ファンブル
静の剣は心の剣だ。
そう言う意味では心が揺れやすい狛彦はやはりそちらの才能に乏しいのだろう。
例えば、鈴音。
産まれながらの達人であり、静の拳の申し子である彼女であるのならば、例え父親の死を告げられても揺れない。揺れず、尖らせ、深く潜り、拳の深度を上げる。
怒りに悲しみ。そう言った感情を爆ぜさせることなく、かと言って封じることもなく、静かに、そっと、鋭く研ぐ。
鈴音にはそれが出来て、狛彦にはそれが出来ない。
身内。大切な人を傷つけられた場合なら猶更だ。
それでも狛彦は静の剣を選んだ。
選び、鍛錬を積んだ。
そうである以上、流石に常人よりは立ち直るのは早い。
「? どうしましたか、狛彦くん?」
「……や、何でもないよ、リオンちゃん」
まぁ、美少女の胸を借りて泣けば大抵の男子は立ち直るかもしれないが。
時刻は夜。
人工的な雨は何時しか止み、そうしてから今度は人工的に太陽が落とされた積層都市の夜。
そんな中、狛彦とリオンが並んで歩く。
人通りは少ない。計画降雨を嫌ってのモノだろう。それは想像がつく。
「……」
――あぁ、クソ。やらかした。
口の中。音にせずにそんな言葉を転がす。
雨に濡れた土とプラスチック道路から昇る独特な『雨の香り』。そこに人の匂いと鉄の匂い、それと銃の匂いが混じっていることを狛彦の鼻が捉えた。
監視はされていた。間違いなく。相手はリオンを殺そうとしているのだから当たり前だ。だからこうなる可能性は頭にあった。あったが、あの時は動けなかった。動く気がしなかった。
――請負人稼業は何時だって“最悪”が起こる。
それは誰が言った言葉だったのか? 生憎と狛彦は覚えていない。覚えていないが、それは請負人達が知る世界の真理の一つだ。
囲まれていた。
数は一個小隊程だろうか? 三十と少し。四十は行っていない。多分。
上層の居住区画故にアサルトギアは持ち込めなかったのだろうが、それでも狛彦の“鼻”の範囲の外から囲み、逃げられる前に円を小さく出来るレベルの相手。
計画降雨の後で人が少ないとは言え、大胆過ぎる一手。恐らく警察機構に鼻薬を嗅がせているだろうが、ここまでの一手だと次は打てない。つまり、ここで決める気だ。「……」。まぁ、気持ちは分かる。相手の、この場合は狛彦達の打った一手が悪すぎる。馬鹿すぎる。弱った請負人を慰める為に護衛対象がろくな護衛も付けずに外に出る? 最悪だ。最悪だから、付け入る。当たり前だ。
サイコロを転がしたら何時だって出るのはファンブル。
請負人の世界では『こうだったら良いな』は無視されて『こうなったら嫌だな』だけが発生する。だから――
「サイボーグは自分が持つ。貴様は――」
「あっちの俺達用の達人三人っと――あいよ」
請負人は最悪に備えている。
狛彦とリオンの間に音無く、ふわ、と奏介が入る。嗅いだ匂いの中で一番嫌だった臭いで、嗅いだことのある匂いの持ち主。それが被衣と共に風に乗って柔らかく広がった。
まるでここは自分の縄張りだ、と主張するように奏介。
そんな奏介に背中を押される様にして狛彦は一歩を踏んだ。
――さて。
と、狛彦が視線を奔らせる。
方天戟、トンファー、それと――鉄鞘に収まった倭刀。
狛彦と鈴音と奏介。その三人を達人で足止めをして、その間に小隊がリオンを殺す。雇い主はそう言うプランだったのだろう。
だが殺し屋達は正面から来た。
「……」
多分、本職の殺し屋ではなく、兼業の荒事屋なのだろう。冷たい仕事に徹することなく、武人としての側面が前に出ている。
その証拠に――と言ったらアレなのだが、どうやら三流殺し屋達は武人として一人づつ来てくれるらしい。「……」。今度はあちらにファンブルが出て、こちらとは違ってそのバックアップも無かったらしい。雇った達人が馬鹿だ。非常に有難い。
そんなことを考えながら、鯉口を切り、重心を沈め――
「――――――――――――――」
錬氣。熱された白い吐息が口元から煙の様に立ち上る。
それを見て、方天戟を持ったロングコートが「ほぅ?」と笑い、前に出た。
「紅天流、井村屋兵八。人呼んで――“今呂布”」
「烏丸流刀鞘術、烏丸狛彦。人呼んで――“黙刃木偶”」
名乗り。そして――
「――参るッ!」
「おぅ来いやぁ!」
開戦。
大丈夫?その二つ名、名前負けしてない(`・ω・´)?




