百人切り
――さて。
互いにファンブルが出た。
それでもハウスルール適用で、出目はこちらが不利。
たった一人で三人の達人を相手にしなけでばいけない狛彦――ではなく、雑魚の群れを相手取る奏介が拙い。
要人警護の為に造られた武、護法戦舞踊だけあり、狛彦よりも粘れるだろうがそれでも一対多だ。崩れれば、一気に行く。「――」。だから狛彦は呼吸を深くした。
錬氣呼法。吐き出す息が身体の内で熱され、白く曇る。
構えは眼前に鉄鞘に納めた倭刀を掲げて、前傾姿勢の拝み。
――突っ込み、斬る。
馬鹿でも分かるその構え。
「――」
それ故、今代呂布も錬氣で応じ、静、と身体を沈めて方天戟を構えた。
利器による有利不利で言えば――倭刀である狛彦が不利。
間合いが違い過ぎる。
建造物の中であれば長さが足を引っ張るが、この環境ではソレも無し。
だが――
今代呂布を名乗る達人の首筋が、ちり、と焦げた。
馬鹿な。その思考がある。
相手の手は読めている。そして状況はこちらが有利だ。時間を掛けるだけでターゲットが死んで、仕事は成功する。だから。だからアイツは読まれている手を打つしかない。
それは負ける為に打つ一手だ。
如何に速くとも、如何に力強くとも、来ると分かっている一手を捌けない道理はない。
だが――
だが、それでも――
――拙い。
積み上げた経験から来るその直感。斬れる。斬れるのだ、目の前のアレは、あの分かり切った一手で以ってこちらを斬れるのだ。
「――」
無意識に唾を嚥下し、無意識に少しだけ重心を動かした。
僅かだ。だから今代呂布の意識の外側でソレは行われた。
半歩もない後退。靴の中で軽く足を動かした。それだけだ。それだけだが――
「ッ!」
狛彦に咎められたことにより、今代呂布は己が退いたことに、そして何より隙を晒してしまったことを自覚した。
爆ぜる様な一歩。
拍動すらも調整して狛彦が疾走する。
――速い。
それに驚きながらも、返って頭の中は冷静になっていた。
速い。確かに速い。だが――速いだけだ。
それは達人が誇るべき強さではない。
それ故、少しだけ頭が冷えた。
「――」
間合い。未だ遠く、剣の間合いでは無く、戟の間合い。
斬れる。アレはこちらを斬れる。もうそれは認める。もう認める。だが――こちらもあちらを斬れる。それもまた事実。
「おぉっ!」
故に、先ず一手。
戟を払い、横薙ぎにて地面を削る。砕かれたアスファルトの弾丸が真っ直ぐにこちらに迫る狛彦に突き刺さる。
相対速度により増す威力。生身の狛彦相手であれば肉を容易く抉り、骨すらも砕くであろう崩しの一手と言うにはあまりに凶悪なソレが全て眼前に掲げられた鉄鞘にて弾いて逸らされる。
「――ッ」
仕留められる。
そんなことは思って居なかった。それでも多少の速度は削れるとみていた今代呂布の顔に焦りが浮かぶ。
――欠片も緩まぬその速さ。
見事。自分に向けられたモノでなければ称えることも出来ただろうが、今の今代呂布にその余裕はない。緩まぬ速さは間合いを喰らい、戟の間合いから刀の間合いへと変わりつつある。
一方的に打てるのは、残り一手と言ったところか――。
それでもまだ刀ではなく、戟の間合い。
その時間と距離を十分十二分に今代呂布は使う。
速さに価値は無い。
力強さもまた然り。
達人である以上、誇るべきは――巧さ!
