実力派
学校に通う学生の護衛をするのならば学生が一番良い。
教師やその他職員と言う手もあるが、科目によって教室を移動することがある以上、どうしたって離れる時間の方が長くなってしまうからだ。
上流階級の通うような学校なら猶更だ。生徒以外で中に入ろうとするとその門は中々狭い。
「――と、言う分けで貴様らに編入して貰いたい」
ほれ、とタブレットを手渡しながら奏介。画面を見ればどうやら編入の為のテストの様だった。数学である。「……」。工学系の科目なら、せめて、工学系の科目ならワンちゃん(イヌだけに!)――と視線を逸らしてからもう一回見て見るが、やっぱり数学である。
「一応、ある程度の話は付けてあるから『そこまで』は要求しない。だが『ある程度』は頼むぞ?」
頼まれた。何を頼まれたのだろう?
ちょっと狛彦には良く分からなかった。
何故なら狛彦はイヌ科だから。ヒューマン達の婉曲的な言い方は――ちょっとよくわかんないですね? だから望む結果が出なくても仕方がない。狛彦は悪くない。言い方が悪い。そう決めた。
「……」
何となく横を見る。
お嬢様が端末型の電脳を構えていた。問題文を撮ってAIに解かせる気なのだろう。
勿論今は電脳時代。対策されているので、カメラに問題文が映らなかった。そしてお嬢様には『そう言うの』を無効かする技術は無い。
そんな訳で――
「すずねちん何点? また一桁? 俺十九点だった」
「ハラスメントに抵触してますよ、とりまる。罰として蹴りますね」
二人揃って落ちた。
そもそも学生請負人はそれなりに希少だ。
ましてや上流階級の求めるレベルの護衛屋となると更に減る。守るのは攻める以上に難しく、経験の蓄積が必要だからだ。
聞けば奏介以外に学生の護衛屋はたった二人だけだと言う。
それでも教室移動などのことを考えると学生でないと色々とキツイ。
だから――と言う訳ではないが『身の回りの世話する』と言う名目でメイドや執事などが三人まで認められていた。抜け道と言う奴だ。
「……そもそもさ、電脳空間で授業受ければ良いべ?」
そんな訳で生地の工夫により見栄えと動き易さを両立させた執事服を来た狛彦がそんなことを言えば――
「おばかさんですね、とりまるは。こう言う学校は顔を繋ぐ意味がメインなんですからそんなこと出来るわけがないじゃないですか」
――逃げたと思われるだけでマイナスですよ。
本来なら『|こう言う学校』に通っている側のお嬢様がメイド姿でそんなことを言った。
「……」
無駄にビジュアルが良いので大変様になっていらっしゃる――が、中身を知ってる側からすると非常に微妙だ。知ってても何か騙されそうになる辺りが特に。
と、言うか――
「お嬢様、やけにチラ見されてません?」
「? そうですか? いつもこんなものでしょう?」
仕方がないですよね、私は美少女ですから、と鈴音。「……」。狛彦もそこにあんまり異論は無い。それなりの付き合いだが、お嬢様は目立つのでいつも視線を集めている。それでも今日はいつもよりも多い様な気がする。ふしぎ。だが少し耳を澄ませてみれば答えが貰えた。
「……あぁ、ここがミナヅキですずねちんが『水無月鈴音』だからか」
「……言われてみれば知った顔がありますね」
実家のパーティとかで見たことがある気がします、と鈴音。
本人曰く『こう言う学校』は顔を繋ぐのがメインとのことらしいのだが、そのメインすらあまり真剣にやって居なさそうな所が非常に『らしい』。
「……もしかしてリオンちゃんもすずねちんのこと知ってたの?」
「いえ。わたくしがこの街に来たのは今年の入学に合わせてでしたので――」
「成程」
不良娘が外に飛び出したのと同時期だ。
それなら面識はなかったのだろう。
「ねぇ、それよりも狛彦くん。護衛も授業を一緒に受けて良いことになってるから次の授業、隣の席で一緒に――」
「あらあらお嬢様ったら――はしたなくってよ。護衛には護衛の仕事がありますので『とりまると私』の仕事の邪魔をしないで下さいますか?」
「……」
「……」
無言。そして数秒の後、うふふ、と麗しくお嬢様ズ。
つまりは初対面から仲が悪かったと言う訳だ。仲良くして欲しい。
「……狛彦くん、どうします? わたくしとしては隣に来て欲しいですけど――どうしたいですか?」
上目遣いで、きゅ、と袖を控え目につかまれる。狛彦は男の子なので分かっていてもこう言う風にされるとちょっと弱い。「あー……」と良く分からない声を出しながら首に引っ掛けたヘッドホン型の電脳を立ち上げ、時間割を呼び出す。
