雨が降っていた
狛彦は宗教を『国家公認の詐欺』としか思っていない。
奇跡とやらで宝くじの一等を当ててくれるなら信じてやっても良いけど、その程度も出来ないのであれば信じて祈ってやる価値は無い。詐欺だ。
その癖、何故か宗教は様々な特権を与えられているのだから本当に糞だ。
死んだ後の名前を付けるとか言う良く分からん無駄な行為をするだけで結構なお金がかかり、その癖税金を納めなくて良いとか聞いた時、狛彦は素直に「え? バカなの?」と言って義妹に抓られた。高弟の葬儀の時だった。“上”にきたばかりの狛彦に良くしてくれた男の葬儀の時だった。それでもそんな言葉が出てしまう位に狛彦は違和感を覚えてしまった。
今ならソレを口に出さない程度の分別はあるが、それでも心の中は変わらない。宗教は糞で、信じて大金を払う奴はバカだ。
その程度だ。
その程度だったので、狛彦にはその扉を蹴破ることに大した躊躇は無かった。
ステンドグラスが第四層の沈まない太陽、電球が放つ光を透して色付いていた。
何を考えて、何のために、下層に教会を建てたのか。
狛彦にソレはさっぱり分からないが、古くなった木製の扉を蹴破ってみれば、もうもうと埃が舞う中、しっかりと下層の住人達の手により略奪されたことが分かる光景が広がっていた。
金に成りそうなモノは殆ど奪われている。
奇跡的にステンドグラスが残っているのは、単に外す手段が無かったからだろう。
十字架も、祭壇も、神父の立つ説教台も、そして信者の座る長椅子も全て運び出されていた。
――否。僅かに、二つ。最前列の長椅子が二つだけ残されているだけだった。
その内の一つ、左側の長椅子の一番左端に人影があった。
淡い髪色の少女だ。耳が長く、尖っている。エルフに変異しているのだろう。
それを確認して、狛彦は残った右の長椅子の一番右端に座り込んだ。
「……」
「……」
互いに無言。
此方と彼方。彼我の距離は通路一つと、長椅子二つ分。
そうなる様に調整したのだろうか? 二人の間を遮る様に採光された電球の光が通路を真っ直ぐに奔っていた。
そんな中――
「初めまして。お祈りかしら?」
「……ハジメマシテ。そんなとこだよ」
少女の挨拶に狛彦が返すことで会話が始まった。
「剣を持ったまま? 君、無粋な人ね」
「剣を持ったまま、だ。無粋ではあるかもしんねぇが、不用心ではねぇからな」
「そう。……そうだね。下層の治安は良くないから――」
「あぁ、ほんの些細なことで殺し合いになっちまうからな」
因みに俺は前、女にほっぺ抓られてたかと思えば、いきなり斬りかかられたことがある、と狛彦。
「あら物騒」
酷いことをする人もいるのね、と楽しそうに笑うエルフ。
「そんな人と再会したら大変なことになりそうね?」
「……そうなるから『ハジメマシテ』なんだろーがよ」
「そうだね。そうなった。……だから『わたしは襲われない』で良いんだよね?」
「あぁ。初対面の相手に斬りかかる趣味は俺にはねぇからな。……アンタはどうだ?」
「…………………………」
無言でエルフの少女――虎花が笑った。
「――」
狛彦が盛大に溜息を吐き出す。嘘でも『わたしもよ』と言わない辺りが本当に怖い。
極々当たり前のことではあるが――。
護衛の仕事をやるのならば対象――今回ならリオンの近くに居た方が良い。
下層とは言え――否、下層だからこそ狛彦と人型戦闘機との戦闘は一気に広まってしまった。
そうなってしまえば遊撃として狛彦達を隠しておくことも出来ないので、奏介は手札を表にすることにした。
つまり、狛彦と鈴音も護衛としてリオンのマンションの一室に住み込むことになった。
奏介が居る。
勿論、学園の外なので他の護衛もいる。
