16.寒稽古(2)
勇者の聖なる力は清き泉のごとくとかなんとか。
協会のイメージアップにも使われていたようです。
「気を悪くしたなら謝るよ。オマエにとってはあまりいい思い出じゃないんだろうなと思ってサ」
「まあいいわ……。それよりも、何をこそこそと嗅ぎまわっているのかしら?」
こそこそとしたつもりはないが。
俺たちは村をあとにして下流の町へと向かっている。もちろん空を飛んで。
「俺の人生の安寧に、何が一番の障害なのか、ってのを探ってる」
「障害……」
エリーはいきなり俺の手を掴んで急降下した。
降りたのはピティナの泉から流れる川の大きな中洲だ。
「わかるように話しなさいよ! 私じゃアンタに敵わないでしょ? 悔しいけど。アタシの身辺を探っていたんじゃないの!?」
「それは違う。オマエとは共闘関係だから、障害じゃない。確認したいのは協会の所業さ」
「協会の……?」
川の中州で立ち話もなんだから、俺たちはとりあえずシュタイアの町へと移動することにした。エリーが丘の上から眺めていた、城壁のある比較的大きな町だ。
町での混乱を避けるためエリーはフジサワ先生の姿に再び変わるが、俺は当然鈴木あきらのままで、勇者エリーの従者という肩書は捨てて単なる旅人になる。
「そういえば、やっぱりアンタだったのね、って言ったのはどういうことだ?」
「アンタが墓前に供えてくれた花を包む紙だけど、あんな上等な紙はヴァーラでは殆ど見ないでしょ」
「あー、しまった」
「詰めが甘かったわね。でもまあ、嬉しかったわ」
俺たちは素知らぬ顔で城壁を飛び超え、路地裏に降り立った。フジサワ先生の中の人にとっては勝手知ったる我が町なので、その案内で俺たちは料理の美味い店に落ち着いた。
「二ホンの料理はおいしいけど、味付けがクドイって感じることがあるのよね」
「ふーん。そんなものかな」
俺たちは敢えて他の客がいる喧騒の中に身を置いた。旅人たちも多く行き交う町だから、珍しい服装や風貌もあまり注目されることもない。俺にとっては十数年ぶりになるヴァーラの料理は、なんだかやっぱり懐かしい味がした。
「ところで、アンタが調べた(協会の)所業って何よ?」
「伝えるのは構わない。が、覚悟をしてもらう。オマエにとってデリケートな内容だ」
口の中のものを嚥下してからフジサワ先生がゆっくり頷くのを確認して、俺は話し始めた。
§
十年ほど前に、ピティナ村のはずれで村人が狼の群れに襲われる事件が起こった。襲われた村人は村の境界内へと逃げ込もうとしたものの、逃げきれず命を落とした。命を落としたのは三名ほど。そのうち二名がエリーの御両親だった。
そして、そこにたまたま通りかかった(協会の)魔術師数名が駆けつけて、荒ぶる狼を撃退して事を収めた。その事件でエリーは孤独の身となり、憐れんだ魔術師たちから申し出て(協会に)引き取られていった。
「そう、聞いているわ。私は現場にはいなかったけど」
協会にとっては、まるで美談だよな。
「そういえば村のおばさんが自慢げに話していたが、オマエはもうその頃から魔法が使えたんだって?」
「え、……うん。あの時、私がもっと強かったら、助けられたのかな……」
五、六歳で魔法が使えたなら相当な素質だろうし、その気持ちがエリーを強くしたんだろうな。
「まさに、そこが俺との違いってわけだ」
フジサワ先生はきょとんとして、俺の言葉を理解し損ねた。
「俺も、村が襲われて、両親が狙われた。村のはずれで、数頭の狼にな」
「アンタ……も?」
だが、俺はその時すでに十一か十二歳で、たまたま通りかかったという魔術師数名の目の前で、狼どもを広範囲に地面ごと消し飛ばした。焦って調節がうまく出来なかったんだ。
俺を恐怖に歪んだ顔で見つめてバケモノ呼ばわりした奴らに、俺は従おうとは思わなかったし、その事件が原因で村にも居づらくなって飛び出したって寸法だ。
「俺の生まれは山間の小さな村だから、村はずれに狼が出没したことを不審には思わなかったが、ピティナ村は違う。或る程度の人口を擁する大きな村の領域内にまで、数頭の狼が人を襲うために突入するなんて、どう考えてもおかしい」
「そ、それは……」
「そして、たまたま通りかかった(協会の)魔術師が狼を撃退する、って筋書きまでおんなじなんだよな」
大食いなフジサワ先生のフォークが止まった。
「(協会が)そんなことをする、理由は?」
「(協会の)勢力拡大か、或いは(司協自身の)権勢を高めるため、かな」
俺の村を狼が襲ったときに、たまたま近くを通りかかったのもバーゼリッツ司恊だった。
筋書だけではなくて、配役までも同じなんだよ。
俺は協会の手駒にならなかった。それどころか、敵対したと言って良い。だから、次に狙ったエリーにはもっと幼い時点で目をつけて、協会に盲従させようとしたんじゃないか。
「(司恊様は)私にとても良くしてくれたわ。そんなこと……信じられない」
エリーからすれば、自分を手駒として得たいがために、協会によって両親が害されたという事になる。信じがたいのも無理はない。
「確実な証拠はない。が、俺の考えでは限りなく黒いな」
勇者エリーの資質を見出し、育てたことでバーゼリッツ司恊は協会内で確固たる地位を築いた。そして協会に仇成す男(とは前世での俺だったが)を魔王と呼びその危険性を喧伝した上で成敗する。大きな力を持つ俺とエリーは、二人ともマッチポンプに使われたんだと思う。
「ごちそうさま……」
まだテーブルの上には料理が残っているにも関わらず、フジサワ先生はそんな言葉を口にした。おおごとだぞこれは。
俺たちは食事処を出て宿屋を探し、姉弟ですと偽ってツインルームに宿泊したが、次の日の朝、俺が目を覚ますともうフジサワ先生はいなくなっていた。
「音を消す魔法を使ったな……」
猪突猛進なところは直らんな~。
俺はエリーの気配を追跡して、なんなく町の外に出たところで捕まえた。行動が合理的じゃないあたり、昨日のショックをまだ引きずっている様が手に取るように分かる。
「どこへ行くつもりだ? 俺を出し抜こうなんて百年早いぞ」
「確かめてくる」
「何を? 誰に? ってか、直接司恊様に聞いてみよう、とかアホなこと考えてないよな?」
「……アホじゃないわよ」
やっぱり直接聞いてみようと考えていたな。
そこに悪意があったならなおのこと、素直に真実を話してくれるわけないだろうが。
「今日は駄目だ。オマエに危険が及ぶ恐れを考えると看過できん」
「明日ならいいっていうの?」
「一旦落ち着いて考えを整理してからだ。オマエだって、司恊を疑ってるからこそ確かめようとしているんだろうが!」
俺はエリーの手を掴んで力を込めた。
「俺だって真実は知りたいんだよ。置き去りにするな」
手をつないだのをこれ幸いにと、俺はすかさず帰還魔術を発動させたのだった。
帰ってみると、分針は少しだけ進んでいて、止まっているわけではないとだけ確認できた。
寒稽古の期間は、放課後の部活動はミーティングのみで終わるところが多く、俺が帰る頃には殆どの生徒はもう学校内に残ってはいなかった。
孤児を救った、のではなく孤児を作り出した、としたら……
鈴木あきらもおこです。