次は――電脳工学Ⅰ。工学系なので、仕事柄結構な得意科目ではあるが、仕事柄多分学校だと『もう知ってる』か『請負人的にどうでも良い』しかやらない可能性が高い科目である。ただ、数学とかと違って未だ受ける気にはなれる科目だった。
「……ボス。どうしましょうか?」
「……誰がボスだ、誰が」
そんな訳で護衛部隊のボスこと奏介にお伺いを立ててみる。
「個人的には貴様の様な野良犬をお嬢様の隣に座らせたくない」
「――」
ちょっと酷いことを言われたので狛彦はイヌ科らしく、悲し気に鼻をぴー、と鳴らしてみた。
「だが、今回のお前の仕事の為に見といた方が良い奴が声をかけてくるだろうから頼む」
「あいよ」
だが最終的にはお願いされたので、元気よく、わん、と良い返事をしておいた。
――リミットは次の学園パーティだ。
仕事を受ける時、『何時まで護衛が必要なん?』に返されたのがこの言葉だった。
白いお嬢様の言う通り、上流階級の通う学校は人脈を広げると言う意味が強く、彼等、彼女らはソレを必要とする階級だ。
そんな紳士淑女の皆様がたの為に学園では将来恥をかかないで済む様にパーティが行われる。時期的に他の――狛彦が通っていたランクの学校だと文化祭とかそう言う辺りの話だ。
そこでのメインイベントとしてリオンの造った新薬の発表が行われるらしい。
……命狙われてんだからっさと発表しろやボケェ。
それが狛彦の素直な感想だが、色々としがらみ、タイミング、陰謀などがあるのでそこが良いらしい。「……」。えらいひとのかんがえること、よくわかんない。思考停止気味にそんなことを思いながら、電子ボードを中心に扇状に広がった講義室に入り、リオンの隣に座ってノートとシャーペンを転がした。
錬武科ではなく普通科なので、その勉強道具を使っている者は少ない。
それでも街の持ち主が水無月家、武の一族であるからか、それなりに達人や達人候補が多いようで他の街の普通科よりは数が多い様に思えた。
具体的に言うと替えの芯がちょっと貰いやすい。
三列後ろの人に貰えた。5B。ふにゃふにゃである。ふにゃふにゃであるが『物を握ると無意識に氣を流しちゃうから、流さないって感覚が良く分かんない』と言う狛彦はこれ位柔らかくないと書けない。HBとか紙をなぞるしか出来ない。
聞けば5Bをくれたゴリラみたいな男子、5Bゴリラくんは奏介以外の数少ない学生護衛屋らしい。「……」。つまりは狛彦と同じレベル。成程。こいつは油断ならない仕事――
「その程度の氣の操作くらい出来る様になれよ、ふにゃちん野郎」
――お前らが未熟なだけだ。あいつは学生護衛屋四天王の中でも最弱だ。
HBの芯を使ってるボスがパワハラをしてきたので、狛彦は中指を立てて唸っておいた。
と、そんなことをしていたら人影が近づいて来た。
「ごきげんよう、桜庭さま。護衛、増やしたんですね?」
「ごきげんよう、愛野さま。えぇ、少し回りが物騒ですので」
小さな、それこそ白いお嬢様を思わせる小さな身体。ただし、髪の色は対照的に黒。そして身に纏うのは学園の制服でも、メイド服でもなく、何故か着物。特権階級であることを分かり易く伝えてくる少女が居た。
ラブ・ラボラトリー。
桜庭製薬とは方向性が違うし、企業連合にも入っていないが製薬会社のご令嬢だ。
「……」
何か和装でお淑やかな雰囲気だしているが、主力製品は近藤さんである。
近藤さんではあるが、勢力拡大を狙っているので、容疑者の有力候補である。
「……」
って言うかあの着物は兎も角、足袋の方は多分安い。義妹の服の趣味が同じなので、買い物に付き合わされたことがある狛彦は何となくそれを察した。成金と言う奴なのだろう。見難い場所にもお金かけた方が良いよ? それが素直な感想だ。
そんな風に狛彦が新しいお嬢様を観察していると、あっちも観察していた。
メイドの鈴音を見て、ほぅ、と甘く熱い息を吐き出す。「……」。何か良くない雰囲気だ。そういう趣味なのかもしれない。
それから奏介を見て、見て、見――見てねぇな。顔を赤くして伏せた。イケメンが微笑んだせいだろう。見事なカウンターだ。見習おう。そして成金お嬢はどうやら両方いけるらしい。こっちは見習わないでおこう。
最後にそんなことを思っていた狛彦を見て――扇子で口元を隠して、はん、と鼻で笑った。「……」。どういう意味ですかね?