ついでにマンションが都市を支えるセンタータワーの上層――つまりは上流階級向けなので企業連合が、がっつり守っている。
なので狛彦と鈴音にも休みが与えられた。
だから狛彦は少し前に女の子から貰った連絡先に連絡を入れてみた。
知りたいことがあった。
訊きたいことがあった。
そうして指定された場所、下層の廃教会に足を踏み入れて見れば――
「それで? 君は何か悩みがあるから教会に来たのかな?」
茶番である。
淡い髪色の、倭刀を持ったエルフが「お姉さんで良ければ話を聞くよ?」とか言っている。
エルフーー虎花に殺気は無い。だが隠す気もないのだろう。悪意と嫌悪の視線が狛彦を貫いてくる。
虎花は理由を欲しがっている。狛彦を切っても良い理由をだ。それが有れば何時だってあの嘘の笑顔の中の視線に殺気が混じる。「……」。何でだ? 恨まれるようなこと、したっけ? そんな思考。少し考えてみるが答えは出ない。だから狛彦は「あー……」と良く分からない唸り声をあげて視線を泳がせた後――
「俺達、前に会ったことあんの?」
もう面倒臭いのでいっそ素直に聞いてみた。
「……」
「……ナンパかな?」
「ちげぇですが?」
「でもごめんね。君、タイプじゃないから」
「……ちげぇって言ってんだろーがよ」
「あぁ、因みに会ったことはあるよ」
「だからちげ――あ?」
「子供の頃に。わたし達、会ってるよ?」
くる、と指を回して楽しそうに虎花。
「……」
「でもそれはわたしが君を大嫌いな理由じゃないから安心してね?」
「だったら――」
「あ。質問に答えるのは一つだけだから」
「……」
差し込まれたその言葉に『何で嫌われてんだよ?』の続きを飲み込む。飲み込んで、深呼吸。
狛彦が訊きたいことは一つだけだ。
狛彦が知らなければならないのは一つだけだ。
その疑問は狛彦と虎花、二人が同時に得た。
だが虎花がその答えを手に入れた中、狛彦だけがその答えを手に入れることが出来なかった。
即ち――
「お前の、剣。その剣――虎一の剣をどこで覚えた?」
それだけだ。
「くふ、」
その一言で虎花の笑顔の“質”が変わる。
偽物から、本物へ。
他人を安心、或いは油断させる為に造っていた笑顔から、本物の、本当の、加虐の予感に歪む笑顔へと。
狛彦が訊きたかった様に。
虎花は訊いて欲しかったのだ。
「わたしは君の妹弟子」
「……妹弟子?」
「そう。君と別れた後に虎一が弟子にして、君が烏丸流刀鞘術を教えて貰った様に、わたしは石徹白流刀鞘術を教えて貰ったの。だから流派は違うけど、妹弟子」
「……」
驚きは、在った。
だがそれ以上に、狛彦は素直に『そうか』と納得した。
数年ぶりに見た虎一の剣。自分以外の中にあるその匂い。その匂いがする理由を狛彦は頭の隅で考えていた。その中でその理由は、まぁ、さして意外性の在るモノではなかったので、すとん、と素直に納得が出来た。
「……そう、か」
「えぇ、そうなの」
「……えーと……………なら……………虎一、は? 今、どうしてる?」
だからこれも予想していた。
この質問をしたら返ってくる可能性のある答えも考えていた。
だから言い淀んだ。「――!」。そして深くなった虎花の笑みに先に答えを知ってしまった。
――大嫌いな狛彦を悲しませることが出来るのが楽しくてしょうがない。
そう言いたげなその表情に、返されるよりも先に答えを知ってしまった。
それでも――
「死んだわ」
聞きたくは、無かった。
「……………………………………」
息を吸う。息を吐く。先程扉を蹴破ったせいだろうか? 舞う埃が差し込む光を受け止めて光の帯が出来上がっていた。それを見る。何も起こらない。当たり前だ。それでも感情に現実が、或いは聞いた音に感情が追い付くだけの時間を得られた。