「ぬぅん!」
払いを加速に変え、横薙ぎを振り下ろしへ。
一度背中に戟を通すことにより敵から間合いを隠す技の名は“影抜き”。南派虎撃流が十二番。名に違わぬ影を追い抜く様に錯覚させる虚より放たれる一撃である。
刹那の間に、戟が狛彦の頭上に現れる。
左右に避けるは不可。
受けるにしても止まる。
何れにしても狛彦の“速さ”はそこで終わる。それなのに――
「っ! 見事ッ!」
自分に向けられたモノであるにも関わらず、今代呂布の口から思わず賛辞が零れ出た。
バネの様に勢いよく。それ以上に虎撃流の使い手である今代呂布の目標である虎の様にしなやかに狛彦の身体が動いていた。
――まるで、水の様。
それは攻撃を逸らされた者が良く使う比喩だ。
その例で言えば狛彦の為したソレは水の様ですらなかった。
身体を起こし/鉄鞘で触れ/振るう
水とは違う明らかな意思でもって今代呂布の放った渾身の影抜きは狛彦の走り去った痕を狙い、落とされる。
紛れもなく、絶技。
そして疑いようもなく、刀鞘術の基礎。
狛彦の年齢で基礎をそこまで仕上げていると言うこと自体が既に奇跡の様なモノだ。
あぁ。だが。だが、それでも――
今代呂布の顔が勝利の匂いを嗅ぎ取り、歪む。
見事。見事である。見事では、ある。
だが、それでも――利器の差。
ある。あるのだ、倭刀でなく、方天戟であればこの状況からも打てる一手が。
方天戟の二つの月。その刃、三日月型の月牙は引き戻る際にも利器としての役割を果たす。
即ちこれこそが南派虎撃流が十三番、“影追い”
影抜きが不発に終わった際に放たれる猟犬の一手である。
凌いだ後の隙。そこを狙い、狛彦の背後より月牙が迫る。取った。その思考。「烏丸流刀鞘術が一手」。その思考を咎める様に「虎梅」。狛彦の声。
「――――――――――――――――――――」
見事、であった。
先程見せた逸らしよりも更に。
それでも今代呂布の口から賛辞の音が出ることは無い。
引く月牙に合わせられたのは鉄鞘の先端。
少しでもズレれば刃が暴れて背後より迫ると言う中、一瞬たりとも振り向かずに、僅かのズレもなく勢いを喰う鉄鞘。
そして喰った勢いの行き先は、右に握られた倭刀の柄。
虎が獲物の喉に食らいつく様に、抜き放たれたその柄は今代呂布の喉に突き刺さっていた。
「――」
無音を吐き出し、喉を抑える様にしてうずくまる今代呂布。その露わになった首を狛彦の一刀が砕く。斬りはしない。刃を返して、峰で打った。
それでも金属の棒による一撃だ。
場所が場所なので、後遺症などが残るかもしれないが――そこは殺し屋。
首を落とさなかっただけ未だ優しいのだと諦めて貰う。
手には骨を砕いた感触。その残滓を感じながら、狛彦が腹の中の熱の残りを濾す様にして吐き出す。呼法に寄り練られた氣血が奔る体内はどうにも熱い。それでもその熱が今は頼もしい。
先ずは、一人。
残りは――二人。
だから――
だから、狛彦は――
「……次」
来い、と煽る様に手招きをして見せた。
――次。
傲慢とも言える狛彦のその言葉に、目線での打ち合わせも無しに前に出たのは鉄鞘に入った倭刀を持つ刀鞘術師だった。
狛彦と同じ得物。
構えも狛彦と同じ拝み。
つまりは――狛彦と同門。
刀鞘術は変わり種ではあるが、それなりにメジャーな武術であり、中でも烏丸流は名門であり、祖だ。
それ故、請負人の外法仕事で克ち合うことは稀に良くあることではあった。
「……」
それでもちょっと最近の引きは中々に素敵だな。そんな音にならない本音が狛彦の口の中で転がる。
練度はくらぶるまでもなく、下。
虎花とは比べモノにもならない。
それでも――刀鞘術師。
それも烏丸流。
「……」
そうなると流石に呼吸に余分なモノが混じりそうになってしまう。
そして同門はその狛彦の僅かな余分に何やら別のモノを見出したらしい。
「思い出したか?」
どこか得意気にそんな言葉を投げられる。「――」。だがご生憎だ。狛彦にはさっぱり思い当たる節は無い。
「二年前の交流試合ぶり、か? 久しぶりだな、烏丸狛彦」
だが相手はあまり空気を読めないタイプのイキモノの様で、黙る狛彦から勝手に自分が都合が良い方向に話を進めだした。
どうやら去年合っているらしい。
交流試合。
烏丸流刀鞘術宗家である狛彦の実家の道場。そこで年一で行われる行事の名前が出される。他の街の道場から代表者がやって来て試合をする奴だ。狛彦も何回か出ている。どうやらそこで会っているらしい。「……」。それを念頭に、改めて相手を観察する。
黒髪黒目。
変異なしの人間。
同年代。
「……」
記憶にない。
「麒麟児。そう呼ばれていたお前に、あの時のオレは手も足も出なかった。……だが、今は違う」
そんな狛彦を放置して話は進んで行く。
