとやって来た。するとそこには布団が敷きっぱなしになっていて、それどころか空き缶が部屋の端にたくさん置いてある。
「さては、朝早いからってここに寝泊まりしてやがったな」
もちろん、フジサワ先生の事だ。
夜明け前に鍵を開けなくちゃならないから、そんな役割を買って出る人がいれば喜ばれるのだろうな。まあそれは良いとして、目の前のコレを片付けなきゃいけないというのがなんか釈然としない。今日はしらばっくれて帰ってしまおうかと考えていると、後ろで扉が開いた。
「あら、もう来てたの? さては今、私の布団に潜り込もうとか考えてた? きゃー」
「ふざけんなコラ」
「なによ先生に向かってその態度」
「可及的速やかに廃棄物の処理を実施してくださいませ先生」
明日はまた野外活動同好会の活動日だ。その準備をしたいんだよ俺は。
§
明くる日、俺たち野外活動同好会のメンバー二人は、どこぞのキャンプ場へは出掛けず、学校にいた。今日は管理棟の屋上で野外調理実習だ。と言う名目で燻製を作る。燻蒸なら炎が表に出ないし、においや煙は上空に拡散してしまうから、ごまかせるだろうという目論みだ。
「メンチカツも燻製にしてみようかしら」
「それはどうかなあ……」
俺は燻製の具材にすべく卵を茹でながら、俺の分のメンチカツはそのまま食べたいなとか考えた。フジサワ先生はオレンジとリンゴを買ってきて、どうやらサングリアをホットで楽しむ予定のようだ。
目の前で嗜まれると俺も飲みたくなるんだよなー。
「飲むのは夜になってからにしてくれよ。それ前にヴァーラに行くぜ」
「調べたい事があるって言っていたわね。何なのか教えてくれる?」
「プライバシーに関わるからそれはちょっと。エリーは久しぶりのヴァーラを満喫しててくれよ」
「あっそ」
§
俺たちは、前回と同じ丘の上に帰還及び転移を果たし、日没に落ち合う約束で別れた。エリーはなぜかフジサワ先生の姿のままで、服装だけを変えて城壁のある街へと向かっていった。
俺の向かう先は、丘の下に流れる川のずっと上流、ピティナ村だ。村には水量豊富な泉があり、名水として有名だが俺は行ったことが無いので、川に沿った街道を上流へと向かってどこかで道を尋ねることにした。
うねる丘を避けるように道が曲がり、背後に森が見えたところで前方に馬車が一台佇んでいた。
佇んでいる? いやいやあれは、そう、襲われているぞ、野盗か何かに。
俺はすぐさま大きめの火球を一発、馬車の上空に発現させた。大きな音と熱風で皆が驚き狼狽えたところに近づいて、俺は馬車の隊商らしき一団の味方をすることにした。野盗は身なりから明らかに区別がついて分かりやすい。
「魔術師だ! やべえ!」
ヴァーラでも魔術師は少数派だし、大きな火球を操れる者は更に少数の高位術者だから、そんな奴を相手にするのは割に合わない、ってのはチンピラでもわかることだ。
野盗どもは今回の襲撃は運が無かったと早々に諦めて逃げ出すが、俺は手近にいた三人ほどを空気の塊で殴り倒してねじ伏せた。
こりゃあきっと正確な道のりを教えてもらえそうだ、とほくそ笑みながら。もちろん、盗賊どもからは全員武器を取り上げて、ついでに所持品も巻き上げた。この地域で使える貨幣が少しだけ手に入って喜ばしい。
「だいじょうぶですか?」
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
この隊商には馬に乗った護衛の戦士が一人いたが、こちらは火球に驚いて馬が暴れてしまい、頭目と思しき男を取り逃がしてしまったとか。そちらには俺から、いきなり火球を使ってしまった事を詫びて、賊から取り上げた武器を全部譲った。
というか、俺はそもそも武器はいらないので、余剰物資で信用を買ったようなものだ。そして、一番重要なことだが、俺はピティナ村への道のりを丁寧に教えてもらうことが出来た。なんというRPG的展開。幸先良いぞ。
馬車の隊商と別れた俺は、自分の体を浮遊させ、後ろから風を当てることで滑るように移動した。馬でも調達できれば良かったんだろうが、それだけの現地通貨は持ち合わせないし、まあ魔力ならこの世界では潤沢だ。
もっと上空を飛ぶことも出来るが、案内してもらった道順と照合しにくいので、俺は馬上と同程度の目線で街道に沿って滑空し目当ての村を目指した。途中で川辺に綺麗な花が咲いている所があって、そこで休憩がてら喉を潤したが、もう村のかなり近くまで来ているようだった。
俺はそこからは歩いて村の入り口に向かい、あえて年配の女性をつかまえて尋ねてみた。
「私は勇者エリーことエルフィール様の従者を務めております、アキラと申します。エルフィール様の御両親の墓前まで道案内をお願いできませんか? 花を供えさせてください」
俺はさっき盗賊から巻き上げた金の一部を案内賃として提示し、快く引き受けてもらった。狙い通り、年配の女性はこの村にいたころの幼いエリーを見知っており、寧ろ女性の方から知り得る限りのことを話してくれた。
それはもう村の墓地への道すがら、途切れることなく思い出話が溢れて、そしてご両親の不幸を悼んだ。俺は墓前に花を供え、最後にピティナの泉への道順を聞いてこの年配の女性と別れた。
ピティナ村の聖なる泉はこの地方では古くから有名で、故に村は大きく比較的豊かであった。豊かな水はこの地を潤し実りを支えるだけでなく、経済的にも村を潤している。
清き泉のエルフィールとは、勇者エリーを称える言葉の一つだ。
だからエリーの出身地はこの村だろうと推察したが、正解だった。さすが俺。
エリーの御両親の没年は約十年前。その際にエリーは孤児となり、協会に引き取られた。しかし孤児は誰でも協会に引き取られるかというと、そんなことはない。むしろ珍しい事例だ。考え事をしながら村の中を散策して遠回りに泉の畔にたどり着くと、そこには見知った顔があった。
「まお……アキラ。やっぱりアンタだったのね」
「あ、エリー……様」
本来の姿に戻ったエリーが、そこにはいた。
せっかくごまかしていたのに、エリーに出くわしてしまいました。
はたして墓参りの目的は?