「そうか」
さっきと同じ言葉。
さっきよりも少しだけ短く。
狛彦が絞り出す様にしてそれを吐き出す。
覚悟はしていた。だってそれは狛彦も何時か辿る可能性が高い未来だ。
剣に生きる。
それならば剣に死ぬ。
それは剣の道を歩んだ者の宿命の様なモノだ。
再会の約束をした。
虎一の新しい剣。それをその時に破るのだと誓った。
届かないと解かっていた。だからその為に積んだ。剣を。武を。積んでいた。
だが、もう、その約束は、誓いは――果たされない。
剣の道の先に、狛彦と虎一が再び交わることが無くなった。
それが今、確定した。それだけだ。それだけでなければならない。
どれ程飾っても剣の道は修羅の道。殺す以上、殺される。
そうである以上、必要以上に悲しむことは剣の道を生きて死んだ者に対する冒涜だ。
だから狛彦は最後に一回、天井に向けて長く、細く肺の中身を吐き出して意識を切り替えた。
「――聞けて、良かった」
「それだけ?」
「あぁ。剣の道に生きてンだ。そう言うことだって――」
「あ、違う違う。違うよ。そんな恰好の良い感じじゃなくて路地裏のチンピラに殺されたの」
「………は?」
思考の外側。想像もしなかったその言葉に狛彦が間の抜けた声を出して、思わずと言った具合に虎花を見る。見た。笑っている。笑っていた。楽しい、と。愉しい、と。狛彦の眼が驚き、絶望を孕む。それを見て、虎花が――嗤う。
「わたしを人質に取られて、何も出来ずに死んだの。剣の道も、武も、誇りも、何も関係ない最後だよ?」
「――」
ぎ、と噛み締めた奥歯が鳴る。怒り。近い感情は、多分それだ。向かう先は分からないが、狛彦の中にそれが広がる。だが――
「そんなら――」
それをどうにか飲み込む。
飲み込んで、あぁ、と気が付く。この感情の向かう先に。嗤う虎花の存在に。
「テメェを守って死んだって訳だ?」
負け惜しみの様な言葉。
狛彦はどうにかして虎一の『最後』に意味を持たせようとする、してしまう。
「――――――――――くふ」
それを待っていた、と少女が笑う。
雪の様に、花の様に、月の様に、冷たく、可憐に、静かに――笑う。
「君もスラムの出なら分かるでしょ? あそこでは約束なんて守られないわ」
「だから、ね? 虎一が死んだ後、わたしはちゃんと酷いことをされたわ」
つまり――
「虎一はね――無駄死によ」
虎花の、跳ねる様な言葉。
それを最後に、狛彦の世界から色と音が消えた。
気が付いたらリオンのマンションの玄関に居た。
帰巣本能――と言うにはまだ馴染みの無い場所なので、止まった様に思えた思考だが、それでも動いている部分はあったらしい。
ショックを受けた。
言い換えるるのならば心の均衡が崩れた。
氣は、心に宿る。
そうである以上、乱れた今の状況は非常に拙い。氣が練れない。練れても、奇麗に流せない。だから速く立ち直る必要がある。
――寝ちまおう。
風呂に入って、飯食って、調子がわりぃって奏介に言って、寝ちまおう。
そう決めて、ブーツの紐を緩めようとしゃがむ。
「あら? おかえりなさい。狛彦くん」
リオンの声が、落ちて来た。
「……」
――あぁ、と暗い感情が零れる。
会いたくなかった。今は、誰にも。
意識はしない。それ故の高純度な殺意。それが狛彦から漏れる。
奏介がこの場に居たのなら狛彦を叩きのめしただろう。
それは同じく達人の鈴音であっても、だ。
だがこの場に居たのはリオンだった。
「!」
達人では無いので、殺気に鈍くて、優しく。
「ね? 狛彦くん?」
幼馴染だから他の二人よりも狛彦に手を差し伸べてくれる。
「散歩に付き合って下さらない?」