「奏介様と言い護衛を顔で選ぶのは――と言いに来たんですが、ちゃんとした方も雇っていらっしゃるのね?」
「あら? それは……どういう意味かしら?」
「別に? ただ護衛と言うだけで奏介様に自由を与えないのは――ねぇ?」
「あら、わたくし別に奏介の恋愛に関しては制限していませんわよ?」
「恋愛の話はしてませんわ!」
「そうですか。失礼しました貴女が奏介にフラれたことは関係ないんですわね?」
うふふ、と良い笑顔で幼馴染。
「……」
昔、誘拐された時に狛彦を頼って服の端をぎゅってしてた女の子は随分と強くなってしまっていた。何だろう? ちょっと強くなる方向が可愛くない気がする。女子の良くない部分が強くなってる気がする。
「ふん! 奏介様よりもそちらの方の方が貴女にはお似合いですわ!」
そんなリオンに勝ち目は無いと思ったのか、成金お嬢が捨て台詞と共に去っていった。
「だ、そうですわ、狛彦くん。どうしましょうか?」
「……どうもしませんですわ」
「あら? 子供の頃、結婚の約束してますわよね?」
「……虎一くらい良い男に成ったら『結婚してあげても良いですわ』って奴?」
「奴、ですわ」
ね? どうしますか? と覗き込むように目線を合わせてリオン。
「……虎一程良い男になった自覚はねぇですねぇー」
だから止めろ。
蹴るの止めろメイド。
睨んでくるんじゃねぇボス。
俺にその気はねぇ。
「……」
所で――
「……俺が『ちゃんとした方』ってどういう意味だと思う?」
「………………………すまん」
「……」
え? 何で? 何で謝るのボス。
「……とりまるは実力派と言うことですよ」
「……」
じゃぁお前らは何派と判断されたの、すずねちん?
「大丈夫ですわ。だってわたくしは狛彦くんの方が――す、好き、ですわよ?」
「……」
そしてそのフォローはどう言う意味なのリオンちゃん?
むかしむかし、肩を痛めたポチ吉と言う男がおったそうな。
え?四十肩?ちげぇですよ。まだそんな年齢ではないですよ。
兎も角。
そんなポチ吉に心無い妹は実家のベッドの解体を命じたそうな。
ポチ吉は痛みに耐えてどうにかベッドを解体したそうな。
痛い痛いと鳴くポチ吉。そんなポチ吉に妹は甥っ子の、母親は犬の散歩を命じたそうな。
肩は痛いが可愛い甥っ子と犬の為ならとポチ吉は右手に犬、左手に甥と言うスタイルでは歩に出かけて――
老犬なのでちょっと歩いたら帰りたくなった犬は右に
まだ遊びたい甥っ子は左に
その結合部分であるポチ吉はぐあああああああああああああああああああああああああ!
良いか?
犬と子供が純粋無垢だと言う信仰は捨てろ。
奴らは自分の欲望に非常に忠実だ。
(訳・暫く更新止まってごめんなさい)