まぁ、同年代で強いと思える同門にあったのは、虎花が初めてだ。つまり、コイツは大したことは無い。そんな油断。「――」。思わず過ったソレを首を振って追い出した狛彦だが――
「お前が出来なかった百人切り、オレは残り七人で達成だ」
「へぇ?」
その言葉に、思わず馬鹿にした様な笑顔が浮かんでしまった。
――百人斬れば“無”に至る。
それは、言葉が多少変わるかもしれないが、達人であれば誰もが知っている修行法だ。
“無”。
剣をして意の領域である一刀如意の先。
一刀如意を経て、広がりを見せた達人たちの思考が再び一か所にあつまる場所にして、ある種の到達点。
虎一が踏み込み、狛彦が目指した場所。
あの夜に見た『時を超える剣』があるその領域。
それ故、狛彦は去年の夏休み、丁度近くの都市が戦争を始めたので、のこのこと出向いてやろうとした。百人斬って“無”に至ろうとした。
結果は――まぁ、目の前の得意気な同門の言葉通りだ。
狛彦は失敗した。
そして今、そんな失敗した狛彦の前に『百人まで残り七人』と言っている同門がいる。
それで狛彦は確信した。勝ちを。だから、ちら、と奏介に視線を送る。こちらのやり取りが聞こえていたのか、軽く頷かれる。奏介も狛彦の勝ちを確信しているのだろう。その程度ならば粘れる、と言外にその目は行って居た。
狛彦と奏介だけではない。
それを聞いた残りのトンファーも諦めていた。自分も馬鹿な癖に、それ以上に組んだ相手が馬鹿だったので、絶望したのだろう。じり、と前に出る同門を盾に足を退き、逃げる体制を造っていた。
「……何がおかしい?」
そんな周囲の態度に、漸く同門は気が付いたらしい。
烏丸流刀鞘術が一手、瞬葛。
それは右の倭刀、左の鉄鞘用いての変則二刀構えから繰り出される、左右から間髪を入れずに繰り出される乱撃だ。
嵐の様な剣舞。巻き込まれた果ては斬られるか、打たれるか、そのどちらかだが――向けられた狛彦は動かない。
先程今代呂布に対して見せた基本にして秘奥。刀鞘術の捌きを為す。
二刀に対して、鉄鞘に刀を納めたままの狛彦は一刀。
手の数の違いはそのまま回る手番の数に繋がる。同門――黒瀬には狛彦の倍の手番が与えられ、彼はそれを生かして十全に刀を振るって見せるが――
「――」
如何な仕掛けか、狛彦の一が黒瀬の二を全て捌き、逸らし、虚空に流して見せていた。
――いや。
いや、それどころか黒瀬がしくじる度に、じり、と前に歩を進めていた。
それはまるで指導。
それも二つか三つは領域が違う者の行うそれ。
狛彦は黒瀬が何をしてくるかを完全に理解しており、黒瀬は狛彦に自分が何をするかを全て知られているが故に起こる一方的な上から下への指導。
「――っ、の――ぉ!」
戦いですらないその領域。それに黒瀬の噛み締めた奥歯が軋みを上げる。
“有り得ないッ!”
――目の前の男は、かつて烏丸流刀鞘術の麒麟児と呼ばれた男は、もう墜ちたはずなのだ!
神童も二十歳過ぎれば只の人。天狗になったのだろう。十五になる時にはそのメッキは剥がれていたのだろう。黒瀬を完膚なきまでに叩きのめしておきながら、その目に道着の端すら移さなかったあの琥珀色の瞳は、百人切りに挑み、失敗したのだ。
対して自分は残り七人。
もう既に“無”に手が届く領域。
本物の天才とは、本物の麒麟児とは――
“オレのことのはずだ!!”
放つは連撃。更なる猛攻。
桜火より始まり刃桜に繋げ、そこから空桜を経て貫桜で終わる技の連なり。
即ち、烏丸流刀鞘術が絶技――四季桜。
一手ではなく、絶技。並みの刀鞘術師では見ることすらも許されないソレを放ちながら――
“頼むッ……!”
黒瀬の内にあったのは祈りの言葉だった。
頼む、と。頼むから斬られてくれ、と。頼むからオレに負けてくれ――、と。
だが、それは悪手だ。
相手が神であれ、仏であれ、人の祈りが届くことなど稀なのだから黒瀬は祈りの言葉を刻むよりも、少しでも思考を回すべきだった。
「悪ぃが……少しバカ過ぎて同門として見てられねぇ」
現にこの時も黒瀬の祈りが届くことは無かった。
だから――
「アンタはもう、剣を置いた方が良い」
黒瀬の耳に届いたのはそんな言葉で、黒瀬の眼には――
「ぅ、ぁ?」
――斬り飛ばされた己の右腕が飛ぶ様が映っていた。
急性気管支炎で死にかけてた。
ばあちゃんが死んだ。
そしてジャンクバードの特典を書いたりしてたら恐れていたことが起こってしまった……。
更新間隔、開きます!!
九月三十日発売のジャンクバード(宣伝)の更新しないといけないから、週一くらいにさせて下さい!!
……あれ?なら間隔短く――
止めると止まるから止めない
そんなメンタル
なのでこっちもあっちも応援シクヨロでーす(^_-)-☆