そんなリオンだった。
断わりたかった。
無理やり取られた手を振り払いたかった。
それでもそれすらも出来なかった。
為すがままに、引きずられる様にして――
連れてこられたのは公園だった。
木々はイミテーションではなく、本物。
それでも風と太陽は作り物。
そんな積層都市なら珍しくもない公園だった。
人気は無い。
そんな公園のベンチにリオンと並んで座る。
「……」
「……」
何もしゃべらない。
リオンが狛彦の冷たくなった手を握って、温めようとしているが、それだけだ。
「人、少ないでしょう?」
そんな状況でどれ程の時間が経ったのだろうか? ぽつ、とリオンが音を落とした。それに狛彦は「――あぁ」と気の無い返事を返す。
先程からポケットに捻じ込んだ端末が震えている。恐らくはリオンの電脳にも通知が絶え間なく届いているのだろう。
リオンは今、命を狙われている。
こんな時間は無駄でしかない。危険でしかない。だからすぐにでもマンションに戻るべきだ。そう思う。思うだけだ。身体は動かない。指。リオンに握られた右手の指だけが、リオンが握り方を変えるのに合わせて動いている。
「ここ、これから計画降雨ですの」
「――」
計画降雨。人工的な雨――とも言えない茶番。本物の木により造られた小さいながらも本物の生態系。そこを造る小さな虫や蜥蜴などの為に降らされる偽物の雨。
雨。雨だ。視界が悪くなる。音だって紛れる。つまり、リオンが危険だ。それは分かる。分かるが、動けない。
「だから、ね。狛彦くん。これから雨が降るんですのよ」
「……」
「どうしましょうか? わたくしも、狛彦くんも、ずぶ濡れになってしまいますわ」
「…………」
「きっと奏介に怒られてしまいますわ。その時は庇って下さいね、狛彦くん」
「…………………」
「でも、ね? 狛彦くん。人もいないし、誰も見てませんわ」
「――」
ゆっくりと、狛彦がリオンを見る。
リオンは柔らかく笑っていた。
狛彦を見て「やっとこっちを見て下さいましたわね?」と言いながら両手で狛彦の右手を掴む。「……」。拍動が伝わって来た。或いは拍動が伝わっていた。体格差に、男女の違い。分類学の派閥によっては狛彦は達人で、リオンは人間なので下手をしたら種族まで違う。それなのに狛彦とリオンの拍動は何故か同じリズムを刻んでいた。
「――ぁ」
小さな、濁った音が狛彦の口から零れる。
ぽつり、とそれに合わせる様に雨粒が一つ、落ちて来て――
「虎一が、死んだ」
――降雨。
「なんか妹弟子が、いて」
「そいつを助ける為に、無抵抗になって」
「でも」
「でも、たすけれなくて」
「それで」
「それ、で――」
「こいち、死んだって言われて――」
その雨粒よりもとは比べ物にならない速さで、ゆっくりと、狛彦がぽつぽつと喋り出す。
リオンはその手を握り、その言葉を聞いていた。
狛彦はその手の温かさの中、自分の中の感情を整理する様にゆっくりと言葉を紡ぐ。
狛彦の顔は濡れていた。
だって、雨が。
――雨が、降っていたから。
一ヵ月ぶりくらいの更新だけど、今月はこの更新で終わりだよ!
ごめんね!!
何故なら書籍化したジャンクバードのあれこれがあるからだよ!
発売日も言って良いかわかんないけど、あれこれがあるんだよ!
そんな宣伝。
そんな訳で未だ読んでない人は次の更新まで暇つぶしにでも読んで見て下さいm(_ _)m
……正直、発売日はどうでも良いけど、絵師さんは公表したい。
お忙しい人にダメ元でお願いしたら、通っちゃったから、早く公表して逃げられない様にしたい。
もう担当さんから『やっぱ忙しいから無理だそうです!』って言うメールが届く悪夢で何回か起きてるんだよ!
助けて!




